第4話「恋と鍋は煮詰まるほど……焦げる」
恋は甘く、時に苦い。
そして――鍋は、放っておくとだいたい焦げる。
そんな至極当たり前の事実を再確認したのは、女王様の「今日の夕食は鍋パーティよ!」という一言からだった。
「皆で囲む鍋って、ほら、団結力が高まるっていうじゃない?」
ええ、魔王リリス様のご命令ですとも。
そして、私はカイン=ルジェ。ダイヤの席を預かる、魔王軍の諜報兼“調整役”。
笑顔と甘い言葉で誰の心にも入り込む……が、今日は鍋に入りそうだ。
「……なんで俺が鍋を作ってんだ?」
「“甘い男”なんだから、甘くて美味しい出汁を取れるでしょう? というか、料理できるのあなただけでしょ」
なるほど女王様、またしても言葉の暴力ですね。
「でもさ女王、鍋っていえば火だろ? ここは俺に任せてくれよ! 燃えるぜー!!」
と、案の定テンションマックスで火力全開にするガルド。
「火加減を考えろ、ガルド。貴様の炎で鍋が蒸発するわ」
冷静沈着なバルザックはもう五回くらい匙を投げかけている。物理的な意味で。
そして問題はここだ。
女王様が、鍋に対して期待しすぎている。
「うふふ……カイン、今夜の鍋、楽しみよ。わたくし好みの“とろけるような味”をお願いね?」
「かしこまりました、女王様。あなたの望む味を――魂を込めて仕上げましょう」
ふっ、口では軽く言ったけどね。
その瞬間、恋の温度が2度上がった気がした。
⸻
だが、現実は厳しい。いや、鍋が厳しい。
ガルドの火加減ミスでスープが吹きこぼれ、
バルザックが衛生管理のマニュアルを読み上げはじめ、
ハートはハートで「この肉、食べたら呪われません?」とホラーめいた発言を連発。
その間に――焦げた。
「くっ……なぜこんなことに……!」
私は叫びたくなった。恋の火はくすぶるのに、鍋の底は炭になっていた。
「カイン、これは……?」
女王様がスプーンで焦げたスープをすくう。
やばい。やばい。これはまずい、いろんな意味で。
「これは――“ビター系恋愛スープ”と申しましょうか!」
「……あなたって、ほんっと口先だけは天下一品よねぇ?」
「お褒めに預かり光栄です」
すると女王様は、くすくす笑ってこう言った。
「でも、嫌いじゃないわよ。あなただけ、わたくしの目をちゃんと見て、味をごまかすから」
――ドキッとした。
それはまるで、恋のフタをぱかっと開けられたみたいな気分だった。
「次は、とろけるような味……期待してるわ」
鍋は焦げた。でも心は、ちょっとだけ甘くなった気がした。