第12話「スペードの誇り、シーツのシワまで美しく」
私は常に完璧でありたい。
衣服は常に直線美。
ボタンの角度すら均等であるべき。
ましてや――洗濯物のシワ? 不敬罪だ。
この魔王城において、唯一無二の秩序の象徴。
それがこの私、バルザック=グレイヴである。
……にも関わらず。
今、私の目の前には――
シーツを握りしめて脱走した女王様がいる。
「わたしのシーツ! しわくちゃ最高! 香りが残ってるのに洗わないでーっ!!」
「その発言、国際会議では失脚レベルですよ!!」
⸻
ことの始まりは今朝。
私は通常通り、**洗濯魔法陣(最新型)**を展開し、
各部屋の寝具を一括収集&消臭乾燥。
当然、女王様のお部屋のシーツも、
シワひとつ残さずアイロンプレスする予定だった。
だが――
「バルザック、そのシーツ、洗わないで」
「……は?」
「そこにはね、“私の一番幸せな眠気”が染み込んでるの。つまり……愛と汗と、ちょっとしたヨダレ」
「ぐあっ……言葉の暴力……」
⸻
当然、私は洗濯倫理と誇りを賭けて、拒否。
「女王様、それは不衛生です。もう一度申し上げます。不衛生です」
「でも匂い嗅いでみて? めっちゃ“落ち着く”から」
「嗅いだら負けです!!!」
⸻
そして今、陛下は自分の寝具を抱えたまま全力で逃走中。
魔王城廊下を走るその姿は、まるで――
風にたなびく脱ぎたての布団。
「返しなさい! 衛生の名のもとに!!」
「無理ーっ! これ抱えてると精神安定するのよっ!」
⸻
その時。
「……ふっ、やはり汚れは拭うべき」
そこに現れたのは、我が洗濯同盟の同志、カイン=ルジェ(ダイヤ)。
「バルザック、これを」
彼が差し出したのは――超高級フレグランス付き替えシーツ。
「匂いは、再現した。“幸せな眠気の残り香”も少し加えておいた」
「カインッ……!」
「感情を抑えきれない時は、シワの数を数えるといい」
「5,000回くらい感謝したくなった」
⸻
私たちは新しいシーツを持ち、
屋根の上で“布団と逃走中の女王様"を包囲。
「リリス様! 新シーツには、かの“幸せな眠気”を再現した芳香が付与されています!」
「ほんとに⁉ それ、科学の暴力じゃない⁉」
「カイン製です」
「それは信じる!!!」
⸻
交渉成立。
リリス様は、しわくちゃシーツを惜しみながらも返却。
私はそれをそっと抱き、敬礼するように魔法陣に投げ入れた。
「君の犠牲は無駄にしない……」
乾燥機が「ぷしゅう」と鳴いた。
⸻
その夜。
魔王城全体に、ほんのり“幸せな眠気”の香りが漂っていた。
私は洗濯室でそっとつぶやく。
「美とは、香りとシワの間にあるもの……」
リリス様:「バルザックって時々詩人よね。でも下着は漂白剤に入れすぎないでね?」
「……それはまた別の倫理です」