第31話 過去/対話
昔々のあるところ、都市から少し離れたある森で、四人の家族がおりました。
パパは猟師で用心深く、教会嫌いで有名です。
けれどもママは元シスター。全く不思議でありました。
元気で勝気なお姉ちゃん。パパの仕事に興味あり。
小さく虚弱な弟くん。甘えん坊が治りません。
静かでのどかな暮らしぶり。いつまでも続くはずでした。
寝ているママのすぐそばで、弟は悲しくいいました。
『ママはもうすぐ死んじゃうの?』
『赤ちゃんがここで寝てるのよ』
大きく膨れたお腹のことが、彼にはあんまり分かっていません。
パパも近頃忙しく、ある時姉は聞きました。
『何の準備をしているの?』
『誰かがここを探ってる』
言葉の意味は曖昧だけど、不穏な空気は確かです。
ある時パパは言いました。
『倉庫にじっと隠れていなさい』
『危なくなったら逃げなさい』
『お守りだけは手放さないで』
何でと答えをせがんでも、パパは何も答えません。
二人はひとまず隠れます。窓から家が見えました。
白い服の男が来ました。誰も来ないこの森に。
パパよりずっと大柄で、顔はまるで岩のよう。
ノックをしても誰も応えず、覗き魔二人にも気づきません。
しばらく彼は悩んでから、ドアを軽く蹴破りました。
砕ける大きな音がして、弾ける大きな音がして。
撃たれた男は血を流し、それでも前へ進みます。
二人は息を殺してはお互いの手を握ります。
空気が冷たく張り付いて、生きた心地がしませんでした。
『パパもママもだいじょうぶ』
『朝になったら終わってる』
『……それ、どうしたの?』
『待って、それってお守り?なんで石みたいに固まっ縺」縺ヲ窶ヲ窶ロ、イュ縲!?う繝ュ??シ溘?縺医←縺?@縺溘???シ溘↑繧薙〒縺昴s縺ェ縺ォ豕」縺?※繧九???シ溘?縺医う繝ュ縲√う繝ュ縺」?∬ソ比コ九@縺ヲ繧医?√?縺?▲?
──────……
『はぁっ……はぁっ……こ、こっち……!』
『大丈夫?苦しいね、あともうちょっと頑張ろ……?』
『っ、行き止まり……』
『魔物に、食われるくらいならっ──────……』
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掠れた記憶が彼の脳裏に蘇り、衝撃と共に現実へ引き戻される。
少年はずきずきと痛む顔に無意識に触れ、ずきんと強まる痛みに思わず手をすくめる。
それでもそっと鼻のあった箇所を撫でると、そこに軟骨の固さはなく、崩れかけの家のような、何かが緩く繋がっているだけのような、不愉快なぶよぶよした感触がした。
鉄の香りの混じる空気を口から必死に取り込む。
手元に握り慣れた重みがあることを確認すると、彼はよろよろと地面に剣を突き、顔を上げた。
「……なん、だ?」
正面では満天の月夜が今起こっていることの全てを見守っている。
遥か彼方の地平線に沿う一本の線が、きっと姉の暮らす都市の外壁なんだろうと思いを馳せる。
そして、それを背負うように立つのが、顔面をしかと殴りつけた張本人のはずだ。
だが、月光の映し出す影は何かがおかしかった。
肩周りが痩せて見えるのは外套を脱いだからだろう、対照的に下半身は布のゆとりで太く映り、まるで山のような重厚さを感じさせる。それはいい。
問題はその後ろで蠢くモノ。
彼の頭の後ろで左右に振れ、肩の端から尖った先端を覗かせる。
それが一瞬消えたと思うと地面から土埃が上がり、跳ね上がって戻って来たそれがまた背中の後ろからゆらゆらと見え隠れする。
何かの見間違いかと霞む目をこすって強く細めてみた。だが見える物は変わらない。
脳裏によぎるのは、一つの部位。
