第34話 交錯
「ッオラァ!!!」
振りぬいた光は柱のような密度を以てその場を薙ぎ払い、通り過ぎた全てを両断する。
紙一重に体を傾けて躱した教主の拳は正確に少年の顎を打ち抜き、直後にストレートが砕けた鼻目掛け迫りくる。
一歩も退かぬ少年が頬骨を当てて一撃を逸らすと瞬時に距離を空け、迸る裂光に任せて剣を突きだす。
地を抉り針草を散らす一撃を正面から受け止めた教主は向かってくる少年の体に対して拳を合わせるだけでよかった。
自らの背を押す力がそのまま跳ね返り、未成熟な腹筋に畳まれた中節骨が突き刺さる。
腹部を支店に歪んだ力の流れをそのまま活かし、少年は下から大剣を振り上げた。
カウンターは深々と右肩を裂き、溢れ出す鮮血と苦痛に教主の顔は歪む。
(もっと速く───!!!)
地を滑るように飛翔する少年は、隙を逃さず背後に回り込む。
無防備な背中にもう一撃、ガードが下がっている今ならいけると研ぎ澄ました戦闘感覚が叫ぶままに。
しかし、同じく飛んできた何かに強かに顔を打たれ、体勢を崩した彼は頭から地面を抉りそのままもんどりを打つ。
光翼で防げる程度のダメージ。だが視覚的衝撃が麻痺毒のように本能へ染み込み、少年の動きを鈍らせる。
彼が忌々しく見つめる先にあるのは、逆光の中うねる細長い器官。
教主が現した拡張肢。一般的には尾とされる存在。その発現は彼の動きは更に攻撃的にさせる。
背後からの攻撃に対応するだけでなく、体を捻ればそれがそのまま反撃となり攻め手を絶やさない。
その挙動は通常の人間から到底かけ離れたもの。少年の想定は易々と超えられていた。
それでも彼は折れない。
「ハァアアアアアアア───っ!!!」
剣閃を受け止める腕ごと切り裂く。
続けて力任せに振り下ろし、防いだ教主の体は地面にめり込む。
右から、左から、反撃に転じる暇を与えない。
腕が千切れるまで、光が途絶えるまで。
持てる全てを振り絞って、少年は大剣を振り回す。
その中の一撃がガードを逸れ、教主を大きく吹き飛ばした。
地面を転がる彼に向けて飛翔し、少年は追撃を加える。
「ッ……まだ……!」
鈍い反発、柄から体に伝わる衝撃の正体は、鬼の形相で執り行われる白刃取り。
鼻の数㎜上をかすめる距離で、大剣の切っ先は小刻みに震えていた。
「───君は、何に怒っているのだ」
呟かれた言葉に、少年の手に力が籠る。
体から放たれる光の翼は更に輝きを増し、夜空に上る怒りの狼煙となる。
光が爆発し、両者が吹き飛ぶ。
少年は空中で態勢を立て直し、教主は悲鳴を上げ続ける体に鞭打ち立ち上がる。
「お前が──────」
咆哮と共に、少年の翼が輝く。
金色の怒りを燃やしながら。
夜空へその剣を掲げる。
「俺たちから家族を奪ったんだァ──────ッッッ!!!!!」
振りぬいた剣から迸る一本の光帯。
教主の居た地点を飲み込み、なおも極光と轟音を余波に振りまく。
純粋なエネルギーの本流は全てを熔かし、最小単位へと分解していく。
息を切らした少年が剣を下ろした後、眼前に広がるのは縦一文字に焼け焦げた平原だった。
「そう、確かに私は彼女を救えなかった」
虚脱感による陶酔を吹き飛ばす声に、少年は反射的に剣を振り上げる。
その一撃は片手で防がれた。
「っ!?テメェ!!」
「君の父親の憎悪を解く時間も無かった。逃げていく君たちよりも、死にゆく母親を優先し、死なせた」
「黙れェッ!!!」
再度力任せに叩きつけた剣は尾に弾かれ、回転そのままに拳骨が少年の頬を打ち抜いた。
即座に受け身を取り、空中へ距離を取る。
しかし既にもうその上、少年に大きな影が落ちる。
「故にぃッ!!!」
組んだ両手が少年の脳天に落ちる。
世界は歪み、反転し、大きく波打って、彼は地面に伏していた。
またも長く落ちる影に、少年は目だけを上に向けた。
「……君の怒りは、私が受け止めよう」
「───ッ……」
「立て」
少年は無言で立ち上がる。
鼻血を拭い、大剣を握りしめる。
教主は、それを黙って見守っていた。
微風が髪先を揺らす。
「何で俺たちがこんな目に合わなきゃいけなかったんだ!!!!!」
大上段から奔流を伴った剣戟、真正面から受け止めながら教主は叫んだ。
「誰のせいでもない!!」
「違う!!!お前の───」
一瞬で超上空へ飛び上がり、急降下しながら少年は叫ぶ。
「お前のせいだァ───ッ!!!!」
突き立てた剣先が爆発し、両者がまた吹き飛ぶ。
だが今度は教主が食い下がり、空を飛ぶ少年に取り付いて殴りかかる。
「君の母親は深刻な状態だった!!!覚えていないのか!?あの異常な状態を!!」
「母さんはただの優しい人だった!!!おかしいところなんて何もない!!!」
「そうだ!!彼女自身は純真で慈悲深いシスターだった!!」
