第21話 専属マネジメント契約と肖像権
「……つまり、僕に『タレント』になれと言うのか?」
翌朝の執務室。
勇者アルヴィンは、目の前に突きつけられた分厚い羊皮紙の束――『専属マネジメント契約書』を睨みつけていた。
「違うな。現代風に言えば『インフルエンサー』だ」
カイは焼きたてのパン(聖女印の焼印付き)に、帝国産コンビーフをたっぷりと塗りながら答えた。
「いいか、アルヴィン。お前の目的は『魔王を倒し、世界に平和をもたらすこと』だ。だが、ただ闇雲に魔物を殺せばいいってもんじゃない」
「どういう意味だ」
「『希望』だよ。民衆は飢え、怯えている。そんな彼らに必要なのは、暗い森の奥でひっそりと勝利する勇者じゃない。……華々しく戦い、悪を討ち滅ぼす『象徴』としての勇者だ」
カイは熱弁を振るう。
もっともらしい言葉だが、その腹の中は黒い計算で満たされている。
昨日、アルヴィンが単独で突撃するのを阻止した後、カイは一晩かけて「勇者活用プラン」を練り上げた。
排除できないなら、利用する。
勇者という存在は、最強の「集客装置」だ。これをタダ働きさせる手はない。
「この契約書にサインすれば、俺がお前の『スポンサー』になる。金貨510万枚の入漁料は免除。さらに、今後の活動資金、装備のメンテナンス、宿の手配まで全て当社が負担する」
アルヴィンの心が揺れる。
彼は強いが、無一文だ。国からの支援は最低限で、昨日の宿代すら事欠く有様だった。
「……対価は? 魂でも売れと言うのか?」
「まさか。俺が欲しいのは、お前の『肖像権』と『興行権』だ」
カイは契約書の第5条を指差した。
『甲は、乙の名称、肖像を使用した関連商品の独占販売権を持つ。
乙は、甲が指定する装備(ロゴ入り)を着用し、甲が指定する日時・場所で戦闘を行わなければならない。
戦闘の模様は、甲が独占的に中継・配信する権利を持つ。』
「……よくわからんが、僕が戦う姿を民衆に見せることで、希望を与えろということか?」
「その通りだ! 流石は勇者、飲み込みが早い!」
カイは手を叩いた。
嘘は言っていない。ただ、その「希望」を有料で切り売りするだけだ。
「……わかった。民のためになるなら、サインしよう」
「契約成立だ!」
カイはアルヴィンがサインした羊皮紙を素早く回収し、控えていたバルトに投げ渡した。
「バルト! 印刷機を回せ! 『勇者アルヴィン・デビュー戦』のチケット販売開始だ! 特等席は金貨50枚、立ち見でも銀貨10枚! グッズも作れ! 勇者のブロマイド、勇者饅頭、勇者タオルだ!」
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数日後。デッド・エンド北方の平原。
そこには、戦場とは思えない光景が広がっていた。
「いらっしゃいませー! 勇者饅頭はいかがっすかー!」
「賭けの締め切りまであと10分! 勇者が何分で勝つかに賭けてくれ!」
急造された観客席(という名の足場)には、噂を聞きつけた近隣の村人や、遠方から来た商人、さらには帝国からの「観光客」までが詰めかけ、熱気に包まれている。
中央の平原――特設リングには、魔法拡声器を持った実況役の兵士が叫ぶ。
『さあ、お待たせいたしました! 世紀のビッグマッチ! 人類の希望、勇者アルヴィンの登場だぁぁぁ!!』
ドォォォン! と演出用の火薬が爆発する。
煙の中から現れたのは、ピカピカに磨き上げられた聖鎧を着たアルヴィンだ。
ただし、その胸、背中、盾には『提供:デッド・エンド株式会社』『協賛:バルト商会』『癒やしなら聖女エレーヌ』といった広告ステッカーがベタベタと貼られている。
「……本当にこれでいいのか?」
「いいんだよ。目立ってナンボだ」
リングサイドの特別席で、カイは葉巻を吹かしながら頷いた。
対面する入場ゲートからは、こちらも黄金の鎧をピカピカに磨いたオーク・ジェネラルが登場する。
『対するは魔界の重鎮! 破壊の化身! オーク将軍だぁぁぁ!!』
「グオォォォォ!!」
将軍が雄叫びを上げ、愛用の戦斧を掲げる。
観客が「ひえぇぇ!」と悲鳴を上げつつも、興奮で身を乗り出す。
実はこの試合、完全な「台本」がある。
カイは事前にオーク将軍と交渉済みだ。
『勇者と一騎打ちをしてくれ。派手に戦って、最後は「聖剣の光」を受けて撤退してくれ。報酬は最高級ワイン20樽と、食肉用の牛30頭だ』
将軍は二つ返事で承諾した。
