第35話 聖戦(ジハード)とペイ・パー・ビュー(PPV)
「……神は言われた。
穢れた地を焼き払い、再創世せよと」
教皇庁、地下祭壇。
枢機卿ザウエルは、狂気に満ちた目で巨大な石棺――『聖櫃』を見上げていた。
経済も情報も負けた。信徒は離れ、資金は底をついた。
もはや、人の手による支配は不可能。
ならば、神の手(古代兵器)を使うしかない。
「目覚めよ、神の御使い(エンジェル)たちよ!
異教徒どもに死の鉄槌を!」
ザウエルが鍵を回すと、聖櫃から眩い光が溢れ出した。
中から現れたのは、美しい翼を持った天使……ではない。
白磁のような肌を持ち、無機質な仮面をつけた、空飛ぶ自律殺戮人形の群れだった。
古代文明が残した遺産。
感情を持たず、命令された対象を殲滅するまで止まらない、空の死神たち。
「行け!
アレクサンドル社を地図から消し去れ!」
キィィィィィン……!
不快な駆動音と共に、数千体の「御使い」が空へと舞い上がった。
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「社長! 西の空から高エネルギー反応!
数、3,000! こちらへ急速接近中!」
アレクサンドル本社、作戦指令室(旧・大広間)。
壁一面に設置されたモニター(マギ・フォンを連結したもの)に、空を埋め尽くす白い影が映し出された。
「……出たな、『神の切り札』」
カイはモニターを見上げ、ニヤリと笑った。
焦りはない。
むしろ、待ち望んでいた顔だ。
「セリア、総員配置につけ。
……ただし、攻撃開始は俺の合図を待て」
「はっ! 迎撃部隊、スタンバイ!」
「バルト! 配信サーバーの準備はいいか?」
「へい! 東方の技術者(ヨミの部下)も呼んで、回線増強済みです!
同時接続100万いけます!」
カイはマイクを握りしめた。
全社員、そして世界中のマギ・フォン視聴者へ向けての宣言だ。
『……レディース・エンド・ジェントルメン! お待たせしました!』
カイの声が、戦場と世界中の端末に響き渡る。
『これより、教皇庁主催の「大粛清祭り」を開催します!
対するは我がアレクサンドル防衛軍!
……この世紀の決戦を、完全生中継でお届けします!』
画面が切り替わり、戦場全体を俯瞰するカメラ映像になる。
『なお、本放送は「有料視聴」となります!
続きを見たい方は、今すぐ銀貨5枚を課金してください!』
「か、金を取るのですか!? 戦争ですよ!?」
勇者アルヴィンが聖剣を構えながら突っ込む。
「当たり前だ。タダで戦争なんてやってられるか。
弾代も燃料代もかかるんだぞ」
カイは操作盤を叩いた。
『さらに新機能! 「投げ銭砲撃システム」実装!
視聴者の皆様が「金貨1枚」を投げ銭するごとに、戦場の魔導カノン砲が一発、自動で敵を狙い撃ちします!
あなたの課金が、国を守る力になる!』
狂っている。
だが、その狂気こそが、娯楽に飢えた民衆の心を鷲掴みにした。
『うおおお! 教会の鼻を明かしてやれ! 金貨10枚投げるぞ!』
『私の投げ銭で天使が落ちた! すげぇ!』
世界中から課金の通知音が鳴り響く。
チャリン、チャリンという音が、やがて滝のような轟音に変わっていく。
「よし……資金充填完了だ。
……全軍、開演だ!」
カイが指を鳴らした瞬間、デッド・エンドの防衛ラインが一斉に火を噴いた。
ズドドドドドン!!
帝国製のカノン砲、東方の魔導ビーム、そして吸血鬼工場で生産された新型弾頭が、空を覆う「御使い」たちに襲いかかる。
人形たちが次々と爆散して墜落していく。
その一発一発が、すべて「視聴者の金」で賄われているのだ。
「な、なんなのだこれは……!?」
教皇庁の指令室で、ザウエルは呆然とモニター(敵の配信)を見つめていた。
神の軍勢が、ただの見世物として消費され、金に変わっていく。
撃墜されればされるほど、カイの懐が潤い、さらに強力な攻撃が飛んでくる悪夢のループ。
「おのれ……おのれカイ!
神を……神をなんと心得る!」
ザウエルは悟った。
まともに戦えば、こちらの戦力が尽きる前に、相手の資金力が無限に膨れ上がるだけだと。
この戦場において、「合理的な戦闘」を行えば行うほど、カイという「経済システム」に取り込まれてしまう。
ならば――。
ザウエルは充血した目で叫んだ。
「戦術を変更せよ!
……標的は兵士にあらず! 北の山にある『異端の塔』だ!」
「は? し、しかし枢機卿、あそこには軍事施設はありませんが……」
「構わん! あの塔こそが、カイの妖術(配信)の源だ!