斬り、撃ち、裂き、弾く。
壮絶な攻防は舌戦と共に繰り広げられ、激しい軌跡が闇夜の平原に痕を引く。
「なら───」
「魔物が一体何であるか知ってるか!!!」
「何……?」
少年の剣が戸惑いに止まる。
教主はその隙に付け込むことなく、同じように拳を下げる。
「魔物を、見たことがあるか」
「無い」
「……魔物とは───」
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「元々は、そこら辺に住んでるただの動物なのさ」
「例えばオオカミ、シカ、ネズミやウサギ、鳥なんかも魔物に転じる可能性があります」
診療所で二人が聖女に語るのは、現代では当たり前の知識。
話の流れで辿り着いた先は、奇しくも教主らと同じところだった。
「一体、どうして……」
「それは不明。ただ、一匹産まれるとその周辺地域では一斉に魔物化が進むんだ。元の種類関係なくな」
「そのため、定期的に騎士団の方々が『征伐』を行って、人々に危害が加わらないようにしているんです」
「魔物っていうのは、単純に狂暴化した動物ってわけじゃない。やつらの特徴は……」
「『短期的かつ恣意的な異常変体』、だよね」
「たん……?」
難解な単語に聖女が首を傾げているところに、シスターが近くの本棚から絵本を持ってきた。
騎士団と魔物の戦いを描く一般的なもの、その挿絵を指差しながら彼女は続ける。
「魔物と化した動物は、凶悪な性質を獲得します。例えば、オオカミ系に多いのは血や唾液に猛毒を含むこと」
「傷に体液が入り込むと、半日程度でそこが壊死して切り取るしかなくなる。できれば一時間以内に処置したいな」
「そんな……」
「爪や牙が鋼鉄を超える硬さになることもあるし、魔術に似た方法で攻撃してくるのもいるな」
「色々あるけど共通しているのは、その変化が人を殺すことに特化してるってことなんです」
「そして、他の動物を無視して執拗に人間を狙う」
聖女は絶句する。
かつて彼女は、進化論について学んだことがあった。
生物は遺伝子多様性を持ち、産まれた子供の中で最も環境に適応していたものを選んで次代へ受け継いでいくのだと。
それは途方も無い長い時間を経てやっと、形質として見た目でも分かるような変化で現れるのだと。
だが、今の話はその通説に全て反している。
人間とその他の動物が互いに天敵同士であるわけでもないのに、彼らは執拗に人間への敵意を滾らせる。
そしてその敵意を現出させるかのように、生物としては不合理な変化を自らに施すのだ。
頂点捕食者のくせに自らの血を毒に変える。必要以上に硬い角を持っても、それで何かの役に立てるわけでもない。魔術など、獣にとってハナから無用の長物でしかない。
なら、なぜそんな変異を獲得することを選んだのか?
───ただ人を殺すのに都合がいいから。それ以上の理由を彼らは持たない。
「結界を貼っていればよっぽどのことが無い限り侵入はできません。都市なら、防壁もありますからね」
「まあ、その結界も万能じゃない。狂暴な魔物に破られたケースはいくらでもあるし、無害な動物を装って入り込もうとするのなんて日常茶飯事だからな」
「こらクウェル、怖がらせないの!というか、私のこと信用してないわけ?」
「よっぽどじゃなければ大丈夫なんだろ?」
「全くもう……」
結界が破られたら、多くの民は想像すらしない。
できないのではなく、しない。あの悪意に満ちた存在と一枚の壁をも隔てることなく接することを、想像するだけで狂ってしまいそうだから。
教会の権力の多くもそこにある。結界を維持できるからこそ教会は指導者であり、その外で魔物を間引くからこそ騎士は英雄なのだ。
「でもまさか、魔物じゃなくて獣人が脅威になる日が来るなんて……」
「ロープラスでは普通に一緒に生活してるんだろ?見たこと無いのか?」
「あるわけないでしょ。そもそも『無神都市』に行きたがるシスターなんて誰も……聖女様?」
シスターが聖女の異変に気付くと、所長の顔は険しくなりすぐさまその青くなった顔へと手を伸ばす。
それで正気を取り戻したのか、慌てて聖女は言葉を紡いだ。
「い、いえっ、体調は問題ありません!ただ、その……」
「言ってください聖女様。もしかしたら地下で別の病気を拾ってきたのかもしれません」
「ほ、本当に体調の問題ではないんです。ですが……」
真剣な視線の中でしばらく逡巡した後、聖女は意を決して口を開く。
俯いたまま、その言葉を発することが恥であり、忌むべきものでもあるかのように。
「魔物は、動物が変異して生まれる……のですよね?」
「はい。変体する原理は不明ですが……」
「……なら」
聖女は、顔を上げた。
「人間を元にした魔物も、存在するのでしょうか」




