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3話 診療所(入口)にて

都市の中にいくつかある教会のうち、最も大きい中央教会に戻って二人は昼食を摂った。

焼いたパンに卵のスープ、サラダとシンプルなメニューを平らげ、食後の祈りを神に捧げる。

荷物を部屋に運び、滞在の準備を終えたのち、教主は聖女を連れて外に出た。



「これから行くのは、教会傘下の診療所でございます」

「診療所ですか?」

「はい。先の事件で怪我を負った人は全員ここで治療を受けています。それ以外にも患者がたくさんおりますね」



馬車から降りて歩いてみる街並みは、窓越しに眺めるものとは全く違う風情がある。

車輪半分低い視線で見る建物は倍以上に大きく見え、都市の大きさと広大さを感じさせる。

聖女の戴冠の話も知れ渡っており、教主の存在も相まって通りすがりの人らが次々と祈りを捧げに集まってくる。

挙句の果てには馬車まで路上で止まる始末。流石に迷惑だと教主が叱りを入れる様子も見られた。

集まって来た最後の一人を見送った後、聖女がつぶやく。



「大きな事件があったと言うのに、皆さんはあまり興味が無いようですね……」

「仕方ありません。隣人が死のうが、働かねば飢えるのは変わりません。それに……」

「それに?」

「他者の苦痛になど無縁でいたい。それが一般的な考え方です」

「……そう、ですね」



彼が語るのはあくまで一般論である。

もちろん、教会は他者の苦痛を受け止め、時には打ち消すのが役目であり、教主自身もそのために粉骨砕身することに異存はない。

ただ、彼は聖女に頭の片隅に入れておいてほしかった。

家族でも友人でもない他人の苦痛に心から寄り添うということは、一つの才能に他ならないと。


そんな雑談を交わしているうちに、一同は白い石でできた壁に沿うように歩いていた。

それが門という形で途切れ、そこを比較的せわしなく、人や馬車が出入りしている。

騎士の姿が散見するのも、先日の事件の影響だろう。

門をくぐると、中央に居座る平屋が白く堂々と存在感を放ち、その左右には芝生が敷かれ、裏庭へと道が続いている。



「大きな診療所ですね……」

「都市の性質上、怪我人がまとまって出るので……失礼」

「あっ……?」



突然、教主が聖女の視界を覆うように前に立つ。

直後、



「ふぎゃん!?」



鼻をぶつけたような悲鳴が、その巨躯の裏から響いた。

聖女が何事かと顔を出すと、シーツが山盛りに積まれたバスケットを掴んでいる教主。

そしてその足元には、見覚えのある赤髪の少女が尻餅をついて顔を押さえていた。



「け、ケイシアさん!?」



くせ毛の赤い髪を腰まで伸ばし、白いブラウスと裾上げした男物のパンツを身に着けた少女。

中枢都市で行われた戴冠式に伴う祭典を一緒に回った、彼女に初めてできた友人の一人である。

彼女が大量のシーツを一人で運んでいたのだろうが、それにしても一目で無理があると分かる量だった。



「一度に積み込みすぎだ馬鹿者」

「いけると思ったのに……っていうか、今聖女ちゃんの声しなかった?」

「あ、はい。後ろに……」



そう言って、聖女が白い巨木のような男の影から顔をのぞかせる。

すると、地面に座り込んでいたにも関わらず、目にもとまらぬ速度で少女は跳ね上がったかと思うと、教主をすり抜けて聖女を抱きしめに飛びついた。



「わあ、ひっさしぶりーっ!聖女ちゃんもこっち来たんだねー!」

「あ、わっ……!」



面食らう聖女などお構いなしに抱きしめ、頬ずり、くるくる回る。

動く遊具に遊ばれているかのように振り回される聖女の目の焦点が合わなくなりそうになったところで、おぼつかない足が地面と再会を果たした。

彼女がくらくらと世界に焦点を合わせなおす前で、調子に乗りすぎた赤髪の少女は肩を掴まれて睨まれていた。



「ケイシア。聖女様は玩具ではない」

「ごめんなさーい」

「い、いえ。おかまいなく……」

「ていうか。教主様までこっち来てたんだ。今回の”これ”そんな大変な事件なの?」

「そんな事件に聖女様を巻き込むわけないだろう。些細な確認のついでに、社会勉強の機会を作っただけだ」

「そっかー。いつまでいるの?」

「1週間もいない。お前たちより早く帰る」

「じゃあ、その前に聖女ちゃんと遊んでもいい?」

「……時間があればな」

「やったー!」



同年代の女子より一回り小さいケイシアと、世界を見渡しても並ぶ者の少ない巨躯の教主との会話を見て、聖女は巨木に語り掛ける少女の童話を思い出した。

まるで古くからの既知、年齢を考えれば孫と祖父のような微笑ましい光景が広がっている。

ただ、その光景をどうしてか聖女は素直に受け取れない。

ネタばらしをすれば自分を差し置いて、という嫉妬なのだが、彼女はまだ、自分の感情にその名前を付けられないでいた。


もやもやした感情が無意識に顔に出ていたのか、ケイシアが教主の緩い拘束を振り払って聖女の方へ駆け寄ってきた。

両手を取って、きらきら、曇りというものを知らなさそうな笑顔を向ける。


「ね!聖女ちゃんも今度遊びに行こうね!」

「……はいっ!」



聖女の曇り模様も吹き飛ぶ、気持ちの良い笑顔だった。



「ケイシアさんも、お手伝いに来られたんですね」

「そうなんだよー……。こっち来てから診療所の手伝いばっかり!ここぞとばかりにこき使ってくれちゃって……」

「どうやら、まだこき使われ足りないようだが」



睦まじく話す二人、聖女の背後から教主とは違った声が響く。

響く、というよりは籠ると言った感想を覚える。細部は不明瞭だが、それを補って余りある声量が妙な響き方をしていた。

まるで、堅い何かで口を覆いながら話しているような。


聖女は、自分に落ちた影の方向へ振り返る。


強張る少女の顔を後に、白い壁を伝って、逆光を受けた鋼鉄の輪郭が視界に入る。

聖堂に飾ってある甲冑の模型。そのもの。

それが、二人の前に堂々と腕を組んで仁王立ちしていた。



「ハドリアル。聖女様を驚かせるな」

「……これはこれは、申し訳ございません。この姿に驚く人には久しぶりに会うもので」

「……は、い」

「教主様も、ご迷惑をおかけしたようで」

「この程度は迷惑でも何でもない」



教主に負けず劣らずの身長。

それが全くの無機物を全身に纏って目の前に立っていれば、受ける威圧感は教主の比ではない。

聖女が消え入りそうな声で返事をするのを待ち、甲冑の男は一歩前へ出る。

視線がそれを追いかけると、同じく甲冑の参上に固まっている赤髪の少女が目に入る。

ハドリアル、と呼ばれた男は少女の首根っこを掴み、診療所の内部へと消えていく。



「教主様に迷惑をかけた上に、無駄話に興じるとは、ずいぶん体力が余っているようじゃないか」

「だってえ!ここの雑用つまんないもーん!それにちょっとくらいお話したっていいでしょー!?」

「まだ倉庫の整理が残っているだろう。それが終わったら鉱石の運搬も手伝えとのことだ」

「いぃーやぁー…………」



助けを求めて伸ばした手足は虚しく、バスケットを担いだ反対の手ががっちりと彼女をずりずりと引きずっていく。

連行されていった少女を見送ると、教主は思い出したように補足を付け加えた。



「彼はハドリアルと言って、リリアルの護教騎士団長をしています。あの格好は気にしないでください」

「は、はい……」

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