第5話「癒しの時間? いいえ、毒舌タイムです」
癒しとは、心を撫でる風のようなものだ。
静かに、優しく、そして――時に冷たく突き刺さる。
はじめまして。僕はミロ=エルフィス。魔王軍・ハートの席を預かる悪魔で、主に回復魔法と精神調律を担当している。
人からは「癒し系」とよく言われる。笑顔が柔らかいから、らしい。
でも、正直に言っておこう。
この城、精神が壊れる。
本日も例外なく、朝から事件は起きていた。
「うぉぉぉぉおおおお!! また服が破けたぁあああ!!」
「筋肉の声がうるさい……音量調節できませんか?」
「人をオーディオ扱いするな!」
クラブのガルドが筋トレ中に全裸になり、
スペードのバルザックが目の下にクマを作って政務と戦い、
ダイヤのカインが女王様の紅茶に蜂蜜と毒を間違えて入れかけた。
そして――我らが女王、リリス=カーミラ様はというと。
「ミロ、今日は癒しの時間が必要なの。ほら、わたくしの肩でも揉んでちょうだい」
「構いませんが、肩だけで満足していただけると助かります」
「なに? もっと下の腰とか、ふくらはぎとか?」
「本日もセクハラありがとうございます。次回も通報予定です」
僕は微笑みながら、毒を吐く。癒しは、毒と紙一重なのだ。
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「ミロって、本当に怒らないよね」
そう言われることが多い。さっきもガルドが「お前ほんと天使かよ」と言ってた。
私は笑顔で返した。
「天使じゃないですよ。ただ、皆さんの“心の弱り”を観察しているだけです」
「……今、急に怖くなったわ」
女王様の反応が的確すぎて、つい吹き出しそうになった。
「冗談です。ほんの、少ししか観察してません」
「“少し”の基準がこの城では信用ならないのよね」
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午後はバルザックに頼まれ、政務室で精神ヒーリング。
カインには「胃痛用のハーブティー」を処方し(実際は眠気も誘う)、
ガルドには筋肉弛緩マッサージ(実際は寝かせるため)を。
ふふ……僕の仕事、全員を黙らせることなんですよ。
「で、わたくしの分は?」
「女王様には、紅茶に“理性”を入れておきました」
「理性? なにそれ、美味しいの?」
「いいえ。ですから飲みきってください」
飲み干した女王様が、少しおとなしくなった。
……かと思えば、3秒後にはゴロンと寝転んで脚を組んでいた。
「やっぱり効かないわね」
「そうですね。女王様の精神構造、謎が多すぎて正常判定不能です」
この城で一番癒されるべきは、僕自身かもしれません。
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だが、それでも。
リリス様の無防備な笑顔や、馬鹿騒ぎしてる連中の姿を見ると。
「……まあ、こういう空気も、悪くないですね」
毒にも、癒しがあるのだと思う。