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第22話 遡及課税と宗教法人(タックス・ヘイブン)

「……ふむ。今月の興行収益、金貨5万枚。関連グッズの売上でさらに2万枚。……笑いが止まらんな」


執務室で、カイは積み上げられた金貨の塔を崩さないように指で弾いた。

勇者アルヴィン主演の「ヒーローショー(八百長)」は大ヒット。さらに帝国との密貿易、オーク将軍との裏取引による経費削減。


デッド・エンド株式会社は、創業以来の最高益を叩き出していた。


「カイ様、あまり派手に稼ぎすぎると、また王都が……」

セリアが心配そうに帳簿を閉じる。


その懸念は的中した。いや、予想の斜め上を行く形で現実となった。


ドンッ!


乱暴にドアが開かれ、灰色のコートを着た男たちが雪崩れ込んできた。

武装した兵士ではない。全員が眼鏡をかけ、分厚い書類鞄を持った、無表情な官僚たちだ。


そして、その最後に現れたのは、爬虫類のように冷たい目をした痩せぎすの男。


「……初めまして、カイ・ヴォン・ハイローラー殿。国税局長のガビゼルです」


ガビゼルは抑揚のない声で告げると、一枚の書類をカイの机に置いた。


「国税局?」

「単刀直入に申し上げます。貴殿に対し、『戦時特別利益税』の徴収執行を通達しに来ました」


「……戦時特別利益税?」


カイが眉をひそめる。聞いたことのない法律だ。


「ええ。昨日、陛下が裁可され、緊急施行された新法です。……『国家の非常時において、軍需産業や魔物討伐によって得た不当な利益に対し、95%の税を課す』というものです」


「きゅ、95%!?」


セリアが悲鳴を上げる。

そんな税率など聞いたことがない。実質的な没収だ。


だが、ガビゼルの攻撃はそれで終わりではなかった。


「さらに、この法律は『遡及適用』されます。つまり、貴殿がここに着任してから稼いだ全ての報酬、および事業収益に対し、過去に遡って課税されます」


ガビゼルの言葉に、同席していたバルトが目を剥いて食ってかかった。


「そ、遡及適用……? ちょっと待ってくださいよ!」

「なんだ、商売人風情が」

「つまり、『後出しジャンケン』で過去の売り上げからも税金を取るってことですか!? ルールが変わったのは昨日でしょうが! 過去に終わった取引まで蒸し返すなんて、そんなのカツアゲと同じだ!」


バルトの悲痛な叫び。

しかし、ガビゼルは冷徹に眼鏡の位置を直しただけだった。


「法です。国民である以上、従う義務がある」

「試算しました。貴殿のこれまでの総収益は推定金貨80万枚。よって納税額は金貨76万枚。……現在、貴殿が保有する資産の『全て』を差し押さえても足りませんが、まずはここにある現金を回収させていただきます」