生物進化の過程でとうの昔に失われたとされる、人間が持っているはずの無い部位。
それを携えた教主がゆっくりと少年の前に歩み寄る。
一定の距離を保って立ち止まり、未だ立ち上がるに至らない弱弱しい姿に対して視線を下した。
「へめえ……なんなんだ……」
「君を、許そう」
「……はぁ?」
声の聞こえる距離になって初めて届いたのは、少年にとって余りにも傲慢な発言だった。
なぜ自分が許される側なのか、断罪される側が何を言うかと、一瞬にして彼の胸に怒りの燃料が満ちる。
教主は視線を外し、遠くへ視線を遣りながらまた呟く。
「今の一撃を持って手打ちとする。その力の原理は分からないが、対処法は理解した」
「なひを、勝手な……!」
「だから次は対話の時間だ」
教主は拳を握りしめ、少年に向かって構えを取る。
そしてその背後で、かの部位が蛇のように少年にへ睨みを利かせている。
「君の全てをぶつけなさい。何故、私を恨むのか。何故、その力を手にすることを選んだのか」
「ッ……!」
「君の言葉で語りなさい。全て厳粛に受け止めよう」
「……なら、最初に一つだけ答えてくれよ……」
「聞こう」
少年は立ち上がり、その体から徐々に光を放ち始める。
彼は片手で剣を握り直し、教主に向けて突き付ける。
「その尻尾……テメエ、本当に人間か?」
揺れ動くそれは、明らかに教主の背中側から伸びていた。
そして彼の意思で動き、彼の体の一部としてそこにあった。
「……これは乱戦において背後をカバーする目的で開発された拡張肢だ。生まれつきのものではないよ」
「ワケ分かんねえことを……!」
「では」
短い言葉で空気が変わる。
少年は前を見据えたまま深く呼吸をする。
張り巡らされた血管が沸き立ち、熱が満ちていくような感覚。
視界が徐々に明るくなり、全身の毛が噴き出す力になびいて逆立っていく。
体の痛みは引いていき、心の陰りは払われた。
───勇者は不屈だ。
心に刻んだ言葉が、彼に力を与える。
寂しい思いをさせている姉のため。
今は亡き顔もおぼろげな両親のため。
「お前の全てを後悔させてやる」
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自身の手の甲についた血の跡を見る。
未熟な骨を砕く感覚が蘇り、彼は顔をしかめた。
軽く手を拭い、纏っていたローブを虚空へと投げ捨て、肩を回す。
頬を撫でた夜風の先へ目を向けると、殴り飛ばした少年がうずくまって震えていた。
彼は背筋の痺れを掃うため、軽く体を伸ばす。
空中で勇者の攻撃を受け止めながら落下していた時には既に、彼は拡張肢を展開していた。
衝撃を受け止め、勇者を巴投げの要領で投げ飛ばし、生まれた隙に一撃を叩きこむ。
受け止めたとはいえ、当然拡張肢含め全身には甚大な負荷がかかっている。
受け身を取れずに高所から落下した時と、ダメージは大差ない。
ぼやける視界。
鈍る脳の働き。
軽く動かすだけで、四肢には電流のような痛みが走る。
それでも彼は歩みを止めない。
視界の奥で少年が立ち上がる。
不意打ちで完全に入れた一撃でさえ、勇者の意識を狩り切るには足りなかったらしい。
ならば、徹底的に向き合うしかないのだろう。
少年の過去に。彼自身の過ちに。
「では」
まるで昼間の太陽のように輝き出した少年から、彼は一瞬たりとも目を逸らさなかった。
光に目を焼かれようとも。
向けられる思いが殺意しかなかろうとも。
一人の先達として、惑う子供の鬱憤の履け口となるために。
「───来い!」
眼にもとまらぬ速さで突っ込んでくる少年の剣閃を、教主は拳一つで受け止める。




