第3話 王の財布と空の金庫
王都アレクサンドリア、王城「黄金の間」。
その豪華絢爛な部屋に、汚らしい絶叫が響き渡った。
「に、二万五千枚だとぉおおおお!?」
国王マモン8世は、震える手で羊皮紙を握りつぶした。
それは、辺境のデッド・エンドから早馬で届いたばかりの『請求書』だった。
「ありえん! 断じてありえん! あの『無能』が着任してたった数日で、オークとゴブリンの混成部隊を全滅させたなどと!」
マモン8世の計算では、カイは最初の襲撃で死ぬか、あるいは兵を死なせて莫大な違約金を抱え、泣きついてくるはずだった。
それがどうだ。
『討伐数250体×単価100枚=金貨25,000枚』。
味方の損害『ゼロ』。
ご丁寧に、切り取った魔物の耳が入った麻袋まで添えられている。
「ぐぬぬ……! 辺境の年間防衛予算を一度で吹き飛ばしおって!」
側近の宰相ギュンターが、青ざめた顔で進言する。
「陛、陛下。契約は絶対です。王家の秘宝『隷属の首輪』は、カイだけでなく、契約主である陛下をも縛っております。正当な報酬を支払わねば、契約不履行と見なされ、王家の信販に傷が……」
「わかっておるわ!」
マモン8世は爪を噛んだ。
金貨2万5000枚。払えない額ではない。だが、この強欲な王にとって、自分の金庫から金が出ていくことは、身を削られるよりも苦痛だった1。
「……払ってやれ。だが、ただでは済まさぬ」
王の瞳に、粘着質な悪意が宿る。
「金貨は送る。だが『物資』は送るな。食料も、武器も、建築資材もだ。あの辺境には何もない。金があっても物が買えなければ、いずれ干上がって死ぬだろう」
兵糧攻め。
自国の領地に対する処置とは思えないが、マモン8世にとってデッド・エンドは領土ではない。「カイを破滅させるための賭博場」に過ぎないのだ。
「それと、次の『手配』を進めろ。次はオーク風情ではない。もっと厄介な、金のかかる連中を送り込んでやれ」
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一方、デッド・エンド。
土砂に埋もれた砦跡地では、奇妙な「発掘作業」が続いていた。
「ここだ! ここを掘れ!」
カイの指示で、兵士たちが瓦礫を撤去していく。
現れたのは、かつて砦の地下にあった堅牢な鉄の扉――『宝物庫』だった。
「カイ様、やはり金目の物を探しておられたのですか?」
セリアが呆れたように溜息をつく。
領主の館が倒壊した直後だというのに、この新領主は真っ先に地下金庫の安否を確認させたのだ。
「当たり前だ。俺たちが稼いだ報酬は、国から届くまで時間がかかる。当座の運転資金が必要だろ」
カイはタバコを咥えながら、錆びついた扉に手をかけた。
魔力ゼロのカイには開けられないはずだが、彼は鍵穴に細い針金を差し込み、手慣れた手つきでガチャリと解錠してみせた。前世の「裏の技術」だ。
重い扉が開く。
セリアと兵士たちが、期待に息を呑んで中を覗き込む。
だが――。
「……空っぽ?」
そこには、誇りを被った棚があるだけだった。金貨はおろか、宝石の一つもない。
歴代の領主が持ち逃げした後なのだから、当然と言えば当然だ。兵士たちが落胆の声を上げる。
しかし、カイの反応は違った。
「……おい、セリア。お前、さっきの戦闘で魔物たちがどこを目指していたか覚えているか?」
カイの声色が、急に低くなった。
「え? はい。脇目も振らず、館の方角へ……」
「そうだ。奴らは食料庫や民家を無視して、一直線にこの館へ突っ込んできた。そして、その進行ルートの延長線上にあるのが、この『空の金庫』だ」
カイは空っぽの棚を指でなぞった。
「おかしいと思わないか? 本能で動くはずの魔物が、なぜ『空っぽの金庫』に向かって統率された動きを見せた? まるで、ここに『何かがある』と確信しているかのように」
「それは……確かに不自然ですが」
「それに、こいつを見てみろ」
カイは足元に転がっていた、死んだゴブリンの死体から小さな鞄を拾い上げた。
中に入っていたのは、武器でも食料でもなく――『王家の紋章が入った古い帳簿』のような書類の束だった2。
「奴らは略奪に来たんじゃない。『回収』に来たんだ」
カイの脳裏に、ある仮説が浮かび上がる。
魔王軍とは、本当に侵略者なのか?
もし、この戦争が「領土の奪い合い」ではなく、もっとドライな「経済活動」だとしたら?
「(……債権回収。まさかな)」
カイはその書類を懐にしまい込んだ。これはまだ、誰にも言えない。
だが、確信したことが一つある。
この戦争には、表向きのルールブック(聖戦)とは違う、裏のルールブックが存在する。
「カイ様?」
「……なんでもない。おい野郎ども! 金庫は空だが、魔物の死体は金になる! 皮、牙、肉、すべて解体して素材として保管しろ! 近いうちに『客』が来るぞ!」
「客……ですか?」
怪訝な顔をするセリアに、カイはニヤリと笑った。
金貨2万5000枚という大金が動けば、その匂いを嗅ぎつけて、ハイエナのような商人が必ず現れる。
戦争をビジネスに変えるための、次なる駒。
「ああ。俺たちの稼ぎを、本当の『力』に変えてくれる錬金術師だ」
カイは崩れかけた空を見上げる。
国が兵糧攻めをしてくることは計算済みだ。だからこそ、ここを独立した経済圏に変える必要がある。
「さあ、忙しくなるぞ。国を買い取る準備(仕込み)はこれからだ」
(第3話 完)




