第20話 市場独占権と営業妨害
「……ここが、デッド・エンドか」
その少年が足を踏み入れた瞬間、薄汚い「死の工場」の空気が一変した。
輝くプラチナブロンドの髪、一点の曇りもない碧眼。
身にまとうのは、王家から下賜された純白の聖鎧。
そして腰には、伝説の聖剣『エクスカリバー(レプリカではない)』。
勇者アルヴィン。16歳。
神託を受け、人類の希望として召喚された正真正銘の「正義の味方」だ。
「……酷いな。空気までもが淀んでいる」
アルヴィンは眉をひそめ、商店街で酒を飲んで騒ぐ囚人部隊や、オークの死体を解体して笑っている兵士たちを軽蔑の眼差しで見回した。
「これが、国を守る兵士の姿か? まるで盗賊の巣窟じゃないか」
「おいおい、僕ちゃん。口の利き方に気をつけな。俺たちはここの正規兵だぜ?」
酔っ払ったヴォルグが絡むが、アルヴィンは一瞥すらしなかった。
ただ、静かに歩みを進めるだけで、圧倒的な「聖気」がヴォルグを押し退けたのだ。
「う、うわっ!? なんだこいつ……体が動かねぇ!?」
ヴォルグが尻餅をつく。
アルヴィンはそのまま、出迎えに出てきたカイとセリアの前に立った。
「君が領主、カイ・ヴォン・ハイローラーだな」
「いかにも。歓迎するぜ、勇者様。……土産話(監査報告)のネタには困らない場所だろ?」
カイがタバコを吹かしながら手を差し出すが、アルヴィンは握手を拒否した。
その瞳は、カイの奥底にある「不純物」を見透かすように鋭い。
「馴れ合いは不要だ。……聖女エレーヌ様から手紙をもらっている。『領主に騙されて、内職ばかりさせられている』と」
「人聞きが悪いな。あれは立派な宗教活動だ」
「口を慎め!」
アルヴィンが一喝すると、周囲の空気がビリビリと震えた。
「僕はビジネスをしに来たんじゃない。魔王軍を殲滅し、この世界に平和をもたらすために来たんだ。……こんな不潔な『馴れ合いの戦争』は、今日で終わりにする」
アルヴィンは北の空――オーク将軍の陣地がある方角を指差した。
「敵の将軍がいるな? 僕が今から単身で乗り込み、首を取ってくる」
その宣言に、セリアが青ざめた。
「い、今からですか!? 無茶です! 敵は大軍ですよ!」
「問題ない。僕一人で十分だ」
アルヴィンは聖剣の柄に手をかけた。
その自信は、ハッタリではない。彼にはそれを成し遂げるだけの「チート能力」がある。
だが、カイにとって、それは「救い」ではなく「最悪の事態」だった。
(……マズいな)
カイは冷静な顔を崩さずに、脳内で高速計算を行う。
もし今、勇者がオーク将軍を殺せばどうなる?
将軍との「八百長契約」は破棄される。
さらに問題なのは『報酬』だ。
カイの契約は「カイの戦力による討伐」に対して支払われる。外部の勇者が勝手に倒した場合、カイに入る報酬はゼロ。
それどころか、将軍という「統率者」を失った魔王軍残党(数千)が暴走し、ゲリラ化すれば、現在の「効率的な資源回収システム」は崩壊する。
勇者の勝利は、デッド・エンド株式会社にとって『倒産』を意味する。
「……待て、勇者」
カイはアルヴィンの前に立ち塞がった。
「行かせるわけにはいかないな」
「なんだと? 魔王軍と通じているという噂は本当だったか?」
「違う。……『契約違反』になるからだ」
カイは懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、カイが国王と交わした『領地経営委任状』だ。
「このデッド・エンド領における全ての軍事行動権、および魔物討伐権は、領主である俺に『独占的』に委任されている。……わかるか? ここは俺の『私有狩猟区』だ」
「は……? 何を言って……」
「お前が勝手に魔物を狩るのは、他人の山で勝手に鹿を撃つのと同じ……つまり『密猟(ポ-チング)』だ」
カイは勇者の胸板を指で突いた。
「正義の味方が、法律違反を犯すのか? アルヴィン」
「なっ……! ふざけるな! 人命がかかっているんだぞ! 法律がなんだ!」
「法を守らない正義など、ただの暴力だ。……どうしても狩りたいなら、俺から『入漁権』を買え」
カイは即座に電卓(魔道具)を叩いた。
「オーク将軍の推定討伐報酬が金貨10万枚。それに伴う俺の『機会損失(逸失利益)』が向こう10年分で金貨500万枚。……締めて金貨510万枚だ。払えるなら通してやる」
「ご、ごひゃく……!?」
アルヴィンが絶句する。
16歳の少年に、そんな大金があるはずがない。彼は国から支給された装備と、僅かな路銀しか持っていないのだ。
「金がないなら帰れ。ここはボランティア会場じゃない」
「くっ……卑劣な! そんな理屈が通るか! 僕は行くぞ!」
アルヴィンはカイを突き飛ばし、強引に北へ向かおうとした。
物理的な力では勝てない。
だが、カイには次の手があった。
「セリア! 『被害届』の準備だ!」
カイが叫ぶと、セリアが(不本意ながらも)書類の束を持って立ちはだかった。
「勇者アルヴィン! あなたがこれ以上進むなら、我々は王都の騎士団法務局に対し、『領主権限の侵害』および『業務妨害』で正式に提訴します! 勇者の称号が剥奪されるまで、泥沼の法廷闘争になりますよ!」
「なっ……騎士が、そんな真似を!?」
「も、申し訳ありません……これも領主命令で……」
セリアが目を逸らす。
アルヴィンは剣を握りしめ、震えた。
目の前に倒すべき悪がいる。自分には倒す力がある。
だが、「法律」と「金」という、剣の通じない壁が彼を阻んでいる。
「……くそっ! くそぉおおおお!」
アルヴィンは叫び声を上げ、地面を殴りつけた。
轟音と共に地面が割れる。凄まじい威力だ。
だが、彼は進めなかった。彼の「正義感」こそが、法と秩序を破ることを許さなかったのだ。
「……賢明な判断だ」
カイは冷や汗を隠して、タバコに火をつけた。
危ないところだった。理屈が通じないバカなら、そのまま突っ込んでいただろう。
だが、これで時間は稼いだ。
「勇者様、今日は歓迎会だ。……明日の朝、改めて『共同戦線』の会議をしようじゃないか。もちろん、お前が『入漁料』を払えるようなプランを考えてやるよ」
カイはニヤリと笑った。
排除できないリスク(勇者)なら、利用するしかない。
この最強の「フリー素材」を、いかにしてデッド・エンドの利益に組み込むか。
カイの頭の中で、新たな悪徳ビジネスモデルが構築され始めていた。
(第20話 完)




