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第26話 経営統合(PMI)と債務超過

「……ひどいもんだな。粉飾決算フンショクにも程がある」


王城の「社長室(旧・玉座の間)」。

カイは、机の上に積み上げられた国の財務諸表を放り投げた。


そこに記されていたのは、目が眩むような赤字の羅列。

マモン8世は、自身の贅沢と無謀な軍事費のために、国の資産を食い潰し、未来の税収まで担保に入れて借金を重ねていたのだ。


「国庫の金貨はゼロ。あるのは借用書と、メンテナンスされていないインフラ、そして飢えた国民だけ。……典型的な『倒産企業』だ」


カイがため息をつくと、給仕服を着せられた元国王・マモン(現在はただの社畜)が、震える手でお茶を差し出した。


「お、お茶が入りました……社長……」

「ぬるいぞ、新人。給料分は働け」

「ひぃッ! 申し訳ありません!」


かつての王は、隷属の首輪の力と、カイへの根源的な恐怖によって完全に牙を抜かれていた。


「カイ様、笑い事ではありません」


防衛大臣兼筆頭秘書のセリアが、目の下に隈を作りながら入ってきた。


「国民への食料配給で、デッド・エンドの備蓄も底をつきそうです。帝国からの輸入も、王都までの輸送コストがかさんで赤字垂れ流しです。このままでは、乗っ取った国ごと共倒れですよ」


「わかってる。だから『構造改革リストラ』をする」


カイは立ち上がり、壁に掛かった大陸地図を指した。


「まず、王国の名前を変える。……今日からここは『アレクサンドル株式会社』だ」

「国名を会社名にするのですか!?」

「ブランドイメージの刷新だ。腐敗した王政のイメージを払拭し、クリーンな営利団体として再出発する」


カイは地図上の領土を赤いペンで囲った。


「次に、不採算部門の切り捨てだ。……地方の貴族どもに通達を出せ。『領地経営権を維持したければ、今後一年分の税を前払いしろ。払えないなら領地を没収し、直轄地にする』とな」

「そ、そんな無茶な! 内乱が起きます!」

「起きないさ。勇者アルヴィンと、聖女エレーヌがいる限りな」


カイはニヤリと笑った。

勇者は「正義の象徴」、聖女は「信仰の象徴」。

彼らが新体制を支持している以上、地方貴族が反乱を起こせば、それは「世界の敵」となる。


「勇者には全国ツアー(ドサ回り)に行かせろ。『悪徳貴族を成敗する』という名目でな。……金のない貴族から領地を取り上げ、それを担保に新たな資金を調達する」


まさに悪魔的経営。

だが、その時。


執務室の扉がノックもなしに開かれた。

飛び込んできたのは、財務大臣となったバルトだ。顔色が悪い。


「だ、旦那! いや社長! ヤベェことになりやした!」

「どうした? 取り付け騒ぎならもう終わったぞ」

「違います! 『帝国』です!」


バルトが息を切らせて叫ぶ。


「ガレリア帝国が、国境に軍を集結させています! その数、およそ5万! 『政変による混乱を鎮圧し、正当な王権を回復する』という名目で、介入してくる気です!」


セリアが顔を強張らせる。


「火事場泥棒……! 王国内乱の隙を突いて、領土を奪うつもりですね!」

「5万か。……以前、国境で会ったアイゼン隊長も出世したもんだな」


カイは慌てる様子もなく、タバコに火をつけた。

帝国との密貿易ルートは持っている。だが、それはあくまで「現場レベル」の話。

国家元首が変われば、向こうも外交方針を変えてくるのは当然だ。舐められれば、国ごと食われる。


「……ちょうどいい。新しい『出資者スポンサー』を探していたところだ」


カイは椅子から立ち上がり、マモンから奪った王冠を小脇に抱えた。


「セリア、正装しろ。バルト、最高級のワインを用意だ。……それと、アルヴィンとエレーヌを呼び戻せ」

「迎撃するのですか?」

「いいや。……『M&A(合併・買収)』の交渉だ」


カイは不敵に笑う。


「帝国の皇帝に教えてやるよ。……この国はもう、武力で奪える『領土』じゃなく、割高な『金融商品』だってことをな」


破綻寸前の国家を背負い、カイの次なる戦い――「対帝国・外交防衛戦」が幕を開けようとしていた。


---


王城の大広間では、夜通しの祝勝会が続いていた。

マモン8世の悪政から解放された貴族や兵士たちが、勝利の美酒に酔いしれ、新しい時代の到来を祝っている。


だが、その喧騒から離れたバルコニーに、この革命の立役者の姿があった。


「……ふぅ。やれやれ、どいつもこいつも浮かれやがって」


カイは夜風に当たりながら、紫煙を燻らせていた。

手には最高級のヴィンテージワイン。かつてマモン8世が隠し持っていた「押収品」だ。


「ここにおられましたか、社長」


背後から、ドレス姿ではなく、いつもの騎士服に身を包んだセリアが現れた。

彼女の手にも、二つのグラスが握られている。


「お前こそ、主役の一人だろ。エレーヌやアルヴィンと一緒に騒いでなくていいのか?」

「私はあなたの秘書ですから。社長がいないパーティーで愛想を振りまくのは、業務外です」


セリアは悪戯っぽく微笑むと、カイの隣に並び、王都の夜景を見下ろした。

かつては淀んだ空気に包れていた街が、今夜ばかりは希望の光に輝いて見える。


「……本当に、国を落としてしまいましたね」

「『買収(M&A)』しただけだ。これからは、この国そのものが俺の商品になる」

「ふふ。王様にはならないのですか? 民衆はあなたを求めていますよ」


カイは鼻で笑った。


「王なんて非効率なポストは御免だ。議会対応、外交儀礼、世継ぎ問題……。拘束時間が長い割に、実権は制限される。あんなものは『名誉職』という名の閑職だ」


カイはグラスを傾けた。


「俺はあくまで、裏から糸を引く『筆頭株主オーナー』でいい。表向きの王は、操りやすい神輿を据えておくさ」


冷徹で、夢のない言葉。

だが、セリアはそれを聞いて、なぜか心底安堵したように息を吐いた。


「……よかった」

「あ?」

「あなたが王様にならなくて、よかったです」


セリアは夜空を見上げながら、独り言のように呟いた。


「王座というものは、孤独です。誰も隣には立てません。……でも、社長ここなら、私が秘書として、こうして隣にいられますから」


「……ぶっ!?」


カイは思わず、吸い込んだ煙に咽せた。

ゲホゲホと咳き込み、涙目でセリアを見る。


「お、お前……いきなり何を……」

「あら、事実でしょう? それとも、私では役不足ですか?」


セリアは小首をかしげて、カイの顔を覗き込む。

その瞳は、いつになく優しく、そして少しだけ熱を帯びていた。

カイはたじろぎ、視線を逸らすために慌ててタバコを揉み消した。


「……勘違いするな。お前ほどコストパフォーマンスの良い人材はいないと言っているんだ。……新しい雇用契約書を作るまでは、勝手にいなくなられると困る」


顔を背け、早口でまくし立てるカイ。

その耳が、夜の闇でも分かるほど赤くなっているのを、セリアは見逃さなかった。


「はいはい。……では、契約更新まで、よろしくお願いしますね。……私の、社長」


セリアはクスクスと笑い、自分のグラスをカイのグラスに軽く当てた。

チン、と涼やかな音が、二人の間に響く。


それは、どんな契約書よりも確かな、信頼の音だった。


(第26話 完)

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