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第28話 労働組合(ユニオン)とヘッドハンティング

「社長。……北の『取引先』から緊急連絡です」


防衛大臣室(旧・騎士団詰所)。

セリアが顔色を変えて、一枚の汚れた羊皮紙を持ってきた。

それは、以前から「八百長試合」のパートナーだったオーク将軍からの密書だった。


『至急、救援求む。本社(魔王城)より監査役が到着。我が軍の「採算割れ(赤字)」を理由に、事業部の閉鎖および人員整理(処刑)が決定された』


「……人員整理だと?」


カイは執務机で、帝国の支援物資リスト(横流し用)をチェックしていた手を止めた。

「オーク将軍は優秀な中間管理職だったはずだ。適度に負けつつ、前線維持はしていた。なぜ消される?」


「それが……将軍の話では、本社からの補給がここ数ヶ月、完全に止まっていたそうです。『現地調達(略奪)』で食い繋いでいたものの、限界が来て……」


カイの目が鋭く光った。

なるほど、辻褄が合う。


なぜ魔王軍ともあろう組織が、初期においてあれほど野蛮に村を襲い、装備もボロボロだったのか。

彼らが凶暴だったからではない。「予算」がなかったのだ。


「……ブラック企業め。本社はぬくぬくと高層ビルに座り、現場には経費も渡さず『成果を出せ』と丸投げか」


カイは立ち上がり、コートを羽織った。


「行くぞ。……これは単なる救出劇じゃない。不当な扱いを受けた労働者たちによる、大規模な『ストライキ』の支援だ」

「は? ストライキ……魔物が、ですか?」

「ああ。不満を持つ現場リソースを一括で引き抜く。……これ以上の『ヘッドハンティング』の好機はない」


---


デッド・エンド北方の平原。

そこには、陰惨な空気が漂っていた。


かつてオーク将軍が率いていた陣地は、今や異様な静寂に包まれている。

その中央広場には、処刑台が組まれ、傷だらけのオーク将軍が鎖で繋がれていた。


「……無能な豚め。貴様の部隊はコストパフォーマンスが悪すぎる」


処刑台の上で、冷酷な声が響く。

声の主は、漆黒の燕尾服を着た、青白い肌の貴族風の男。魔王軍直属の幹部、吸血鬼公爵ベリアルだ。

彼の周囲には、恐怖で震えるオークやゴブリンたちが土下座させられている。


「弁解はあるか? 将軍」

「……部下たちは飢えていた! 本社に何度も補給を要請したが、届いたのは『根性論』の通達だけだ!」


オーク将軍が血を吐くように叫ぶ。


「装備も自前、食料も自前……! これでは戦にならん! だから我々は、生きるために略奪するしかなかったのだ!」

「黙れ。……魔王様の方針は『ローコスト・ハイリターン』だ」


ベリアルは冷淡に鼻で笑った。


「貴様らのような下級魔物は、使い捨ての『非正規雇用ギグ・ワーカー』に過ぎん。……壊れたら代わりを補充すればいい。維持費のかかる古参兵など、資産の無駄だ」


ベリアルが指を鳴らすと、影から処刑人が現れ、巨大な鎌を振り上げた。


完全なるブラック企業体質。

現場を消耗品としか見ない、冷徹な経営合理性。


「……そこまでだ、ブラック上司」


突然、拡声魔法の声が戦場に響き渡った。

ベリアルが眉をひそめて振り返る。


丘の上に現れたのは、黄金の社章(デッド・エンド社)を掲げた馬車と、勇者アルヴィン、聖女エレーヌ、そしてカイだった。


「人間……? なぜここにおる」

「商談に来たんだよ。……おたくの『不当解雇』に異議を申し立てにな」


カイは馬車の上で、マイク(魔道具)を握りしめた。

そして、処刑台の周りで震えている数千の魔物たちに向かって叫んだ。


『聞け! 魔王軍の諸君! 君たちは今の待遇に満足しているか!?』


魔物たちがざわめく。

カイは畳み掛ける。


『補給は届いているか? 給料は出ているか? ……答えはNOだろう! 君たちの上司は、君たちに「タダ働き」を強要し、用済みになればゴミのように捨てようとしている!』


「き、貴様……何を勝手なことを! これは経営判断だ!」


ベリアルが激昂する。


「経営判断? 笑わせるな。ただの『搾取』だ」


カイはバルトに合図した。

ドサッ! ドサッ!


