第15話「リリス、再び爆発――“かわいい”が許せないスペード激昂事件」
その日、魔王城は騒がしかった。
否。
正確には、音響魔法のせいでうるさかった。
『リリス、かわいいです』
朝の食堂、武器庫、執務室、果てはトイレの個室にまで――
謎の音声が繰り返し流れていた。
「……この地獄みたいな拡声呪文、誰が仕掛けたんです?」
「リリス様です」
「で・し・ょ・う・ね!!」
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■原因:深夜テンション
どうやら、忠誠一筋のあのミロ=エルフィスが、夜中に「リリス、かわいいです」と発言した音声が録音され――
それが気に入った女王様が、各所に拡声魔法を設置。
しかも、**「ランダム音声パターン再生」**機能付き。
「朝のキッチンで『かわいい……リリス、かわいい……』って囁かれた時、トマト落としたんだけど!?」
「私は風呂場で再生されて、滑って転びました」
「俺は剣を抜いたぞ」
全軍一致で怒っているのに、女王様だけが楽しそうだった。
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■限界を迎えた男、バルザック
私は耐えていた。
秩序の維持者として、愚かなる流行に振り回されぬよう、黙して耐えていた。
だが――
「ねぇねぇバルザックも言ってよ! “リリスってかわいい”って!」
「言いません」
「じゃあ、“めちゃくちゃかわいい”は?」
「度を超えています。アウトです」
「“尊さで脳が溶けるレベルでかわいい”は?」
「論外だアアアアアアア!!!!!」
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■秩序、崩壊す
私はついに、拡声魔法のひとつをぶっ壊した。
「陛下ッ! 陛下のお振る舞い、秩序崩壊の兆しにございますッ!」
「えー、だって楽しいじゃん!」
「秩序は遊び道具ではありません!! かわいいも秩序も、適切なバランスが必要です!!」
「でもさ、秩序だけじゃ人は生きられないのよ?」
「……っ」
リリス様が少しだけ、真顔になった。
「バルザックは完璧だけど、たまには崩れていいの。だって、そういうのが人間味――じゃなくて、悪魔味?」
「……」
「だからさ、たまには言ってみよ? “かわいい”って」
「断固拒否します。私はそういう定義に関して非常に厳密で――」
「じゃあ、カインが代わりに言う〜」
「それも断固拒否します!!!」
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■まさかの口から出た言葉
その直後。
私はカインに“リリス様似のうさぎ型ぬいぐるみ”を投げつけられた。
「これで練習してみれば?」
「……くだらん」
だが。ふと。
私はそのうさぎを抱きしめた。
柔らかく、あたたかい。ほんのり、花の香りがする。
「…………かわいい」
「はい今の録音した☆」
「陛下ァァァァァァァアアアア!!!」
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■その夜
全館スピーカーから、新たな音声が追加された。
『…………かわいい(ボソッ)』
「誰だ今の!? 低音で照れ声だったぞ!? え、バルザック!? 嘘でしょ!?」
「うるさいッ! 音響魔法全部破壊するッッッ!!!」