「なっ……ふざけるな! 契約書には『報酬を支払う』と書いてある!」


セリアが抗議するが、ガビゼルは動じない。


「ええ。国は契約通り報酬を支払いました。……ですが、その報酬から『税』を取ってはならないとは、どこにも書いていない」


法の抜け穴。

契約(民法)の上位にある、徴税権(公法)の行使。

マモン8世は、カイに金を払うフリをして、最終的にその全てを「合法的に」回収する策に出たのだ。


「……なるほど。考えたな、マモン8世」


カイは金貨の塔を指で突き崩した。

ガビゼルが部下たちに顎でしゃくる。


「執行せよ。金庫、帳簿、倉庫の物資、全て差し押さえろ」


官僚たちが一斉に動き出す。

セリアが剣に手をかけるが、カイが止めた。


「やめろセリア。公務執行妨害で逮捕されるぞ。……奴らの狙いはそれだ」

「ですが、このままでは全財産が……!」

「探させてやれ。……ここには『俺の金』なんて1枚もないからな」


「……は?」


カイの言葉に、ガビゼルが眉を動かした。

その時、金庫を開けた部下が、困惑した声を上げた。


「局長! 金庫の中身は……金貨ではありません! 『紙切れ』ばかりです!」


部下が持ってきたのは、大量の羊皮紙の束だった。

ガビゼルがそれをひったくる。

それは金券でも債権でもない。ただの『受領証』だった。


「……『寄付金受領証』?」

「ああ、そうだ」


カイはタバコに火をつけ、悠然と煙を吐き出した。


「俺は信仰心が厚くてね。……国から報酬が入るたびに、その全額を『聖エレーヌ教会・デッドエンド支部』に寄付しているんだ」


「き、寄付だと……? 全額を?」

「ああ。だから俺の個人資産はゼロだ。……日々の食事も服も、全て教会からの『恵み(現物支給)』で暮らしている清貧な信徒だよ、俺は」


カイはニヤリと笑った。


「ガビゼル局長。まさか忘れていないよな? 王国の憲法第8条。『教会および宗教法人への寄付、およびその資産は、 聖域として不可侵であり、いかなる課税も免除される 』」


ガビゼルの顔色が、土気色に変わった。

その様子を見て、バルトがポンと手を打った。


「なるほど……! そういうことか!」

「バルト?」

「セリアちゃん、こいつは『神様の財布』ってやつだ! いくら王様が強欲でも、神様の財布からは税金を取れねぇ! 教会という名の『非課税貯金箱タックス・ヘイブン』に資産を逃がしたってわけか!」


バルトの解説に、セリアもハッとする。


宗教法人非課税特権。

王権神授説を唱えるこの国において、教会の権威は王権と並ぶ。王であっても、神の聖域には手を出せないのだ。


「ば、馬鹿な……! これは明らかな脱税タックス・アボイダンスだ! 実態がないペーパーカンパニーならぬペーパーチャーチだ!」

「失礼な。実態ならあるぞ。……おい、聖女様を呼べ」


カイが手を叩くと、奥の部屋からエレーヌが現れた。

彼女はバッチリと聖女の正装(最高級シルク)を身にまとい、手にはカイが偽造……いや、作成した『教会会計簿』を持っていた。


「……な、何か用ですか、局長さん?」

「エレーヌ様!?」


ガビゼルたちが思わず膝をつく。王都の象徴である聖女がここにいることは知っていたが、まさかカイの共犯者になっているとは夢にも思っていない。


「ガビゼルさん。カイ様は敬虔な信徒です。彼が稼いだお金は、全て神の御心(教会の修繕と貧民救済)のために使われています。……それを奪うというのですか? 神に弓引く行為ですよ?」


エレーヌが(カイに言わされた台詞を)震えながら読み上げる。

ガビゼルは歯ぎしりをした。


相手がカイなら潰せる。だが、相手が「教会」で、代表者が「聖女」となれば手出しできない。無理に徴税すれば、国中の信徒を敵に回すことになる。


「……くっ、おのれ……!」


ガビゼルは書類を握りつぶした。

完璧な論理武装。


カイは聖女を取り込んだ時点で、この「最強の資産防衛スキーム」を完成させていたのだ。

デッド・エンドは、地図上の辺境であると同時に、法的な意味での「聖域オフショア」となっていた。


「……撤収だ!」


ガビゼルは血を吐くような声で叫んだ。

差し押さえ不能。課税根拠喪失。

国税局の完敗だった。


「……お待ちください、局長」


帰りかけたガビゼルの背中に、カイが声をかけた。


「せっかく遠くまで来たんだ。……お土産を持っていけ」


カイはバルトに目配せをした。

バルトが差し出したのは、勇者興行で売れ残った『勇者饅頭(賞味期限ギリギリ)』の山だった。


「これなら『課税対象外』の廃棄品だ。……陛下によろしくな。『次はもっとマシな法律を作ってこい』と」


ガビゼルは屈辱に顔を歪ませながら、何も言わずに去っていった。

執務室に、カイの高笑いが響く。


「……寿命が縮みました」


エレーヌがへなへなと座り込む。


「これで私も共犯者ですね……。聖女が脱税の片棒を担ぐなんて……」

「人聞きが悪い。これは『節税』だ」


カイはエレーヌの肩を叩いた。


「安心しろ。浮いた税金で、教会の屋根を純金にしてやる」

「そんな趣味の悪いことしないでください!」


こうして、王による最大の経済攻撃は防がれた。

だが、カイは知っている。


法も、金も通じないとなれば、王が次に選ぶ手段は一つしかない。

理性を捨てた、剥き出しの「暴力」だ。


「……そろそろ、幕引き(フィナーレ)だな」


カイは窓の外、王都の空を見上げた。

そこには、不穏な暗雲が立ち込め始めていた。


(第22話 完)

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