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中編

中編となります。


僕自身はどんな原因があったとしても不倫していい理由にならないことは誰よりも一番強く感じております。

どういうこと?と思う方は活動報告をお読みください。

前編でも書いておりますが、設定はざるです。ご容赦ください。

 まさかの環の訪問に大毅は何も言えないでいた。驚きとそして何と声をかければいいのか分からなかったからだ。だが久しぶりに見る環に大毅は心が躍った。離婚してから約3年、環の美しさはさらに磨きがかかっていて、芸能人というオーラを放っていた。そんな環に大毅は嬉しさが込み上がってきた。


(いやだめだ!自分の感情を優先させることはしていけないと書いてあったじゃないか)


『どうしたら許してくれますか?』の作品は大毅に多大な影響を与え、大毅にとってはバイブルと言ってもよいほどの作品となっていた。


 その作品の中に二人の再構築を願う味方が主人公に告げるのだ。


「決して自分の感情を優先してはならないよ。例え許してもらっても、相手の感情を優先すること。何を言われても、どんな態度を取られてもきちんと受け入れること。分かった?」


 もう何度も読み返しているので味方のセリフは頭の中にインプットされている。大毅は自分の感情を押し殺し、そしてあの断罪された日に言えなかった言葉を告げることを決めた。


「あの時は申し訳ありませんでした」


 誠心誠意の土下座をした。あの日、彼はいい訳しか考えておらず、終始悪態をついていたのだ。最後まで謝ることをしなかったのだ。


 約3年越しの謝罪。環は大毅がそのような態度をとるとは思ってもみなかったので動揺したが、気持ちを落ち着かせ、きちんとここに来た理由を話し始めた。


「今さら謝ったところで何も起きないよ。それでここに来た理由なんだけど、この作品書いたのって大毅で間違いないよね?」


 顔を上げて環の差し出したものを見ると、3日前に発売されたばかりの自分の書いた書籍だった。


「はい、そうです。僕が書きました。どうして分かったんですか?」


「『ヤダイ』で分かった。大毅はいつも何かに登録する時のニックネームなんかは『ヤダイ』だったでしょ?だからこれは大毅が書いた本なんだって分かった」


 大毅はまさか自分のペンネームで環にバレるとは思わなかった。それでも自分の作品だと気づいてくれたことにまた心が躍った。しかし、


「やっと気持ちに整理がつけられ始めたってときにこんな作品出して私の古傷を開くようなことをして楽しい?いい加減にして!」


 一瞬にして心が沈んでしまった。自分は赦してもらうために書いていたつもりだった。そのつもりが環をさらに傷つけることになってしまったのだ。


「申し訳ありませんでした。もう再構築モノは二度と書きません」


 それ以上は何も言えなかった。環はあの日のように言い訳をするかと思っていたが、何も言わず再び土下座して動かない大毅に対して違和感を覚えた。


(大毅の様子がおかしい。何かあった?ううん、もう彼とは赤の他人なんだから気にしちゃだめ。このまま帰ろう)


「それじゃ言いたいことは言ったから帰る。じゃあね」


 環のヒールの音が消えるまで大毅は土下座をしたまま居続けた。


(もう再構築モノは書けない。どんな作品を書けばいいんだろう?)





 環の訪問後、悩みに悩んだ大毅はジャンルを恋人との甘々系モノを書くことにした。ジャンルが変わること、そして再構築モノはもう書かないことをきちんと活動報告に書いた。


 甘々系モノを書くことを決めた理由は簡単だ。自分のような人間を作りたくない。せめて小説の中だけは、物語の中だけは恋人と幸せな時間を過ごしてもらいたいという願望が強くあったからだ。


 ジャンルは違えど大毅の物語を書く力、表現力、描写は洗練されていたため、甘々系モノの作品も高評価、そして良かったという感想をもらうことができた。


 実はそれだけではない。大毅はいつの間にか小説サイトではある程度の知名度を得ていたのだ。元々再構築モノを支持する定着したファン層に加え、甘々系モノを支持する新たなファン層を獲得することに成功したのであった。


