第32話 航空物流(エア・カーゴ)と資産運用
「……暑い。そして空気が悪い」
デッド・エンドの遥か東、活火山が連なる「竜の渓谷」。
カイはハンカチで口元を覆いながら、不機嫌そうに空を見上げた。
周囲では、土木課長(オーク将軍)率いる魔物部隊が、岩を砕いて道を均している。シルクロード建設の第一歩だ。だが、このペースでは東方諸国との交易路開通まで数年はかかる。
「社長、本当にここを通るんですか? ここは『赤竜公イグニス』の縄張りですよ。人の身で立ち入れば、灰も残りません」
勇者アルヴィンが、聖剣の柄に手をかけて警告する。
彼は「対話」よりも「討伐」の準備をしているようだ。
「だから来たんだ。……陸路がダメなら、空を行くしかないからな」
カイが指差した先。
噴煙を上げる火口から、全長50メートルはある真紅の巨体が姿を現した。
翼を広げれば空を覆い隠す、伝説の古竜。
圧倒的な熱波と威圧感が、工事中のオークたちを震え上がらせる。
『……我が眠りを妨げる矮小な生物よ。死を望むか』
イグニスの言葉は、物理的な衝撃波となって襲いかかってきた。
アルヴィンが前に出る。
「下がるんだ社長! こいつは強い! 僕が時間を稼ぐ!」
「待て。……名刺交換が先だ」
カイは勇者を制し、熱風の中に進み出た。
そして、懐から一枚の金貨を取り出し、ピンと弾いた。
「よう、トカゲの大将。……いい『資産』を持ってるじゃないか」
カイの視線の先、火口の奥には、山のように積み上げられた金銀財宝が見え隠れしていた。
ドラゴンの習性、財宝収集。
彼らは数百年かけて集めた宝の上で眠ることを至上の喜びとする。
『……ほう。我が宝に目が眩んだか、盗っ人め』
イグニスが喉奥で炎を滾らせる。
「いいや。……『もったいない』と思っただけだ」
カイはタバコに火をつけ(ドラゴンの熱気で点いた)、煙を吐いた。
「その金、そこで寝かせておいて何になる? 金は使ってこそ価値が出る。……お前がやっていることは、タンス預金以下の『死に金』だ」
『……何だと?』
「俺なら、その山のような財宝を『運用』して、1年で1.1倍に増やしてやれる。……どうだ? 興味はないか?」
イグニスの動きが止まった。
ドラゴンは強欲だ。金が増えるという話には弱い。
だが、プライドも高い。
『人間如きが、我に指図するか。……我はただ眠っていたいのだ。金が増えることよりも、静寂を愛する』
「そうか。じゃあ、今の『物流危機』の話もしようか」
カイはニヤリと笑った。
「今、西の教皇庁が輸出入を止めているせいで、大陸全体の金の流れが滞っている。……つまり、お前がたまに襲撃して奪う『商隊』もいなくなるってことだ」
『……む?』
「座っていれば宝が増える時代は終わった。これからは、自分から稼ぎに行かなきゃ、その宝の山も目減りする一方だぞ」
カイは背後のオークたちが作った「滑走路(のような平地)」を指差した。
「取引だ、イグニス。……俺と『物流契約』を結べ」
『物流……?』
「お前のその翼だ。……俺の荷物を積んで、空を飛べ。教会の検問も、国境の壁も、空なら関係ない」
カイは空を指差して宣言した。
「『ドラゴン航空』の設立だ。……お前は空の王者だろ? なら、空の『通行権』をビジネスに変えろ」
『我に……荷運び馬になれと言うのか!? 誇り高き古竜に!』
イグニスが激昂し、炎を吐こうとする。
だが、カイは電卓(魔道具)を叩き、数字を見せつけた。
「基本給は運搬貨物の評価額の10%。さらに、お前の『財宝の山』を担保に、ウチの会社株を譲渡する。……試算では、お前が寝ているだけで得られる満足感の、およそ500倍の『輝き(ゴールド)』が手に入る」
「ご、500倍……?」
ドラゴンの目が、金貨のように輝いた。
強欲という本能には抗えない。
さらにカイは畳み掛ける。
「それに、お前の背中に乗せるのは、ただの荷物じゃない。……『勇者』と『聖女』だ」
「なっ、僕もか!?」
アルヴィンが驚く。
「そうだ。勇者が乗っているドラゴンを、誰が撃ち落とせる? ……これは世界で最も安全で、最も速く、そして最も『ラグジュアリー』な輸送手段になる」
イグニスはしばらく唸り声を上げ、そして巨大な爪で地面を抉った。
『……よかろう。ただし、荷が重すぎれば振り落とすぞ』
「契約成立だ。……今日からお前は『物流部長』だ」
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数日後。
教皇庁の国境検問所。
異端審問官たちは、街道を封鎖し、西からの物資を完全に遮断していることに満足していた。
「これでアレクサンドル株式会社は干上がる。神に背いた報いだ」
だが、その時。
上空から轟音が響いた。
「な、なんだ!? 雲が……割れるぞ!」
審問官たちが見上げた空。
そこには、巨大なコンテナ(魔法で軽量化済み)を抱え、悠々と空を飛ぶ真紅のドラゴンの姿があった。
ドラゴンの背中には、金色の社章が輝いている。
「ド、ドラゴン!? まさか襲撃か!?」
「いいえ! あれを見ろ! 荷物を運んでいる!」
ドラゴンは検問所のはるか上空、矢も魔法も届かない高度を通過し、悠々と東の空へと消えていった。
その腹には『Alexandre Express』の文字。
「ば、馬鹿な……! 空輸だと!?」
陸の封鎖など無意味だった。
カイは「空」という、誰も手出しできないブルーオーシャンを手に入れ、教皇庁の頭上を飛び越えて物資を運び始めたのだ。
「……快適な空の旅だな」
ドラゴンの背中に設置された特等席。
カイは眼下に広がる教皇庁の領土を見下ろし、ワイングラスを傾けた。
「社長……高すぎます。怖いです」
エレーヌが涙目でしがみついている。
「慣れろ。これが『グローバル経済』のスピードだ」
東方諸国へのルートは開けた。
ドラゴンの背には、東の珍しい香辛料や絹、そして魔導技術が満載されて戻ってくるだろう。
教会の制裁は、カイにとって「物流革命」のきっかけに過ぎなかった。
「さて……次は『東の国』での商談だ」
カイの視線は、雲の向こうにある未知の市場へと向けられていた。
そこには、教会すら手を出せない「異文化の巨大市場」が眠っている。
(第32話 完)




