表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/41

第35話 聖戦(ジハード)とペイ・パー・ビュー(PPV)

「……神は言われた。

穢れた地を焼き払い、再創世せよと」


教皇庁、地下祭壇。

枢機卿ザウエルは、狂気に満ちた目で巨大な石棺――『聖櫃アーク』を見上げていた。


経済も情報も負けた。信徒は離れ、資金は底をついた。

もはや、人の手による支配は不可能。

ならば、神の手(古代兵器)を使うしかない。


「目覚めよ、神の御使い(エンジェル)たちよ!

異教徒どもに死の鉄槌を!」


ザウエルが鍵を回すと、聖櫃から眩い光が溢れ出した。

中から現れたのは、美しい翼を持った天使……ではない。

白磁のような肌を持ち、無機質な仮面をつけた、空飛ぶ自律殺戮人形オートマタの群れだった。


古代文明が残した遺産。

感情を持たず、命令された対象を殲滅するまで止まらない、空の死神たち。


「行け!

アレクサンドル社を地図から消し去れ!」


キィィィィィン……!


不快な駆動音と共に、数千体の「御使い」が空へと舞い上がった。


---


「社長! 西の空から高エネルギー反応!

数、3,000! こちらへ急速接近中!」


アレクサンドル本社、作戦指令室(旧・大広間)。

壁一面に設置されたモニター(マギ・フォンを連結したもの)に、空を埋め尽くす白い影が映し出された。


「……出たな、『神の切り札』」


カイはモニターを見上げ、ニヤリと笑った。

焦りはない。

むしろ、待ち望んでいた顔だ。


「セリア、総員配置につけ。

……ただし、攻撃開始は俺の合図を待て」


「はっ! 迎撃部隊、スタンバイ!」


「バルト! 配信サーバーの準備はいいか?」


「へい! 東方の技術者(ヨミの部下)も呼んで、回線増強済みです!

同時接続100万いけます!」


カイはマイクを握りしめた。

全社員、そして世界中のマギ・フォン視聴者へ向けての宣言だ。


『……レディース・エンド・ジェントルメン! お待たせしました!』


カイの声が、戦場と世界中の端末に響き渡る。


『これより、教皇庁主催の「大粛清祭り」を開催します!

対するは我がアレクサンドル防衛軍!

……この世紀の決戦を、完全生中継でお届けします!』


画面が切り替わり、戦場全体を俯瞰するカメラ映像になる。


『なお、本放送は「有料視聴ペイ・パー・ビュー」となります!

続きを見たい方は、今すぐ銀貨5枚を課金してください!』


「か、金を取るのですか!? 戦争ですよ!?」


勇者アルヴィンが聖剣を構えながら突っ込む。


「当たり前だ。タダで戦争なんてやってられるか。

弾代も燃料代もかかるんだぞ」


カイは操作盤を叩いた。


『さらに新機能! 「投げ銭砲撃システム」実装!

視聴者の皆様が「金貨1枚」を投げ銭するごとに、戦場の魔導カノン砲が一発、自動で敵を狙い撃ちします!

あなたの課金が、国を守る力になる!』


狂っている。

だが、その狂気こそが、娯楽に飢えた民衆の心を鷲掴みにした。


『うおおお! 教会の鼻を明かしてやれ! 金貨10枚投げるぞ!』

『私の投げ銭で天使が落ちた! すげぇ!』


世界中から課金の通知音が鳴り響く。

チャリン、チャリンという音が、やがて滝のような轟音に変わっていく。


「よし……資金エネルギー充填完了だ。

……全軍、開演ショウタイムだ!」


カイが指を鳴らした瞬間、デッド・エンドの防衛ラインが一斉に火を噴いた。


ズドドドドドン!!


帝国製のカノン砲、東方の魔導ビーム、そして吸血鬼工場で生産された新型弾頭が、空を覆う「御使い」たちに襲いかかる。

人形たちが次々と爆散して墜落していく。

その一発一発が、すべて「視聴者の金」で賄われているのだ。


「な、なんなのだこれは……!?」


教皇庁の指令室で、ザウエルは呆然とモニター(敵の配信)を見つめていた。

神の軍勢が、ただの見世物として消費され、金に変わっていく。

撃墜されればされるほど、カイの懐が潤い、さらに強力な攻撃が飛んでくる悪夢のループ。


「おのれ……おのれカイ!

神を……神をなんと心得る!」


ザウエルは悟った。

まともに戦えば、こちらの戦力が尽きる前に、相手の資金力が無限に膨れ上がるだけだと。

この戦場において、「合理的な戦闘」を行えば行うほど、カイという「経済システム」に取り込まれてしまう。


ならば――。


ザウエルは充血した目で叫んだ。


「戦術を変更せよ!

……標的は兵士にあらず! 北の山にある『異端のサーバー』だ!」


「は? し、しかし枢機卿、あそこには軍事施設はありませんが……」


「構わん! あの塔こそが、カイの妖術(配信)の源だ!