 そうしてまた書籍化の打診を受けることとなった。今度の作品は環を傷つけることはないだろうと判断し快諾した。再構築モノは非常に難しい作品だ。否定派と肯定派がはっきりとしている。そのため前回書籍化された作品はそこまでの売上はなかった。


 しかし甘々系モノはかなりの支持層がいるため、今回の作品は思った以上の売上を出すことができた。さらに「続編を」という声や「新作を読みたい」という声が挙がるようになり、次々と大毅の作品は書籍化され、売上を上げることができた。ようやく書くことで食べていけるというくらいの収入を得ることができようになったのである。


 そんな中、再び大毅の部屋のドアがコンコンとノックされた。環の訪問からさらに2年が経っていた。これまでは不倫のことに対する取材でマスコミが押しかけていたが、どこで嗅ぎつけたのか作家としての大毅の取材でマスコミが押し掛けるようになっていた。


(もうマスコミはいい加減にしてほしい。静かにひっそりとさせてほしい)


 そう思いながらもドアを開けるとそこには再びの環が立っていたのであった。まさか再び環に会えるとは思ってもいなかった大毅は久しぶりに湧き上がる嬉しさで胸がいっぱいだった。


 前回大毅の元を訪れたときはスーツ姿だった。おそらく仕事中の合間を縫って訪れたのだろう。今回はプライベートでの私服姿だった。大毅は私服姿の環を見るのは久しぶりだった。


 結婚生活中でも忙しかった環はほぼスーツ姿だった。そのため大毅は私服姿の環に何かしらの期待を持った。


(まただ!そんな期待を持ってはいけない!僕は赦されるまでは、いや赦されても真摯に、そして誠意を持たなければだめなんだ!)


 そう言い聞かせて自分の中から湧き上がる期待を押し込んだ。


「お久しぶりです宮前さん。今日はどのようなご用件でしょうか?」


「え?」


 環は大毅の呼び方に動揺した。名字で呼ばれたのだ。前回はただ謝るだけで終わったため名前を呼ばれることはなかったが、名前ではなく名字で呼ばれたことに驚いた。


 これも『どうして許してくれますか?』の内容で書かれていたことを実践してのことだった。


「仲が良かった時のことを全部なかったことにするのは難しいと思うけど、なかったと思うくらいに他人のように接しなさい。あなたへの愛はないに等しいの。だからもう一度やり直したいんだったらまた一から関係性を築いていかないといけないの。分かった?」


 大毅はそれを忠実に行っているだけだった。しかし環にはそれがあまりにもよそよそしくてショックを受けてしまったのだ。


(どうして名字なの?前回もそうだったけど敬語だし、大毅が変わった?こんな人じゃなかったような……)


 用件が言い出せずに動揺している環を見かねて大毅はさらに続けた。


「長くなる用件であれば中に入られますか?汚い部屋ですのであまりお通しはしたくないのですが……」


 はっとした環は突然用件を告げた。


「また小説出したよね?今度は恋人の甘い生活の話。付き合ってた時のことを思い出して嫌なの。だからもう書かないでくれる?ていうかそもそも……」


「誠に申し訳ありませんでした!もう二度とそのジャンルの作品も書きません!」


 「そもそもどうして小説なんか出してるの?」と聞こうとしたのを遮って大毅は土下座をした。環はまた土下座をした大毅に驚いたと同時にあることに気づいた。大毅の顔から水滴が零れ落ちていることに。大毅の涙だった。


 大毅が書いているのは赦しを得るため。それが赦されることに繋がるのかどうかは分からない。ただ書かないといけないと思う何かが大毅を突き動かしていた。しかし、結局また環を傷つけただけだった。それが大毅は申し訳なく、そして自分の犯した罪の重さに押しつぶされて泣いてしまったのだった。


(本当に泣きたいのは環の方なのに。僕が全部悪いのに。僕が泣いてどうするんだよ)


 後悔しかなかった。それを見た環の動揺は前回以上のものだった。


(大毅が泣いている……。あの大毅が……。一体大毅に何があったの?)


