第13話 聖女の奇跡とブランド価値(ブランディング)
「なんと……嘆かわしい。これが、王国の騎士たちが堕ちた姿ですか」
鈴を転がすような、しかし凛とした声が解体工場(元・練兵場)に響いた。
声の主は、王都から派遣された聖女、エレーヌ。
純白の僧服に身を包み、金色の髪が聖なる光を放っているかのような美少女だ。
彼女の背後には、屈強な教会騎士団が控えている。
彼女が悲しげな瞳で見つめる先には、血まみれになってオークの臓物を仕分ける兵士たちと、その横で「賭博」に興じる非番の者たちがいた。
「神よ、彼らをお許しください。欲望と穢れに塗れ、人としての尊厳を失っています……」
エレーヌが祈りを捧げると、淡い光が周囲に広がる。
すると、作業の手を止めた兵士たちが、ハッとしたように顔を見合わせた。
「俺たちは……なんてことを」
「死者の身体を弄ぶなんて、バチが当たるんじゃないか?」
現場に漂っていた「熱気(金への執着)」が、急速に冷めていく。
代わりに蔓延するのは「罪悪感」だ。
「……チッ。営業妨害もいいところだな」
執務室から出てきたカイは、その光景を見て舌打ちした。
生産性が落ちている。
精神論は、時として現場の効率を著しく低下させる。
「ようこそ、聖女様。デッド・エンドへ」
「あなたが領主、カイ・ヴォン・ハイローラーですね」
エレーヌはカイを睨みつけた。
その目には、汚物を見るような軽蔑が宿っている。
「陛下から聞きました。あなたは兵士を唆し、邪悪な魔術と賭博で堕落させ、私腹を肥やしていると。……即刻、このような冒涜的な行いをやめなさい」
「冒涜? これは『労働』だ」
「死体を切り刻むのが労働ですか! 魔物は神の敵。その身体は速やかに浄化の炎で焼くべきです! それを素材として売り捌くなど、言語道断!」
エレーヌが杖を掲げると、取り巻きの教会騎士たちが作業中の兵士たちを突き飛ばし、オークの牙や皮を没収し始めた。
「焼却処分だ! こんな呪われた品、聖王国には必要ない!」
「あ、ああ……俺の今日のノルマが……」
兵士たちが悲鳴を上げる。
セリアが前に出ようとするが、カイはそれを止めた。
「待て。相手は教会だ。剣を抜けば、今度こそ国中を敵に回すぞ」
「ですが、このままでは商品が全て燃やされます!」
カイはタバコを一服し、ゆっくりとエレーヌの前に歩み出た。
「聖女様。穢れた物を燃やすのは結構だが……その『燃料代』は誰が払うんだ?」
「……はい?」
「そして、ここにある素材を売れば、この兵士たち全員が三ヶ月は腹一杯食える。それを燃やすということは、あんたは彼らに『清く正しく餓死しろ』と言っているのと同じだぞ」
カイの言葉に、エレーヌはひるむことなく言い返した。
「人はパンのみにて生きるにあらず、です! 魂の救済こそが最優先。貧しくとも、清らかな心で神に祈れば、救いは訪れます!」
「なるほど。流石は聖女様だ。言うことが違う」
カイは乾いた拍手を送った。
そして、懐から一枚の伝票を取り出した。
「ところで聖女様。あんたが着ているその純白のドレス……最高級のシルクだな。それにその杖、先端についているのは大粒の魔石だ。総額で金貨500枚は下らない」
「なっ、何の話を……これは儀礼に必要な正装で……」
「その金はどこから出た? 信者からの寄付(お布施)だろ?」
カイは兵士たちの方を向いた。
「見ろ、野郎ども。聖女様は、お前らが泥にまみれて稼いだ金よりも遥かに高額な衣装を着て、『清貧であれ』と説教しに来てくださったぞ」
兵士たちの目に、疑念の色が浮かぶ。
エレーヌの顔が赤く染まる。
「無礼な! 私は私利私欲でこれを着ているのではありません! 教会の威光を示すため……」
「威光? つまり『看板』代か。……なら、話は早い」
カイはニヤリと笑い、バルトを指差した。
「おいバルト。在庫の中に『質の悪いゴブリンの骨』があったよな?」
「へい。古すぎて黄ばんでるやつが山ほど。二束三文ですな」
「それを持ってこい」
カイはバルトが持ってきた薄汚い骨を、エレーヌの前に突き出した。
「聖女様、取引だ。あんたのその『聖なる力』で、このゴミを浄化してくれないか?」
「は? 何を言って……」
「浄化だよ。あんたが祈れば、穢れが消えるんだろ? やってみろよ」
エレーヌは訳がわからないまま、反射的に祈りを捧げた。
聖なる光が骨を包み込む。
すると、黄ばんで薄汚れていた骨が、白く輝く美しい乳白色へと変化した。
「おお……!」
周囲から感嘆の声が漏れる。
本物の奇跡だ。
「よし、完成だ」
カイはその骨を高く掲げた。
「見ろ! これはただの骨じゃない! 聖女エレーヌ様が直々に祈りを込めた『聖骨』だ! 魔除けの効果があるありがたーい御守りだぞ!」
カイはバルトに目配せした。
バルトは即座に意図を理解し、商人の顔になる。
「へへっ! こいつはすげぇ! 王都の貴族連中なら、普通の骨の10倍……いや、50倍の値段で買いますぜ! 何せ『聖女様の御墨付き』ですからなぁ!」
「なっ……!?」
エレーヌが絶句する。
「貴方、私の祈りを……商売道具に!?」
「人聞きが悪いな。これは『付加価値』だ」
カイはエレーヌにタバコの煙を吹きかけず、代わりにうやうやしく頭を下げた。
「聖女様。あんたが素材を燃やせば、ただの灰だ。だが、あんたが祈りを込めてくれれば、それは人々を救う『聖遺物』に変わり、莫大な利益を生む」
「そ、そんな冒涜……!」
「その利益の2割を、教会への『寄付』として支払おう。……どうだ? これで教会の屋根も直せるし、貧民街への炊き出しも増やせるぞ」
カイは悪魔の選択を突きつけた。
拒否すれば、ただの融通の利かない破壊者。
協力すれば、教団の財政を潤す救世主(ただし共犯者)。
エレーヌは震えていた。
彼女の純粋な信仰心が、カイの提示する圧倒的な「経済合理性」の前に揺らいでいる。
兵士たちも期待の目で見ている。「聖女様が協力してくれれば、俺たちの給料も上がるのか?」と。
長い沈黙の後。
エレーヌは悔しげに唇を噛み、小さな声で言った。
「……寄付は、必ず貧しい人々のために使いなさいよ」
「契約成立だ。……バルト、聖女様専用の『浄化ライン』を作れ! これより全製品に『聖女認証マーク』を刻印して出荷する!」
おおおおお! と兵士たちが歓声を上げる。
工場に活気が戻った。
いや、以前よりも増している。
自分たちの作っているものが「穢れた死体」ではなく「聖なる工芸品」に格上げされたことで、彼らの労働には「誇り」さえ生まれ始めていた。
「……信じられません。聖女まで取り込むなんて」
セリアが呆れ果てた声で呟く。
カイは新しくできた「聖骨」のサンプルを弄びながら笑った。
「宗教ってのは、商品に貼り付ける『レッテル』としては最強だからな。……感謝するぜ、マモン8世。最高の広告塔を送ってくれて」
聖女エレーヌ。
王が送り込んだ精神的支柱は、カイの手によって、デッド・エンド株式会社の「最高品質保証責任者」へと転職させられたのだった。
(第13話 完)