荷台から投げ落とされたのは、帝国製のコンビーフ缶、焼き立てのパン、および樽ごとのワインだった。

強烈な匂いが戦場に広がる。飢えた魔物たちの目が釘付けになる。


『我がデッド・エンドは違う! 正規雇用契約! 三食支給! 装備支給! 成果に応じたボーナスあり! ……我々は君たちを「捨て駒」ではなく「社員パートナー」として歓迎する!』


ゴクリ……。

魔物たちの喉が鳴る音が、地鳴りのように響いた。


恐怖で支配された忠誠心と、生活を保障する好待遇。

極限まで追い詰められていた現場の空気は、一瞬で引火点に達した。


「ふ、ふざけるな! おい、殺せ! あの人間どもを八つ裂きにしろ!」


ベリアルが命令する。

だが、誰も動かない。


オークたちは、処刑台の上の「元上司(自分たちを庇ってくれた将軍)」と、目の前の「新社長(飯をくれる男)」を見比べ――。

そして、鎌を振り上げている処刑人を睨みつけた。


「……オ、オラたちは……腹一杯食いてぇんだよぉおお!!」


一匹のゴブリンが叫んだのを皮切りに、労働争議(暴動)が始まった。

魔物たちが一斉にベリアルとその親衛隊に襲いかかる。


「なっ……!? 貴様ら、反逆か!? 私は本社からの監査役だぞ!」

「本社がなんだ! こっちは明日食う飯もねぇんだよ!」


統制を失った軍隊ほど脆いものはない。

ベリアルは慌てて魔法で応戦しようとするが、その前に影が走った。


「未払い賃金の精算だ!」


勇者アルヴィンだ。

彼はいつの間にか接近し、聖剣を一閃。

ベリアルの片翼を切り落とした。


「ぐあぁぁっ!? 勇者……アルヴィン!?」

「僕も最近、社長に教わったんだ。……『労働者の権利は、時には剣で勝ち取るものだ』とな!」


(※カイによる極めて偏った教育の成果である)


ベリアルは血を流しながら後ずさる。

周囲は完全に敵だらけ。かつて足蹴にしていた部下たちが、殺意を持って迫ってくる。


「お、覚えておれ……! 魔王ディアボロ様が黙ってはいないぞ……! 貴様ら全員、ブラックリスト入りだ!」


ベリアルは捨て台詞を吐き、コウモリの群れに姿を変え、惨めに逃走していった。


---


残されたのは、解放されたオーク将軍と、一万の魔物たち。


「……助かった。礼を言う」


鎖を解かれたオーク将軍が、カイの前に膝をついた。

その背後では、魔物たちがパンにむしゃぶりつき、ワインをラッパ飲みしている。


彼らの装備はボロボロで、体は痩せこけている。

魔王軍がいかに現場へ投資していなかったかが分かる惨状だ。


「礼はいらん。……契約書にサインしてくれればな」


カイは羊皮紙を差し出した。

『雇用契約書』。

アレクサンドル株式会社・特殊土木課(魔物部隊)。


「今日からアンタは『課長』だ。部下をまとめて、帝国の国境付近で開拓事業でもやってくれ。……人間の兵士と違って、魔物はタフで力持ちだからな。ちゃんとした飯さえ食わせれば、最高の労働力リソースだ」


将軍は契約書を見て、涙ぐみながら苦笑した。


「魔王軍では『ゴミ』扱いだった我々が、ここでは『即戦力』か……。皮肉なものだな」

「前の会社(魔王軍)の経営者が無能だっただけさ。……現場を知らないトップは、いずれ滅びる」


将軍はペンを取り、力強くサインした。


ここに、人類史上初となる「魔物による労働組合ユニオン」が結成され、それがそのままカイの会社に吸収合併(M&A)されたのだった。


---


「……カイ様。魔王軍の内情、思っていたより深刻ですね」


帰り道、セリアが複雑な顔で呟く。

「ただの野蛮な集団かと思っていましたが……まさか『予算不足』で略奪していたなんて」


カイはベリアルが逃げていった北の空を見つめ、タバコに火をつけた。


「ああ。魔王ディアボロ……奴はただの怪物じゃない。徹底的な『コストカッター』だ」


カイは評価を改めた。

魔王は、無駄な経費を削ぎ落とし、効率のみを追求する冷徹な経営者だ。

だからこそ、初期は安価な魔物を使い捨てにし、今は精鋭のみを本拠地に集めているのだろう。


「敵は『同業者』だ。……それも、従業員の命を数字としか思っていない、一番タチの悪いタイプのな」


カイの瞳に、激しい闘志が宿る。


「負けられないな。……ホワイト企業の底力、あのブラック魔王に見せつけてやるぞ」


(第28話 完)

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