第14話「リリスとハートの“ヒミツのお茶会”――恋愛相談は深夜テンションで」
深夜2時。
魔王城の奥にひっそりと存在する“秘密のティールーム”。
そこで僕は、紅茶を淹れていた。
もちろん、自分の意思ではない。
「はーいミロ、おつかれ〜。今日のテーマは“初恋と推しの境界線”よ!」
「……意味が分かりません」
「まぁまぁ、とりあえず座って? ホットミルクにハチミツ入れてあげるから」
「それは紅茶ではありません」
「細かいこと言わないの! これから深夜テンションで人生語るんだから!」
――困った。
僕の主である魔王リリス=カーミラ様は、深夜になると人格が変わる。
日中は淫魔の女王として、気高く、妖艶で、少々爆発する存在だが、
夜になると――ただの恋バナ好き女子になるのだ。
⸻
「でね、今日の議題なんだけどさぁ」
「はい」
「ミロって、今まで恋とかしたことある?」
「ありません」
「即答⁉」
「僕は忠誠に生きる者。感情はあくまで、補助的な機能と捉えております」
「じゃあさ、例えばだけど――」
「わたしが他の男といい感じになっても、何も思わない?」
「魔王軍の方針に沿っておられれば、何も」
「……ほぉ〜〜〜ん?」
なぜ睨まれているのだろう。
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「じゃあさ、じゃあさ、逆に!」
「わたしが“ミロが初恋だった”って言ったら、どうする?」
「……?」
「え? え??? 反応薄くない⁉」
「女王様、そういったお言葉は、軽々しく発せられるべきでは――」
「言ったのよ。いま、わたし、真顔で、けっこう真剣に、ちょっと恥ずかしそうに!」
「……」
……。
僕は沈黙した。
心拍数が、ほんの少し上がったのが分かる。
だがそれを顔に出すことは、僕にはできない。
「それは……」
「それは?」
「光栄に存じます。ですが――」
「ですが?」
「僕は、忠誠に生きる者。たとえ陛下が誰かを想おうと、私の務めは揺るがない」
「そっかー……」
⸻
リリス様は、ふぅ、と紅茶を飲んだ。
「そう言うと思ってた。でもさ」
「忠誠って、“ぜんぶ我慢すること”じゃないんだよ?」
「……」
「たまには、わがまま言っていいんだよ。自分のこと、考えてもいいんだよ?」
「……僕には、難しい」
「じゃあさ、訓練してこっか」
「訓練……?」
「うん、“恋する感情”ってやつを、少しずつ知ってもらうレッスン」
「題して、ハートのハートフル恋愛強化月間!」
「却下でお願いします」
「ダメでーす、命令でーす☆」
⸻
そして今、僕の訓練項目は以下のように提示された。
・リリス様を毎日1回「かわいい」と言う
・朝の挨拶にハグを追加する
・名前を呼ぶとき、陛下は禁止(リリス様 or あだ名に変更)
「この訓練……本当に必要でしょうか?」
「必要です!! だってわたしが考えたんだもん!!」
「……ご命令とあらば」
「じゃ、まずは練習! “リリスって……かわいい”って言って?」
「…………」
「言ってくれるまで寝ないからね?」
「……リリス、かわいいです」
「はい今の録音したー!!!」
「!?!?」
⸻
その夜、魔王城の空に、謎の録音音声が響き渡った。
『リリス、かわいいです』
「ちょ、リリス様! 拡声魔法は反則です!!」
「へへっ、最高の目覚ましボイス完成〜☆」