全機、特攻せよ! 自らの身を爆弾として、あの塔を破壊するのだ!」


合理性を捨てた、狂気の特攻命令。

しかし、感情のない人形たちにとって、それは絶対のプログラムだった。


---


「……おい、妙だぞ」


勝利を確信してワインを開けようとしていたカイの手が止まった。

モニターの中の「御使い」たちが、突然攻撃を止め、一斉に進路を変えたのだ。

カイたちの防衛ラインを無視し、一直線に北へ。


「逃げるのか? ……いや、あの方角は……」


カイの背筋に冷たいものが走る。

あそこには、デッド・エンドの戦力は何もない。

あるのは、旧吸血鬼城。

すなわち、現在、全世界への配信を一手に担っている『通信サーバー(賢者の石)』だ。


「まさか……インフラ(通信網)を直接狙いに来たのか!?」


その時、指令室の緊急回線が開いた。

モニターに映し出されたのは、北のサーバー室でパニックに陥っている元吸血鬼・ベリアルの姿だった。


『しゃ、社長! 助けてくれ! 敵の大群がこっちに来る!

しかもあいつら、バリアに体当たりして自爆してやがるぞ!』


「なんだと!?」


『自爆テロだ! こっちの警備システムじゃ防ぎきれん!

サーバー室の温度が上昇中! 冷却が追いつかん!

このままじゃシステムダウン(配信停止)するぞ!』


カイの顔から血の気が引いた。


システムダウン。

それは単に映像が止まるだけではない。

「投げ銭」の入金システムが停止し、それに連動している自動防衛兵器のエネルギー供給が断たれることを意味する。


金が止まれば、兵器は止まる。

アレクサンドル社の最強の盾が消滅するのだ。


「……野郎、盤面テーブルをひっくり返しに来やがった!」


カイは叫んだ。

損得勘定も、リスク計算もない。

敵は「採算度外視」で、カイの生命線を断ち切りに来たのだ。

最も恐れていた「非合理な狂気」が、そこにあった。


「アルヴィン! イグニス!」


カイはマイクに向かって怒鳴った。


「北へ飛べ! サーバーを守れ!

アレが壊れたら、ウチは倒産だ!」


「えっ!? でも、ここを離れたら本陣が……」


「本陣なんてどうでもいい! インフラ(サーバー)が最優先だ!

早く行けぇぇぇ!!」


カイの悲痛な叫びに、勇者とドラゴンが反応した。


「わかった! 行くぞ相棒!」


『乗客使いが荒いぞ!』


真紅のドラゴンが急旋回し、音速で北の空へ飛び去る。

だが、敵の先頭集団はすでにサーバー塔に取り付いていた。


ドォォォン!!


自爆。自爆。自爆。

人形たちが次々と塔に激突し、爆炎が上がる。


『ぐあぁぁぁっ! 第3冷却炉、破損! 回線不安定!』


ベリアルの悲鳴と共に、指令室のモニター映像が乱れ、ノイズが走り始めた。

同時に、入金カウンターの数字がピタリと止まる。


「エラー発生! 課金システム停止!

カノン砲、エネルギー供給断絶により沈黙!」


バルトが絶叫する。

戦場の兵器が一斉に停止した。

残った敵の別動隊が、防衛ラインを突破してこちらへ向かってくる。


「……くそっ! ここまでか……!」


カイは歯噛みした。

金で築き上げた城は、インフラというアキレス腱を断たれれば脆い。


だが。


『……ふざけるなよ、ブラック上司!』


ノイズ交じりの通信機から、ベリアルの声が響いた。


『私はな、元魔王軍幹部だぞ!

たかが人形ごときに、私の職場サーバーを壊されてたまるかぁぁぁ!!』


画面の向こうで、ベリアルが自らの体を魔力に変換し、賢者の石に直接流し込んでいた。

自らの寿命を削った、限界駆動オーバークロック


『つながれぇぇぇ!

私の……私の「安定した老後」のためにぃぃぃ!!』


「ベリアル……!」


一瞬、ノイズが晴れた。

通信復活。

そのわずかな隙間に、真紅の流星が間に合った。


「必殺! ドラゴン・ダイブ・スラッシュ!!」


ズバァァァン!!


アルヴィンの一撃が、サーバー塔に取り付いていた人形たちをまとめて薙ぎ払った。

イグニスのブレスが、後続の自爆部隊を空中で焼き尽くす。


『サーバー保護、完了だ! ……危なかったぜ、社長!』


『回線、復旧しました! 入金再開!』


ピロン、ピロン、ピロン!!


停止していた課金音が、堰を切ったように鳴り響く。

世界中の視聴者が、映像の途切れに不安を感じ、復旧と同時に応援の投げ銭を連打したのだ。


「……ふぅ」


カイは椅子に崩れ落ちそうになる体を支え、脂汗を拭った。

計算外のトラブル。

部下の暴走気味な頑張りがなければ、終わっていた。


「……礼を言うぞ、社員ども。ボーナス弾んでやる」


カイは震える手でマイクを握り直し、カメラに向かって不敵な笑みを向けた。

ザウエルに見せつけるために。


「さあ、再開リブートだ。

……教会の負けだ、ザウエル」


カイはワイングラスを掲げた。


「あんたは『信仰』という無料のエネルギーに頼りすぎた。

……俺たちは、世界中の欲望カネと、泥臭い『現場の意地』で戦っている。

出力が違うんだよ」


モニターの中で、残った人形たちがカノン砲の光に消えていく。

画面がホワイトアウトする。


それは、数千年の歴史を持つ宗教国家が、一介のベンチャー企業に敗北し、飲み込まれる瞬間だった。


(第35話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