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第29話 贋金(カウンターフェイト)とグレシャムの法則

「……妙ですね。最近、卵の値段が上がっています」


朝食の席で、セリアが何気なく呟いた一言が全ての始まりだった。

アレクサンドル株式会社(旧・王城)の社長室。

カイは帝国から取り寄せた新聞を読みながら、コーヒーを啜っていた。


「季節変動だろ? 鶏も寒いと産まなくなる」


「いいえ、倍です。……卵だけじゃありません。小麦も、鉄も、木材も。ここ数日で、王都の物価が一斉に跳ね上がっています」


セリアが家計簿(国家予算表)を見せつける。

確かに、不自然なインフレ曲線を描いている。

カイたちが王都を制圧し、物流を正常化させてから物価は安定していたはずだ。

供給不足ボトルネックはない。

ならば、原因は一つしかない。


「……バルトを呼べ」


数分後。

財務大臣バルトが、脂汗をかいて駆け込んできた。

その手には、ジャラジャラと大量の金貨が入った袋が握られている。


「旦那! いや社長! 大変です! 市場に『金』が溢れてやがる!」


「金が溢れる? 景気が良くて結構なことじゃないか」


「良すぎなんでさぁ! ……これを見てくだせぇ」


バルトが金貨を机にぶちまける。

王国の紋章が刻まれた、ピカピカの金貨。

見た目は正規の通貨と変わらない。

だが、カイが手に取ると、微かな違和感があった。

重さは同じ。

手触りも同じ。

だが――。


「……『魔力』の匂いがするな」


カイは金貨を弾き、耳元で音を聞いた。

金属音が、どこか歪んでいる。


「錬金術で作られた金だ。それも、とびきり純度が高い」


「ええ。出所を洗わせましたが、北の街道沿いの村々から、行商人を経由して大量に流れ込んでいます。……誰かが意図的に、この『精巧な偽造金貨スーパーノート』をばら撒いてやがる」


カイの目が細められた。

犯人は明白だ。

北から流れてくる、魔力を含んだ金。

先日撃退した吸血鬼公爵ベリアルだ。


「……やるじゃないか、吸血鬼」


カイはニヤリと笑った。

ベリアルは武力での報復を選ばなかった。

代わりに、無尽蔵の魔力で金貨を生成し、それを人間界に大量流通させることで、通貨の価値を暴落させる(ハイパーインフレを起こす)作戦に出たのだ。


「金貨の価値が下がれば、俺たちが保有している資産は目減りする。さらに物価が高騰すれば、国民の生活は破綻し、新政権への不満が爆発する」


経済テロだ。

それも、国家転覆を狙った極めて悪質な。


「ど、どうしますか? 偽金の使用を禁止しますか?」


セリアが焦る。

だが、カイは首を横に振った。


「無理だ。この金貨は『質が良すぎる』。成分は本物の金だ。一般市民には見分けがつかないし、むしろ古びた正規の金貨より喜ばれるだろう」


『悪貨は良貨を駆逐する(グレシャムの法則)』。

質の悪い貨幣が出回ると、人々は質の良い貨幣を貯め込み、質の悪い方を支払いに使うため、市場には悪貨ばかりが流通するという法則。

だが、今回は逆だ。

ベリアルの金貨は「良すぎる悪貨」だ。

人々はこの綺麗な金貨を喜んで使い、結果として市場は金余り(カネあまり)となり、制御不能なインフレに突入する。


「回収もできません。相手は魔法で無限に作れるんですから、いたちごっこです」


バルトが頭を抱える。


「このままじゃ、ウチの会社(国)は、金の重みで潰れちまう……!」


完全な詰み(チェックメイト)に見えた。

だが、カイは楽しそうに、その「呪われた金貨」を積み上げていた。


「……バルト。お前、勘違いしてるぞ」


「へ?」


「敵が『金』をくれているんだ。……ありがたく貰っておけばいい」


カイは立ち上がり、地図上の「帝国」を指差した。


「セリア、帝国へ至急連絡。『金貨の支払いにより、輸入物資を3倍に増やす』と伝えろ」


「は? でも、その金貨は……」


「成分は『本物の金』なんだろ? なら、帝国にとっても文句はないはずだ」


カイの策は単純にして凶悪だった。

ベリアルがばら撒いた大量 of 金貨を、カイが税金や商売を通じて回収する。

そして、その金をそのまま右から左へ、帝国への支払いに充てるのだ。


「国内に金が溢れるからインフレになる。なら、その金を国外(帝国)へ流してしまえばいい。……俺たちは帝国から大量の物資(実物資産)を得て潤い、帝国は大量の金を得て喜ぶ」


「……あ」


「そして、いずれ帝国でもインフレが起きるだろうが……それは帝国の問題だ」


インフレの輸出。

自国の経済危機を、貿易相手国になすりつける外道な処方箋。


「さらに、だ。……アルヴィン!」


カイが呼ぶと、隣の部屋から筋トレ中の勇者が顔を出した。


「なんだ? 出撃か?」


「ああ。……『鉱山狩り』だ」


カイはベリアルの拠点がある北の山岳地帯を指差した。


「ベリアルが金を量産できるといっても、無から有は作れない。必ず『金鉱脈』か、あるいは『触媒となる資源』があるはずだ。……そこを叩く」


カイはベリアルの金貨を握り潰した。


「敵は経済戦争を仕掛けてきたつもりだろうが、詰めが甘い。……資金源(蛇口)を壊されたら、破産するのは向こうだ」


カイの瞳に、狩人の色が宿る。


「行くぞ。……吸血鬼の城を、俺たちの『新しい金庫』にしてやる」


---


贋金騒動は、カイにとって危機ではなく、莫大な軍資金調達のチャンスへと変わった。

インフレの波を乗りこなし、カイたちは魔王軍の財布を握るため、北へと進撃を開始する。


(第29話 完)

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