全機、特攻せよ! 自らの身を爆弾として、あの塔を破壊するのだ!」
合理性を捨てた、狂気の特攻命令。
しかし、感情のない人形たちにとって、それは絶対のプログラムだった。
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「……おい、妙だぞ」
勝利を確信してワインを開けようとしていたカイの手が止まった。
モニターの中の「御使い」たちが、突然攻撃を止め、一斉に進路を変えたのだ。
カイたちの防衛ラインを無視し、一直線に北へ。
「逃げるのか? ……いや、あの方角は……」
カイの背筋に冷たいものが走る。
あそこには、デッド・エンドの戦力は何もない。
あるのは、旧吸血鬼城。
すなわち、現在、全世界への配信を一手に担っている『通信サーバー(賢者の石)』だ。
「まさか……インフラ(通信網)を直接狙いに来たのか!?」
その時、指令室の緊急回線が開いた。
モニターに映し出されたのは、北のサーバー室でパニックに陥っている元吸血鬼・ベリアルの姿だった。
『しゃ、社長! 助けてくれ! 敵の大群がこっちに来る!
しかもあいつら、バリアに体当たりして自爆してやがるぞ!』
「なんだと!?」
『自爆テロだ! こっちの警備システムじゃ防ぎきれん!
サーバー室の温度が上昇中! 冷却が追いつかん!
このままじゃシステムダウン(配信停止)するぞ!』
カイの顔から血の気が引いた。
システムダウン。
それは単に映像が止まるだけではない。
「投げ銭」の入金システムが停止し、それに連動している自動防衛兵器のエネルギー供給が断たれることを意味する。
金が止まれば、兵器は止まる。
アレクサンドル社の最強の盾が消滅するのだ。
「……野郎、盤面をひっくり返しに来やがった!」
カイは叫んだ。
損得勘定も、リスク計算もない。
敵は「採算度外視」で、カイの生命線を断ち切りに来たのだ。
最も恐れていた「非合理な狂気」が、そこにあった。
「アルヴィン! イグニス!」
カイはマイクに向かって怒鳴った。
「北へ飛べ! サーバーを守れ!
アレが壊れたら、ウチは倒産だ!」
「えっ!? でも、ここを離れたら本陣が……」
「本陣なんてどうでもいい! インフラ(サーバー)が最優先だ!
早く行けぇぇぇ!!」
カイの悲痛な叫びに、勇者とドラゴンが反応した。
「わかった! 行くぞ相棒!」
『乗客使いが荒いぞ!』
真紅のドラゴンが急旋回し、音速で北の空へ飛び去る。
だが、敵の先頭集団はすでにサーバー塔に取り付いていた。
ドォォォン!!
自爆。自爆。自爆。
人形たちが次々と塔に激突し、爆炎が上がる。
『ぐあぁぁぁっ! 第3冷却炉、破損! 回線不安定!』
ベリアルの悲鳴と共に、指令室のモニター映像が乱れ、ノイズが走り始めた。
同時に、入金カウンターの数字がピタリと止まる。
「エラー発生! 課金システム停止!
カノン砲、エネルギー供給断絶により沈黙!」
バルトが絶叫する。
戦場の兵器が一斉に停止した。
残った敵の別動隊が、防衛ラインを突破してこちらへ向かってくる。
「……くそっ! ここまでか……!」
カイは歯噛みした。
金で築き上げた城は、インフラというアキレス腱を断たれれば脆い。
だが。
『……ふざけるなよ、ブラック上司!』
ノイズ交じりの通信機から、ベリアルの声が響いた。
『私はな、元魔王軍幹部だぞ!
たかが人形ごときに、私の職場を壊されてたまるかぁぁぁ!!』
画面の向こうで、ベリアルが自らの体を魔力に変換し、賢者の石に直接流し込んでいた。
自らの寿命を削った、限界駆動。
『つながれぇぇぇ!
私の……私の「安定した老後」のためにぃぃぃ!!』
「ベリアル……!」
一瞬、ノイズが晴れた。
通信復活。
そのわずかな隙間に、真紅の流星が間に合った。
「必殺! ドラゴン・ダイブ・スラッシュ!!」
ズバァァァン!!
アルヴィンの一撃が、サーバー塔に取り付いていた人形たちをまとめて薙ぎ払った。
イグニスのブレスが、後続の自爆部隊を空中で焼き尽くす。
『サーバー保護、完了だ! ……危なかったぜ、社長!』
『回線、復旧しました! 入金再開!』
ピロン、ピロン、ピロン!!
停止していた課金音が、堰を切ったように鳴り響く。
世界中の視聴者が、映像の途切れに不安を感じ、復旧と同時に応援の投げ銭を連打したのだ。
「……ふぅ」
カイは椅子に崩れ落ちそうになる体を支え、脂汗を拭った。
計算外のトラブル。
部下の暴走気味な頑張りがなければ、終わっていた。
「……礼を言うぞ、社員ども。ボーナス弾んでやる」
カイは震える手でマイクを握り直し、カメラに向かって不敵な笑みを向けた。
ザウエルに見せつけるために。
「さあ、再開だ。
……教会の負けだ、ザウエル」
カイはワイングラスを掲げた。
「あんたは『信仰』という無料のエネルギーに頼りすぎた。
……俺たちは、世界中の欲望と、泥臭い『現場の意地』で戦っている。
出力が違うんだよ」
モニターの中で、残った人形たちがカノン砲の光に消えていく。
画面がホワイトアウトする。
それは、数千年の歴史を持つ宗教国家が、一介のベンチャー企業に敗北し、飲み込まれる瞬間だった。
(第35話 完)