 何て声をかければいいのか分からず、この場にいられなくなった環は


「それじゃこれで帰る。じゃあね」


 としか言えずその場を去るしかなかった。


 その日、大毅は泣き止むことができず、日を跨いで泣き疲れて眠ってしまうまで泣き続けた。


「僕がやっていたのはただの自己満足だった。本当に『どうしたら許してくれますか?』の通りだった。存在を感じさせるだけで傷つけてしまうんだな」


 そう呟き、腹を決めた大毅はパソコンに向かって活動報告を書きだした。





 環が大毅の元を再び訪れてから2年が過ぎた。環の会社は関西圏に進出し、その規模を着実に広げていた。そして環は困っていた。この3ヵ月ほど、匿名で毎月寄附金として10万円が会社に送られてくるのだ。


 しかし環は分かっていた。この10万円の寄附は大毅がやっているということを。単純だった。添えられた手紙の筆跡が大毅のものだったからだ。


『御社がより発展することを祈念して、少ないですが10万円を寄付させていただきます。必要でなければ、恵まれない子供達に使ってあげてください』


 送られてくる手紙の内容は毎回同じだった。環はどうしたらいいのか分からなかった。匿名にしているということは大毅だと知られたくないから。だからこれは環を困らせようとしているものではないということだけは理解できていた。


 しかしなぜ10万円の寄附なのか。正直なところ、環の会社の規模で10万円というと端金に過ぎない。使いどころがないわけではないが、使うにもしても理由が分からないので躊躇してしまう。それなら手紙に書かれているように恵まれない子供達のために使えばいいのかもしれない。ただ大毅が何をしたいのかが知りたかった。


 そこで環は不倫の時に協力してくれた友人達を呼んで相談することにした。環が寄附をしてくるのが大毅であることを告げると友人達の顔は怒りの顔に変わった。


「そんなの矢野がやっているって分かってるんだったら問い詰めて吐かせて全額返してやればいいのよ!それで二度と関わるなって言えばいい!」


「そうだ!あいつは何にも反省していない!絶対ただの嫌がらせだ!」


 各々が大毅を批判する。その中で一人が手を挙げて言った。


「俺は大毅のやってることが何なのか分かっている。あいつはただ赦してもらうためだけに生きている。寄附はその一環だ」


 間宮次郎だった。周りはぽかんとしていた。これまでこのグループの中で大毅を守ろうとする者は一人もいなかったからだ。


「それはどういうこと?次郎君」


 環はすかさず次郎に尋ねた。


「俺は本来であればあいつの味方をしてやらないといけなかった。一時の感情に任せて絶縁まで叩きつけた。それから1年が経った時に環に頼まれてあいつの様子を見に行った。その時の俺はもう絶縁なんてこと気にもしてなかったから以前のような関係で会いに行ったんだ。そしたら逆にあいつから二度と来るなって絶縁されてしまってな。俺と大毅の関係は今の大毅と環の関係と同じなんだよ。俺がやってしまった側、あいつがやられてしまった側。やってしまった側になった時に分かったんだよ。赦されるまで——いや、赦されても罪を背負い続けないといけないってことにな」


 友人達は知らなかった。なんせこうやって集まるのは大毅を断罪した日以来のことだからだ。皆、次郎の声に耳を傾ける。


「だから俺からは絶対に連絡はしていない。あいつから連絡が来たときだけは必ず返すようにしている。まあ、最初だけはおせっかいしてしまったけどな」


「おせっかいって何をしたの?」


「あいつはな、小説家になってたんだよ。で、あいつの作品を読んでみたらひどいのよ。だからおせっかいであいつのためになると思ってとある作品を読んでみ?ってな。そしたらそこからあいつは変わった。今じゃ誰も知らないってくらいの売れっ子の小説家だ」


