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第36話 ゴールデンパラシュートと持株会社(ホールディングス)

「……余の負けだ。さあ、殺せ」


教皇庁、大聖堂の奥深く。

枢機卿ザウエルは、祭壇の前で膝をつき、静かに首を垂れていた。

彼の周囲には、武装解除された異端審問官たちが虚ろな目で座り込んでいる。


「神の兵器」が破壊され、資金も枯渇した今、彼らに戦う力は残されていない。


カツ、……カツ、……カツ……。


静寂な大聖堂に、軍靴の音だけが響く。

現れたのは、返り血一つ浴びていないスーツ姿のカイと、その後ろに控える「新経営陣」たちだ。


「殺さないさ。……死体処理にはコストがかかる」


カイはザウエルの前に立ち、一枚の書類を放り投げた。


「これは……?」


「『退職合意書』だ。……手切れゴールデンパラシュートとして、南の島の別荘と、死ぬまで遊んで暮らせるだけの年金を用意した」


ザウエルが顔を上げる。

その目には驚愕と、屈辱の色が浮かぶ。


「馬鹿にするな! 私は聖職者だぞ! 金で魂を売れと言うのか!」


「魂なんていらない。俺が欲しいのは『ポスト』だ」


カイは祭壇に飾られた巨大な十字架を見上げた。


「あんたを処刑すれば、狂信者たちが『殉教者』として崇め、反乱の火種になる。……だが、あんたが金を受け取って引退すれば、信者たちは幻滅し、熱狂は冷める」


カイは冷徹に告げた。


「英雄として死ぬか、金持ちの老人として生き恥を晒すか。……選べ」


ザウエルは震える手で書類を握りしめた。

彼の信仰心は本物だったかもしれない。だが、それ以上に彼は「組織の長」として、敗北の責任と、部下の命運を背負っていた。


長い沈黙の後……。


ザウエルはペンを取り、震える文字で署名した。


「……神よ。この不忠をお許しください……」


その瞬間、数千年の歴史を持つ教皇庁の旧体制は崩壊した。

血ではなく、インクの一滴によって。


---


翌日。大聖堂のバルコニー。

広場を埋め尽くす数十万の信徒たちの前に、新しい「教皇」が姿を現した。


「皆さん……! こ、こんにちは……!」


純白のドレスに、きらびやかな装飾品を身につけた聖女エレーヌが、ぎこちなく手を振る。

その背後には、巨大なホログラムで『提供:アレクサンドル・ホールディングス』の文字が輝いている。


「本日より、教皇庁は生まれ変わりました! これからは厳しい戒律も、高額な税金もありません! 愛と平和と……そして『月額会員特典』が皆様をお救いします!」


わぁぁぁぁぁ!!


広場から歓声が上がる。

カイの筋書き通りだ。民衆は「厳しい規律」よりも「楽しい娯楽」を求めていた。エレーヌというアイドルをトップに据えることで、宗教は「エンターテインメント事業」へと転換されたのだ。


「……ひどい茶番だ」


バルコニーの陰で、勇者アルヴィンが複雑そうに呟く。

カイはワイングラスを傾けながら、眼下の熱狂を見下ろした。


「茶番で結構。これで世界から『宗教戦争』というリスクが消えた」


カイは懐から新しい組織図を取り出した。


アレクサンドル・ホールディングス(持株会社)


防衛・インフラ部門(旧・王国)

宗教・メディア部門(旧・教皇庁)

エネルギー・製造部門(旧・吸血鬼領&帝国提携)

物流・IT部門(ドラゴン航空&東方提携)


「西、中央、東。……人類圏の主要な市場マーケットはすべて押さえた。これにて『第一期・世界統合計画』完了だ」


セリアが感嘆と恐怖の混じったため息をつく。


「本当に……世界を会社にしてしまいましたね」


「まだだ。まだ『競合他社』が残っている」


カイは北の空を指差した。

そこには、黒い雲に覆われた魔王領が広がっている。

人類圏を統一した今、残る敵は魔王軍のみ。


「資金、人材、技術、インフラ。……全て整った」


カイはグラスの中のワインを飲み干した。


「これより、最終事業ラスト・プロジェクトを開始する。……魔王城への『直接投資(殴り込み)』だ」


---


一方、その頃。

魔王城、最上階「謁見の間」。

玉座に座る影が、水晶玉に映るカイの姿を見つめていた。


「……面白い」


闇の中から響く声は、意外なほど理知的で、落ち着いたものだった。

魔王軍の頂点に立つ者。

だが、その手には剣ではなく、分厚い「帳簿」が握られていた。


「人間ごときが、この短期間で経済圏を統一するとはな。……ベリアルやオーク将軍が負けるわけだ」


魔王は立ち上がった。

その姿は、おぞましい怪物ではなく、洗練された黒のスーツ(のような甲殻)を纏った、冷徹な経営者のようだった。


「暴力で世界を征服する時代は終わったか。……よかろう」


魔王は側近のダークエルフに指示を出した。


「全軍に通達。……迎撃準備ではない。『上場(IPO)』の準備だ」


「は? じょうじょう、ですか?」


「ああ。あの人間カイは、戦争をしに来るのではない。会社を買いに来るのだ。……ならば、こちらも相応の『おもてなし(防衛策)』が必要だろう?」


魔王はニヤリと笑った。


「ようこそ、カイ・ヴォン・ハイローラー。……この世界の『大株主』が誰なのか、教えてやろう」


人類最強のCEOと、魔界最強のCEO。

世界を賭けた最後の商談バトルが、幕を開けようとしていた。


(第36話 完)

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