第17話 ジャンク債(ハイイールドボンド)と私兵団
「……拾えと言ったが、タダでやるとは言っていない」
地面にばら撒かれた金貨に群がろうとした囚人たちが、カイの冷徹な声にピタリと止まった。
その視線の先には、カイではなく、彼を護衛するように展開したセリアと、帝国製の最新鋭クロスボウを構えた古参兵たちがいた。
「あぁ? どういうことだ、もやしっ子。金を見せびらかして遊んでるだけか?」
囚人のリーダー格、全身に入れ墨を入れた巨漢ヴォルグが、唾を吐き捨てて凄む。
暴力の匂いが充満する広場。
だが、カイはヴォルグの目の前まで歩み寄り、タバコの煙をその顔に吹きかけた。
「取引だ、ヴォルグ。……お前らの命は、今のままだと『ゴミ(無価値)』だ。王都は、お前らがここで野垂れ死ぬことを期待して送り込んだ。お前らが死ねば、俺は罰金を払わされ、お前らは無縁仏だ。……誰も得をしない」
カイは落ちていた金貨を一枚拾い上げ、ヴォルグの胸ポケットにねじ込んだ。
「だが、俺と契約すれば、お前らを『宝』に変えてやる」
「宝だと?」
「ああ。金融用語で言えば『ジャンク債』だ。信用は低いが、利回りは高い」
カイは指を鳴らした。
バルトが合図と共に、荷車のカバーを剥ぎ取る。
そこにあったのは、食料ではなく――ギラギラと輝く、真新しい鎧と武器の山だった。
それも、王国の正規兵が持つ量産品ではない。ミスリル合金がふんだんに使われた、帝国製の特注品だ。
「……なっ、なんだこの装備は!?」
「ミスリルのフルプレートに、ドワーフ製の戦斧……? 騎士団長クラスの装備じゃねぇか!」
囚人たちがどよめく。
犯罪者である彼らが、一生触れることもないはずの最高級装備。
「くれてやる」
カイは平然と言い放った。
「その装備を着ろ。そして、俺の私兵になれ。……仕事はキツイぞ? 最前線での『汚れ仕事』専門だ。だが、報酬は王都の兵士の10倍出す」
ヴォルグが疑わしげに目を細める。
「……裏があるな。俺たちにこんないいモン着せて、使い捨てにする気か?」
「逆だ、バカ野郎」
カイはヴォルグの胸倉を掴み(びくともしなかったが)、低い声で囁いた。
「いいか、よく聞け。俺にとって、お前らが死ぬことは『金貨1,000枚の損失』なんだよ。……わかるか? お前らが1人死ぬたびに、俺の財布が大ダメージを受けるんだ」
カイは真剣な目で、囚人たちを見渡した。
「だから、俺は意地でもお前らを死なせない。どんな手を使っても守ってやる。……その装備は、俺の『資産』を守るための梱包材だ」
場が静まり返った。
彼らはこれまで、社会のゴミとして扱われ、誰からも命を軽んじられてきた。
だが、この奇妙な領主は言ったのだ。「お前らが死ぬと俺が困る」と。
それは歪んだ形ではあるが、彼らが初めて受けた「必要とされている」という実感だった。
「……ケッ。変わった野郎だ」
ヴォルグはニヤリと笑い、荷台から巨大な戦斧をひっ掴んだ。
ブン! と振るうと、空気が爆ぜる音がした。
「気に入った。……王都の豚どもは俺たちを『死刑囚』と呼んだが、アンタは『資産』と呼んでくれるらしいな」
「ああ。それも、とびきりリスクの高い『優良資産』だ」
ヴォルグは落ちていた金貨を拾い、カイに弾き返した。
「契約成立だ、ボス(大将)。……で、最初の仕事はなんだ? どいつの首を飛ばせばいい?」
「殺しじゃない。……『回収』だ」
カイは北の森を指差した。
「この装備なら、魔物の攻撃なんて蚊に刺されたようなもんだ。……森の奥にある魔王軍の前線基地へ行って、あいつらが貯め込んでいる『資源』を根こそぎ奪ってこい」
「略奪か! ヒャッハー! そいつは俺たちの専門分野だ!」
囚人たちが歓声を上げ、我先にと最高級の鎧を身に着け始める。
数十分後。
そこには、薄汚い囚人服の集団ではなく、帝国製の重装備に身を包み、殺気と欲望に満ちた、大陸最強の「ギャングスター部隊」が誕生していた。
「……カイ様。本当に彼らを制御できるのですか?」
セリアが不安げに尋ねる。
カイはタバコを吹かしながら、遠ざかる彼らの背中を見送った。
「制御なんてしない。……ただ『利害』を一致させるだけだ」
カイは懐から、新しい帳簿を取り出した。
タイトルは『株式会社デッド・エンド・特殊警備部』。
「彼らは失うものがない。だからこそ、高いリターン(金と暴力)を与えれば、正規兵よりも忠実に動く。……王め、不良債権の処理を押し付けたつもりが、最強の戦力をプレゼントしてくれたことに、まだ気づいていないようだな」
数日後。
デッド・エンド周辺の魔物は、彼ら「不死身の略奪者」たちの前に、恐怖で震え上がることになる。
彼らは死なない。なぜなら、領主が金に糸目をつけずに防御を固めているからだ。そして彼らは止まらない。歩合制の報酬が、彼らを修羅に変えたからだ。
「死ぬなよ、金食い虫ども。……お前らの命は、俺の金だ」
カイの呟きは、戦場への号令のように響いた。
(第17話 完)




