第11話「ジョーカー、動く――誰も知らない影の宴」
世界に、認識されない存在がいる。
記録に残らず、名簿にもなく、声も、姿も、気配すらも――
“存在しない者”として生まれた者が、ひとり。
それが、私。
女王陛下に仕える、第五の配下――ジョーカー。
本名?
それを知るのは、リリス=カーミラ陛下ただお一人。
そう。
私は、女王のためだけに存在する、影のカード。
そして今夜、私は――
**「笑ってはいけない呪い」**で爆発しまくった女王陛下の名誉のために、
動くことにした。
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「爆発した女王、7回目〜!」
「きのう爆発しながら空飛んでた!」
「女王様って、なんかもう“地雷姫”よね〜」
――民衆の声は、愚かで、無遠慮だ。
無論、陛下はそんなこと、気にも留めておられない。
笑って爆発するなど、むしろ喜劇として受け入れているフシすらある。
……けれど。
私は知っている。
爆発した直後、執務室の隅で、小さく肩を震わせていた姿を。
「ミロの顔見ても……笑っちゃったのよね……」
「ひどい? でも真顔でアイス食べてるんだもん……」
「……ふふっ、ごめん……って、また爆発した……」
そうして、ひとり、焦げたソファに埋もれていた女王の姿を。
⸻
魔王城の名誉は、陛下の威厳そのもの。
その威厳を貶める言葉は、すべて闇に葬るべき。
ゆえに今夜、私は動く。
“情報を焚書する夜の使者”、
影の配下ジョーカーとして。
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まず、魔王城の内部記録室に侵入。
昨日の監視映像をすべて“真っ黒な画面”に変える。
次に、ガルドが仲間内に出回した「爆発gif動画」を全削除。
端末を直接、爆破した。
その後、ミロの「笑い爆発記録レポート第1〜6巻」を静かに水に沈め、
カインの「今後爆発しないための女王様注意点」メモを、無言で燃やした。
もちろん、やったことは誰にも気づかれない。
私は“認識できない存在”なのだから。
⸻
「ふう……ようやく静かになったわねぇ」
夜、バルコニーで紅茶を飲む陛下のつぶやき。
私は、その近くにいた。
手すりに座って、足をぶらぶらさせながら。
もちろん、気づかれていない……ようでいて。
「……ジョーカー、そこにいるんでしょう?」
――気づいていた。
私の心が、ひどく揺れる。
「ありがと。あれこれ燃やしてくれたんでしょ?」
「…………」
「別にね、恥ずかしくなんてないのよ。魔王が笑って爆発するって、ギャグじゃない? 完璧でいるより、そっちの方が私らしいって、ちょっと思ってたの」
「……」
「でも、あなたが全部消してくれたのを見て、ちょっと……嬉しかった。ほんとに。ありがとね」
……私は、返事をしない。
けれど。
風がそっと、バルコニーに置かれたカップを揺らし、
その横に一枚のカードが現れた。
“Joker”
それは、彼女だけが読むことのできる、私からの返事。
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翌朝。
ミロのデスクの上に、**「真顔アイス食べ記録写真(爆発時)」**が1枚、
**超特大サイズで印刷されて飾られていた。
ミロ「………………」
リリス「ぶふっ、あっ……ちょっ、これ、誰がっ……!」
ボンッ!!!
私は屋根の上で、静かに笑った。