彼にとっても、勇者とガチで殺し合うより、プロレスをして食料を得る方が遥かに合理的だからだ。
「行くぞ、魔物め!」
「来るがよい、人間!」
アルヴィンが地面を蹴る。
将軍が斧を振るう。
激突。衝撃波が観客席まで届き、歓声が爆発する。
「すげぇ! 本物の勇者だ!」
「頑張れー! 負けるなー!」
アルヴィンは本気だ。彼はこれが八百長だとは知らない。
だが、オーク将軍は手練れだ。アルヴィンの攻撃をギリギリで受け流し、致命傷にならないように派手に吹き飛んで見せる。
「グヌゥ……! やるな小僧!」
名演技だ。アカデミー賞モノである。
「……カイ様。これ、バレたら終わりですよ?」
隣でセリアが胃薬を飲みながら呟く。
彼女の仕事は、万が一アルヴィンが暴走して将軍を本当に殺そうとした時、何らかの理由をつけて「引き分け(または将軍の逃亡)」に持ち込むストッパー役だ。
「バレなきゃエンターテインメントだ。見ろ、あの聖女様の働きぶりを」
カイが指差した先では、エレーヌが「勇者応援団長」として、観客にペンライト(発光する魔石)を売り歩いていた。
「勇者様に力を! この光を振って応援してください! 一本金貨2枚です!」
彼女も完全に毒されている。
『必殺! エクスカリバー・スラッシュ!!』
試合はクライマックス。
アルヴィンの聖剣が輝き、将軍に向けて放たれる。
将軍は「待ってました」とばかりに、わざと防御を解き、光の奔流に飲み込まれたフリをした。
「グオォォォ! お、覚えておれぇぇぇ!」
将軍は爆煙に紛れて、用意していた脱出用の穴へと見事にフェードアウトしていった。
『勝者! 勇者アルヴィーーーン!!』
ワァァァァァァァ!!
地鳴りのような歓声。
観客たちが勇者の名を叫び、感動で涙している者もいる。
アルヴィンは肩で息をしながら、呆然と、しかし誇らしげにその光景を見つめていた。
自分が守るべき人々が、笑顔で自分を称えている。
その事実に、彼の胸は震えた。
「……悪くない。これが、カイの言う『希望』か」
アルヴィンは観客に向かって剣を掲げた。
その姿は、確かに英雄だった。
背中の『広告』さえなければ。
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「……大盛況だな」
カイはバルトから売上報告書を受け取った。
チケット代、飲食代、グッズ代、そして賭けのテラ銭。
たった一時間の興行で、金貨1万枚の利益が出ている。
さらに、オーク将軍への出演料(食料)を差し引いても、大幅な黒字だ。
「……あーあ。足が棒のようだわ」
天幕の裏で、エレーヌが売り子のカゴを放り出してへたり込んでいた。
純白の聖女服は埃にまみれ、喉も枯れている。
「お疲れ様。売れ行きはどうだった?」
カイが近づくと、彼女は恨めしそうに睨み返してきた。
「完売よ。……信じられない。あんな光る石ころに金貨を払うなんて。みんな熱に浮かされたみたいだったわ」
「それが『熱狂』の値段だ」
カイは懐から、ずっしりと重い革袋を放り投げた。
エレーヌが慌てて受け止める。
「きゃっ! ……な、何よこれ?」
「今日のギャラだ。……グッズ売上の2割、約束通り教会への『寄付』として渡す」
エレーヌは恐る恐る袋を開けた。
中には、彼女が見たこともない量の金貨が詰まっていた。王都の教会本部が一年かけて集める寄付金よりも多いかもしれない。
「こ、こんなに……? 本当に全部、教会に使っていいの?」
「ああ。屋根を直すなり、孤児院にパンを配るなり好きにしろ。契約履行だ」
カイはさっさと立ち去ろうとする。
エレーヌはその背中を見つめ、袋を強く握りしめた。
この男は、神聖な戦いをショーに変え、人々の信仰心を金に変えた。
けれど。
「……あなたって、悪魔みたいな人ね」
「褒め言葉として受け取っておく」
「でも……嘘つきではないのね」
エレーヌの小さな呟きに、カイは足を止めず、ただ片手を上げて応えた。
「……これぞ『四方良し』のビジネスだ」
カイは満足げに笑った。
だが、この派手すぎる「勇者ビジネス」が、ついに本丸――国王マモン8世の逆鱗に触れることになる。
「調子に乗るなよ、カイ……。次こそは、貴様の息の根を止めてやる」
王都の玉座で、王は静かに、しかし決定的な命令を下そうとしていた。
それは、カイの「契約」の根幹を揺るがす、法の抜け穴を突いた最悪の攻撃だった。
(第21話 完)




