第34話 プラットフォーム戦略と月額課金(サブスクリプション)
「……いいか、よく聞け。戦争のルールが変わった」
アレクサンドル株式会社、社長室。
カイは、机の上に積み上げられた黒い板――『マギ・フォン』の山を前に、重役たちに宣言した。
「これまでの戦争は、土地と資源の奪い合いだった。だが今日からは、『可処分時間』の奪い合いだ」
「可処分……時間、ですか?」
広報部長(兼聖女)のエレーヌが首を傾げる。
「ああ。人間が起きている時間は限られている。その時間を『祈り』に使わせるか、『画面』に使わせるか。……教会との勝負はそこだ」
カイは一枚のマギ・フォンを手に取り、起動させた。
画面に映し出されたのは、勇者アルヴィンが巨大なドラゴン(イグニス)と模擬戦を行い、派手にブレスを回避する迫力の映像だ。
「うおっ!? 僕が映ってる! しかもなんか実物よりカッコいい!」
アルヴィンが食いつく。
「当然だ。編集済みだからな。……この端末を、教皇庁の支配下にある国々にばら撒く」
カイはニヤリと笑った。
「教会は『物流』を止めたが、空から降ってくる『電波(魔力波)』までは止められない。……これより、敵地への『無料配布キャンペーン』を開始する」
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数日後。教皇庁の支配下にある聖都周辺。
夜空を飛ぶドラゴン航空の便から、無数の小さな包みが投下された。
パラシュートで降りてきたそれらを、市民たちが恐る恐る拾い上げる。
「なんだ、この黒い板は?」
「『起動せよ』と書いてあるぞ……?」
市民がボタンを押すと、画面がパッと明るくなり、美しい音楽と共に映像が流れ始めた。
『こんにちは! 聖女エレーヌの「3分間クッキング」の時間です! 今日は魔王領の特産、マンドラゴラを使った美味しいスープを作りますね♡』
画面の中では、かつて教会から失踪したとされる聖女エレーヌが、エプロン姿で微笑んでいる。
彼女は「悪魔に誘拐された」と教えられていたはずだが、どう見ても健康的で、しかも楽しそうだ。
「せ、聖女様!? ご無事だったのか!」
「それに、なんだこの料理は……美味そうだ」
映像は次々と切り替わる。
『勇者アルヴィンの魔物討伐記! 今日はオーガの群れを瞬殺してみた!』
『【衝撃】枢機卿ザウエルの隠し資産を暴く! あなたの寄付金、愛人の豪邸になってませんか?』
娯楽。暴露。そして真実。
娯楽に飢え、清貧を強いられていた市民たちにとって、その小さな画面は、強烈すぎる麻薬だった。
「ええい! 回収しろ! すべて焼き捨てろ!」
教皇庁、大聖堂。
枢機卿ザウエルは、押収したマギ・フォンを床に叩きつけ、踏み砕いていた。
顔は怒りで真っ赤だ。
「『悪魔の石版』だ! あのような淫らな映像を見れば、魂が汚染される! 所持する者は厳罰に処せ!」
異端審問官たちが街を走り回り、端末を没収しようとする。
だが、数は万単位。しかも市民たちは、布団の中や床下に隠して、夜な夜なこっそりと「カイの放送」を楽しんでいる。
禁止されればされるほど見たくなるのが、人間の心理だ。
さらに、ザウエルを絶望させたのは、端末から流れる「ある通知」だった。
『……視聴者の皆さん。教会の税金、高くないですか?』
画面の中で、カイ・ヴォン・ハイローラーが優雅にワインを傾けて語りかける。
『神様は「金を出せ」なんて言わないはずです。金を取っているのは、中抜き業者の教会だけ。……そこで提案です』
カイは指を鳴らした。
『この端末のアプリから、直接「神への感謝(投げ銭)」ができます。……教会を通さず、勇者や聖女の活動を直接支援できる。しかも、教会税の半額でOK』
【月額課金:銀貨1枚】
【特典:聖女様の限定お祈り動画が見放題!】
「ば、馬鹿な……! 信徒から直接集金だと!?」
ザウエルは戦慄した。
これは宗教革命だ。
「教会」という物理的な店舗を飛ばして、信徒と神を直結させる。
中抜き構造の破壊。
「枢機卿! 大変です! 今月の『お布施』が激減しています!」
「市民たちが『教会に払う金はないが、聖女様のプレミアム会員にはなる』と……!」
教会の収入源である寄付金が、目に見えて減り始めた。
金が止まれば、組織は維持できない。
壮麗な大聖堂も、多数の聖職者も、維持費がかかる巨大な固定費だ。
「おのれ……おのれカイ! 神の威光を、見世物小屋に変えるつもりか!」
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アレクサンドル株式会社、社長室。
カイは、リアルタイムで表示される「契約者数」のグラフを見ながら、満足げに頷いた。
「よしよし。アクティブユーザー10万人突破だ」
画面上の数字が跳ね上がるたびに、教会の金庫からカイの金庫へと、金の流れが変わっていく。
「社長。エレーヌ様から苦情が来てます。『アイドルのような挨拶動画を撮るのは恥ずかしすぎて死にそうです』と」
「却下だ。今月の売上の3割は彼女の『握手券付き電子チケット』だぞ。死ぬ気で笑顔を作らせろ」
カイは冷徹に指示を出しつつ、東の空――吸血鬼の城(現・サーバー工場)を見上げた。
そこでは、特別顧問のベリアルが、血の涙を流しながら賢者の石をフル稼働させ、通信インフラを支えているはずだ。
「情報は回った。金も回った。……これで教皇庁の足腰はガタガタだ」
経済制裁を逆手に取った、情報侵略。
カイは剣を抜くことなく、敵国の国民を「自社のユーザー」に変えてしまった。
「さあ、ザウエル枢機卿。……金も信者も失って、まだ『神の正義』とやらを吠えられるかな?」
だが、カイは知っている。
追い詰められた宗教国家が、最後に切るカードがどれほど狂気に満ちたものであるかを。
「……来るぞ、セリア。次は『聖戦』だ」
画面の向こう、熱狂する人々の喧騒の裏で、最終決戦の足音が近づいていた。
(第34話 完)




