第25話 債務不履行(デフォルト)と新経営陣
王都アレクサンドリアの城門前。
そこには、歴史上類を見ない奇妙な「攻城戦」の光景が広がっていた。
「……静かですね」
セリアが愛馬の手綱を握りしめ、城壁を見上げる。
彼女の背後には、ヴォルグ率いる最強の私兵団『ギャングスターズ』300名。
そして、勇者アルヴィンと聖女エレーヌを先頭にした、数千の民衆(デモ隊)が続いている。
対する城壁の上には、マモン8世と、彼に従う近衛騎士団5,000名。
戦力差は10倍以上。通常なら、カイたちは一斉射撃で蜂の巣にされるはずだ。
だが、矢一本飛んでこない。
「撃て! なぜ撃たん! 奴らは逆賊だぞ!」
城壁の上で、マモン8世が泡を飛ばして絶叫している。
だが、騎士たちは弓を構えたまま、互いに顔を見合わせるだけで動こうとしない。
彼らの視線は、眼下の敵将――カイが掲げている「横断幕」に釘付けになっていた。
『求人:近衛騎士募集。月給は王家提示額の3倍(金貨払い)。未払い給与も全額補填します』
『※ただし、先着5,000名様限り』
「……バカにするな! 騎士の忠誠を金で買えると思うか!」
騎士団長が震える声で叫ぶ。
カイは拡声器(魔道具)を使い、ダルそうに応えた。
「忠誠? 立派な心がけだ。だが団長さん、あんたの部下たちは昨日の夕飯、何を食べた?」
カイの言葉に、騎士団全体に動揺が走る。
物流の麻痺により、王都の食糧事情は限界だった。彼らは誇り高き騎士だが、その家族は飢えている。
対して、カイの陣営からは、わざとらしく焼いた肉とパンの香ばしい匂いが漂っている。
「俺たちは戦いに来たんじゃない。『給料日』を持ってきたんだ」
カイが指を鳴らすと、バルトが荷車のカバーを剥いだ。
黄金の輝き。
山積みにされた金貨と、帝国製の食料。
その圧倒的な「現物資産」の輝きは、マモン8世の空虚な命令よりも遥かに雄弁だった。
「……あ、あぁ……」
城壁の上で、一人の若い騎士が弓を落とした。
それが合図だった。
カラン、カラン……。
次々と武器が捨てられる音が響く。
「ま、待て! 早まるな! 余は王だぞ!」
マモン8世が部下にすがりつくが、騎士たちは冷ややかな目で王を押しのけ、城門の開閉装置へと走った。
ギギギギ……ズドォォン!
重厚な城門が、内側から開かれた。
「開門! カイ様をお通ししろ!」
「俺たちは転職するぞー!」
無血開城。
剣など不要だった。
ただ「札束」で頬を叩くだけで、難攻不落の王都は陥落したのだ。
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王城、玉座の間。
かつてカイに無理難題を押し付けたその場所に、今は逆の立場で二人が対峙していた。
「ひぃ……く、来るな……!」
マモン8世は玉座の奥に縮こまり、ガタガタと震えている。
護衛はいない。宰相ギュンターも、側近たちも、カイの入城と同時に我先にと逃げ出したからだ。
残ったのは、カイと、その背後に立つ「新経営陣」だけ。
「久しぶりだな、陛下。……いや、元陛下」
カイは玉座の前の階段をゆっくりと登り、王を見下ろした。
「約束通り、報酬を受け取りに来たぜ」
「ま、待てカイ! 話せばわかる! 余が悪かった! 爵位をやる! 領地も増やしてやる! だから命だけは……!」
マモン8世が這いつくばって命乞いをする。
カイは冷めた目で、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは『魔物討伐変動相場契約書』だ。
「爵位も領地もいらない。俺は契約の履行を求めているだけだ」
カイは計算書を読み上げた。
「これまでの討伐報酬、防衛費、勇者・聖女の保護費、および今回の王都制圧にかかった経費……。締めて金貨800万枚だ」
「は、はっぴゃく……!? 払えるわけがない! 国庫は空だ!」
「知っている。だから、この条項を適用する」
カイは契約書の第3条――かつて王がカイを罠に嵌めるために書かせた条文を指差した。
『3. 担保:支払いが履行されない場合、債務者はその魂の所有権を債権者へ永久譲渡する』
「……あっ」
マモン8世の顔色が土色になる。
自分がカイを奴隷にするために用意した罠。それが今、ブーメランとなって自分の首を絞めている。
「お前は支払い不能を起こした。よって、この国の全資産と、お前自身の所有権は、債権者である俺に移る」
カイが合図をすると、セリアが進み出た。
彼女の手には、かつてカイの首に嵌められていた、王家の秘宝『隷属の首輪』がある。
「……チェックメイトだ、マモン」
カチャリ。
冷たい鉄の輪が、マモン8世の太い首に嵌められた。
その瞬間、呪いが発動し、王の目から自我の光が消える。
「……あ、う……ご主人、様……」
かつての暴君は、ただ命令を待つだけの肉人形へと成り下がった。
カイは玉座にどかっと腰を下ろし、王冠を指で弾いた。
軽い。あまりにも軽い、権力の重み。
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数日後。王城のバルコニー。
カイは眼下に広がる王都の群衆を見下ろしていた。
広場には、新しい旗が掲げられている。
王家の紋章ではない。金貨と剣を交差させた、『デッド・エンド株式会社』の社章だ。
「……これから忙しくなりますよ、社長」
隣に立つセリアが、分厚い書類の束(再建計画書)を抱えて苦笑する。
彼女は今や、一介の騎士ではなく、この国の「防衛大臣兼筆頭秘書」だ。
「ああ。国を買うのは簡単だったが、経営するのは骨が折れそうだ」
カイの背後には、それぞれの持ち場へ向かう仲間たちの姿があった。
勇者アルヴィンは「広告塔」として地方巡業へ。
聖女エレーヌは「国教」のトップとして民心の掌握へ。
バルトは「財務大臣」として経済の立て直しへ。
ヴォルグたち囚人部隊は「治安維持部隊(警察)」として街へ繰り出していった。
腐敗した王国は死んだ。
今日からここは、カイ・ヴォン・ハイローラーが支配する、巨大な企業国家だ。
「さて……まずは赤字の解消からだ」
カイはタバコに火をつけ、遠く北の空――魔王城のある方角を睨みつけた。
国内の敵は片付いた。
だが、本当の「敵」――魔王軍、帝国、そしてこの世界の理そのものは、まだ健在だ。
「稼がせてもらおうか。……世界ごと買い取るまで、俺のギャンブルは終わらない」
紫煙が空高く昇り、新しい時代の幕開けを告げた。
(第25話 完)




