汚れたレンズの向こう側
この作品はpixivにも掲載しております。
レンズを磨かないのは、見たくないものを少しでも見えにくくするため。そうして、見てほしくないものを少しでも見えにくくするためだ。
どこを歩いたって、彼女の姿があった。
「現役女子高生アイドル、ね」
コンビニの棚に置かれた青年漫画の雑誌を手に取る。水着の写真を載せられて平気でいられるところは、素直にすごいと思う。同級生だって見るのに。
汚れた眼鏡のレンズの向こうに、整った笑みを浮かべる彼女が居る。真白な水着と柔らかそうな肌、少し濡れた髪の毛、そのどこにも彼女らしさはない。全部全部、作られたものだ。
「ルナ、私の水着写真、欲しいの?」
「──っ!」
反射的に雑誌を棚に戻す。すぐ真横には、現役女子高生アイドルの真澄の顔があった。薄い茶色の瞳はじっと私の顔を見つめている。
「欲しいなら、言ってくれればいいのに」
「い、いらないから、別に。たまたま手に取っただけ。好きな漫画載ってたし」
「立ち読み? いけないんだー」
ピンクのマニキュアが塗られた手が雑誌に伸ばされる。彫刻のような横顔だった。見惚れてなんかいない。だって、見えないから。汚れきったレンズじゃ、こんなに近くにいたってよく見えない。
真澄は何を言うこともなく、レジへとまっすぐに向かった。
そんな彼女から目を逸らして、窓ガラスに目を向ける。そこに映るのは私自身。いくらレンズを汚したって、その姿は嫌というほどはっきり見えてしまう。ああ、真澄とは大違い。アイドルと一般人を比べたって仕方ないの、わかってる。それでも比べてしまう。近くに居るから。近くに居たくないのに、いつまでも居なくならないから。
「ほい」
とん、と肩に何かがぶつけられる。レジ袋の隙間から、先ほどの雑誌が覗いていた。
「欲しかったんでしょ」
「……要らないんだけど」
「うっそだぁ! だってルナ、十五分くらいその雑誌見てたじゃん」
「そ──見てたなら言ってよ、馬鹿!」
差し出されたままのレジ袋を奪い取る。ぐしゃ、と薄いビニールが擦れる音がした。噛み締めた頬が痛い。こんな顔、見ないでほしかった。こんな顔、見えてないって言ってほしかった。
「だって集中してるみたいだったし。ま、いいや。ほらほら、早く帰ろうよ。遅くなったらおばさん、心配しちゃうよ」
軽い足取りで真澄は出入り口へと向かっていく。髪の毛の色も長さも身長も、性格も友人関係も立場も、スカートの揺れさえも私とは違う。何もかもが、違う。これから帰る家も。これから進む先だって。全部違う。違う、はずなのに。
「ねー、はーやーく! 一緒に帰ろうよー」
帰り道だけは、まだ、一緒だった。