第37話 魔界都市と上場株式(IPO)
「……おいおい。地図が間違ってるんじゃないか?」
魔王領の国境線。
かつては「死の荒野」と呼ばれ、毒の沼と鋭利な岩山が続くとされていた場所。
そこに立っていた勇者アルヴィンは、間の抜けた声を出した。
彼らの目の前にあるのは、どこまでも真っ直ぐに伸びる、綺麗に舗装された「黒曜石のハイウェイ」。
そして、その先に見えるのは、禍々しい魔王城……ではなく、夜空を焦がすほどのネオンが輝く、超巨大な「摩天楼」だった。
「舗装道路に、魔導街灯……。王都よりもインフラが整っているだと?」
セリアが絶句する。
「待ってください。これほどの文明があるなら、なぜ初期に攻めてきた魔物たちは、あんなにボロボロの装備だったのですか? まるで野盗のようでしたが……」
「簡単な話だ。……『予算』をかけていなかったんだよ」
カイはハイウェイの料金所(無人ゲート)を見上げながら、冷ややかに言った。
「魔王にとって、初期の侵略なんて『市場調査』か『嫌がらせ』程度のものだ。だから、コストのかかる正規軍は温存し、装備も与えない『安価なバイト(ゴブリンやオーク)』を使い捨てにしていた」
カイは懐から金貨を取り出し、自動改札機に投げ入れた。
「浮いた予算はすべて、この『本社(魔界都市)』の設備投資に回していたってわけだ。……徹底したROI(投資対効果)重視の経営だよ」
『ようこそ魔界へ。通行料:魂1個 または 金貨100枚(電子マネー対応)』
ゲートが開く。
「行くぞ。……敵の『本社ビル』への視察だ」
魔界都市、パンデモニウム。
一歩足を踏み入れれば、そこは欲望の坩堝だった。
スーツを着た上級悪魔たちが足早に行き交い、空には広告用のインプが飛び回り、ビルの壁面には巨大なスクリーンが設置されている。
『本日の魔界平均株価は大幅続伸! 人間界の混乱を好感し、恐怖関連銘柄が買われています!』
『新商品! サキュバス印のエナジードリンク! あなたの寿命を前借りして24時間戦えます!』
「……ひどいな。東方の国とも違う、純粋な『拝金主義』の街だ」
エレーヌが眉をひそめる。
「カイ様、あそこで働いているのは……」
セリアが指差した先では、ゾンビやスケルトンたちが、ビルの清掃や建設現場で黙々と働かされていた。彼らの首には「所有物」を示すタグがついている。
初期に人間界へ送られていたような下級魔物は、ここでは単なる「消耗品」として扱われている。
「……気に入らねぇな」
カイはタバコを噛み潰した。
カイの経営哲学は「利益の分配」だ。囚人やオークにも給料を払う。
だが、この街のシステムは違う。「搾取」と「独占」だ。
その時。
街の中央にそびえ立つ、最も巨大な黒い塔――『魔王タワー』の壁面スクリーンが切り替わった。
ノイズが走り、一人の男の顔が映し出される。
黒いスーツのような甲殻、整えられた角。魔王ディアボロだ。
『……ようこそ、アレクサンドル・ホールディングスの諸君』
魔王の声が、街中に響き渡る。
行き交う悪魔たちが一斉に足を止め、スクリーンを見上げる。
『私は魔王ディアボロ。このパンデモニウム・コーポレーションのCEOだ』
「ディアボロ……!」
アルヴィンが剣に手をかけるが、画面の中の魔王は不敵に微笑んだ。
『カイ・ヴォン・ハイローラー。……私の「初期投資(オーク部隊)」を吸収し、ここまで成長した手腕は褒めてやろう。安上がりの鉄屑どもが、君を育てる養分になったのなら本望だ』
「……やっぱりな。部下を捨て駒としか思ってない口ぶりだ」
カイは空に向かって中指を立てた。
「で? 俺たちを招待したのは、その『本望』とやらを語るためか?」
『まさか。……「上場(IPO)」の招待状だよ』
ディアボロが指を鳴らすと、スクリーンの映像が変わり、複雑なグラフと数値が表示された。
『我々は本日、この世界の「支配権」を株式化し、魔界市場に上場する。……これより、世界は武力ではなく「株価」によって格付けされる』
ディアボロは冷酷に告げた。
『私は無駄な戦争を好まない。……ルールは簡単だ。私が発行する「魔界株」と、君が持つ「人間界の資産」。どちらの時価総額が上回るか、マネーゲームで勝負しよう』
「負けたら?」
『君の会社(アレクサンドルHD)は、我が社の子会社として吸収合併される。……全人類は、永遠に我々の「資源」となるのだ。初期のオークたちのようにね』
完全な敵対的買収(Hostile Takeover)の宣言。
物理的な命のやり取りよりも恐ろしい、存在意義を賭けた経済戦争。
「……上等だ」
カイは懐から、一枚のコイン――「運命の金貨」を取り出し、親指で弾いた。
キィィン!
高く舞い上がったコインをパシリと掴み、カイはスクリーンを睨みつけた。
「受けて立つぜ、ディアボロ。……その株、全部買い占めて、お前の歪んだ経営哲学ごと粉砕してやる」
『ククク……良い返事だ。市場は開いた。……死ぬ気で買いに来たまえ』
プツンと通信が切れる。
同時に、街中の電光掲示板が一斉に赤く点滅し始めた。
【緊急速報:人間界vs魔界、通貨戦争勃発】
【現在のレート:魔界コイン1枚 = アレクサンドル金貨 10,000枚】
「なっ……!? 1万倍!?」
バルトが悲鳴を上げる。
「あっちの通貨の方が圧倒的に強い! 『恐怖』という無限の資源をバックにしているからだ! これじゃ勝負になりませんぜ!?」
「……ハッタリだ」
カイは冷静に言った。
「あいつは今、市場操作で自分の価値を釣り上げているだけだ。……化けの皮を剥がしてやる」
カイは仲間たちを振り返った。
「総員、戦闘配置だ。……これより、魔王城への『買い注文』爆撃を開始する!」
剣と魔法の世界で、前代未聞の「株価戦争」が幕を開けた。
(第37話 完)




