第10話「ミロ、笑ってはいけない精神診療室24時」
朝の執務室。
紅茶を静かに口に含み、書類を一枚めくる。
何も問題のない、穏やかな朝だった。
――そこにリリス様が爆発した。
「ぶはっ……ひっ、あはははっ……ボンッ!!!」
「………………」
爆煙が上がる。周囲が灰と煙で満たされる。
そして、部屋の中に、下着姿の女王様が出現した。
「ごめん、また笑っちゃった☆」
「本日、心の診療室は臨時営業いたします」
僕はメガネを外し、ため息をついた。
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事の発端は、リリス様が朝食中に見た**“ガルドの目玉焼きアート”**。
その芸術的な完成度と、アホみたいな顔面再現に、つい吹き出してしまったらしい。
問題は――“笑うと爆発する”という呪いを、昨晩うっかり踏んでいたことだった。
「解除できないの?」
「一応、できますが……」
「が?」
「24時間笑わずに過ごせば自動解除されます」
「それ無理じゃない!?」
「だから私が呼ばれたんでしょうが」
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ということで。
僕は、精神科医モード・ミロ=エルフィスとして、
「リリス様が24時間笑わずに過ごす」サポート任務を開始した。
名付けて:
“魔王様・真顔チャレンジ24時”
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【作戦その1:刺激を排除する】
まず、城中の**「笑いの種」**を徹底排除する。
問題は――笑わせに来る奴らがいるということだ。
・ガルド:自作の筋肉ジョークTシャツで登場「腹筋より爆笑取れそうッス☆」
→即通報。
・カイン:例のバニー服を着て、黙って部屋に立つ
→リリス様、鼻で笑いかける。
・バルザック:生真面目に「笑ってはいけません」と連呼する姿が逆にウケる
→無言で爆発。
・ジョーカー(透明):たぶん誰かの耳元で笑ってる(音だけ聞こえる)
→心が揺れる。
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【作戦その2:表情筋を固める】
「これをお使いください」
僕は、即席で**“真顔維持マスク(顔面を固める特殊ジェル)”**を開発した。
成分:魔力+メンタル安定剤+メントール。
「顔が……冷たい……感情が死ぬわね……」
「それが目的です」
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【作戦その3:笑いたくなったら“私の顔”を見ろ】
「貴女の中で最も感情が動かないものを見つめてください」
「じゃあミロの顔にするわ。なんか、こう……人生の疲れって感じが出てて、逆に安心する」
「それ、褒めてないですよね?」
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【最終兵器:感情冷却ルーム】
笑いそうになったらすぐ逃げ込める部屋を用意。
中は冷房3℃、無音、白い壁。ひたすら無。
リリス様はそこで30分ほど過ごした後、こう言った。
「……あの部屋、もう1個作って。バカたちを閉じ込める用に」
「賛成です」
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そして夜――
なんとか、24時間が経過した。
最後の1分、ガルドがくしゃみで自分の服を破っても、
カインが無言でアイドルダンスを始めても、
リリス様は一言も、笑わなかった。
「勝ったわ。理性の勝利よ。私、偉い」
「……さすがは女王陛下です」
その瞬間、
彼女の腹の虫が「ぐぅううううううっ」と鳴った。
「ぶっ……く、くふっ……ぷ、ぷふっ」
爆発オチである。
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翌日。
「リリス様、今日は“喋ったら爆発”の呪いをですね――」
「ミロ、部屋から出て行ってくれる?」
「かしこまりました」