 環はなぜ大毅が小説を出していたのかようやく納得がいった。「でも」と環は思った。


「売れっ子って言うなら大毅の作家名はもっと知られてるはずなんじゃ……」


「その辺りはあとで小説サイトのあいつのページのURL教えてやるから自分の目で確かめろ。それで、だ。さっきも言ったが俺はあの時あいつの味方をしてやるべきだった。だからこそ言うぞ。俺は今大毅の味方だ。そしてあいつのやったことに対してはお前らを全面的に支持する。あいつのやったことは間違いなくやっちゃいけないことだ。その上であえて言わせてもらう。環、お前にもあいつがそういうことをしてしまった原因がある」


「ふざけるな!どんな理由や原因が環にあったとしても、不倫をしたのは悪いことなんだ!環は悪くない!」


 友人の一人が激怒して次郎を責める。それでも次郎は止まらなかった。


「環、今の会社、そして今の立場があるのは誰のおかげだ?それをよく考えろ。俺からはそれだけだ。いいか、あいつのやったことは間違いなく悪い。だからお前らのいうことは尤もだ。だがな、俺は環に忘れたものを取り戻してもらいたいと思っている」


 誰のおかげか、それは明白であった。大毅のおかげだ。そして環は気づいたのであった。


「そっか、だから10万円なんだ……。私、大事なことを忘れてた」


 環が起業したての頃、赤字続きで存続が危ぶまれた時、大毅が自分の給料から赤字分を補填していた。その金額が10万円だったのだ。


「今メッセージでURLを送っておいた。できるなら一番最初の作品から順番に見ていくといい。それと活動報告もな。あとは自分の目で確かめて、その上で答えを出すんだ。どんな答えが出たとしても俺はちゃんと受け止めるつもりだ。俺はもう話すことがないから帰るわ。あとは皆に任せた」


 そう言って立ち上がると次郎は帰っていった。10万円をどうするかについての議論はそのまま決着がつかず、最終的に環の判断に任せることで終わった。


 その夜、環は次郎から教えられたURLをタップし、大毅の小説ページを閲覧した。


(あれ、作家名が『ヤダイ』じゃなくなってる。ええっ!『大野勝』って大毅のことだったの!?)


 大野勝、ファンタジー小説を書かせれば右に出る者はいないと言われるくらいに多くの作品を書籍化し、その作品の多くがコミカライズやアニメ化されている大人気の作家だ。環も新刊が出るのを楽しみにしてるくらいに大ファンだ。


 環は小説サイトから書籍化されるということを知らなかった。ここでどうして大毅の作品が突然出版されたのか疑問に思っていたことが解決した。


(そっか、大毅はこの小説サイトに投稿して、それが認められて書籍化されたんだ。大毅の努力の結晶を踏みにじってしまったのね、私は)


 そして大毅がこれまでに300以上もの作品を書いていることを知った。


(ええっ!大毅はこんなにも作品を作り上げていたの!?私が読んでいたのはたくさんある中のほんの一部なのね)


「できるなら一番最初の作品から順番に見ていくといい。それと活動報告もな。」


 次郎に言われたことを思い出した環は一番最初の作品を見るために一番古い作品のページへと順番に見ていった。


(ずっとファンタジー作品ばかり。あれ?ここから急に恋人との甘い生活系の作品ばかり……)


 さらにページを進めていくと再構築モノに変わっていった。


(そっか、私が嫌だと言ったところからジャンルが全く違うものに変わってる。大毅は私の言ったことを忠実に守っていたんだ……)


 そうしてようやく一番の最初の作品に辿り着いた。


『俺が不倫をした理由』


 大毅がひたすら救いを求めて書き殴っただけの作品とは言えないものだ。環は次郎から自分にも原因があると言われた理由はここにあると思いタップしたのであった。

後編へ続きます。

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