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2話 『勇者事件』

1ヶ月ほど前、突如へファエストス鉱店の本部が襲撃された。



明らかにシャウウェル個人を狙った犯行で、深夜まで作業を行なっているところを狙われたらしい。

護衛もつけていたがまるで歯が立たず、外に出て倉庫をいくつか逃げ回ったあたりでようやく駐屯している騎士が駆け付け難を逃れた、とのこと。



「事件当時は倉庫で自ら商品を確かめていたとのことだが」

「ええ、もちろんですとも!お客様に渡す商品に不備があってはいけませんからね。我が店の売りは質と量ですから!」

「犯人の姿はフードでよく見えていない……が」

「……ええ、一応、騎士様にもお話ししたのですがね」

「何か、気になるところがあったんですか?」



事件のおさらいを聞いていた聖女が控えめに手を上げる。

そこまで明瞭に話していた二人が、突然犯人像の件で口ごもったことに疑問を覚えたのだ。

いくら顔が分からなくても、手口や背格好から情報は得られるはずだ。

幼い少女にも分かる道理を一門の商人に分からないはずがない。

ゆえに彼は、口ごもった理由を話し始める。

その口調は、自分でも自分の言うことが信じられないと訴えているように聞こえた。



「……子供だったんですよ。犯人の声も、背丈も」



「子供……?それは、どういう?」

「彼が言うところには、フードを被った子供に襲われ、その過程で乱入した護衛や隠れ蓑にした倉庫も全て役に立たなかった、とのことです」

「こ、子供にそんなことが可能なのですか!?」

「不可能です。通常なら」




孤児院や聖堂の中で育ってきた聖女は世俗に疎い自覚がある。

だからこそ彼女は教主や、友人、日々のあらゆるものから得る学びを大切にしていた。

世の中には自分の知らないことの方が多いとは思ってはいたが、流石に今回の一件は常軌を逸していることが雰囲気で分かる。



「その子供は大剣を振り回し、立ちふさがるものをその光の斬撃で尽く吹き飛ばしていった。そうだな?」

「は、はい……。あ、誇張などは一切しておりませんよ!?本当です!」

「そ、それではまるで……」

「はい。『勇者アルトリウスと円卓の騎士』そのものですね」



『勇者アルトリウスと円卓の騎士』

昔から伝わる英雄譚を、子供向けにアレンジした作品だ。

原典にはない外連味ある描写が広く人気を博し、絵本から小説、漫画まで媒体も時代も超えて愛されている。

この邦で産まれた子供なら必ず一度は目にしたことがあると言ってもよく、聖女も漫画で全巻読破済みだ。



「実際、その子供も名乗っていたそうですよ。『俺は勇者だ』と」

「ふ、ふざけた話ですよ……。弱気を助け強気を挫く勇者が、私のようなただの商人を狙うなど……」



教主は黙り込み、少し考え込むような姿勢を取った。

悔しそうに卓上でこぶしを握るシャウウェルが、堪えていたものを吐き出すように教主に訴え出る。



「教主様。浅学で申し訳ありませんが、子供にも使える魔術や奇跡のようなものはないのですか?あんなのはそれ以外に考えられない!」

「私もその一環だと思うが、子供に使える魔術も奇跡もたかが知れている」

「た、例えば聖女様のような才能のある子供でも……」

「聖女様に奇跡の才能は無い。魔術も同様だ」

「……も、申し訳ございません。はは、やはり、どうしても平静ではいられないようで……」



出迎え時点で平静を装っていたシャウウェルだが、その実、直接被った大損に加え、得体のしれない子供が自分を狙っているということに追い詰められていた。

その正体だけでも、と万能たる教主にすがるも、その返答は一刀両断。

ついでに隣で驚く聖女を他所に、教主は独り言のように自身の考察を並べていく。



「子供が魔術を使えないこともないが、そもそも建物を破壊するような大規模な事象を起こせるのは邦の中でも一握りだ。加えて、そのような取り扱いに注意が必要な人物は教会で全員管理しているはずなのだ」

「つ、つまり、今回の首謀者は教会の管理外の人物、ということですか!?」

「……業腹だが、そういうことだ」

「……どおりで」

「教会に、仇成すもの、が……?」



言葉の細かい意味は分からなくても、様子や単語から聖女にも事態の深刻さが理解できつつあった。


連邦の設立からこれまで、教会に反旗を翻したものがいなかったわけではない。

だがそれも5代目教主の治世までの話、現代で表立って教会に敵対する組織も個人も存在しないということになっている。

そこに投げ込まれた、「勇者」という名の大きすぎる一石。

この連邦の根幹となる教会、引いては神への信仰を揺るがす、そんな事態の糸口かもしれない事件に、彼女らは今立ち会っているのだ。




「守護天使による都市内部と周辺の直接の監視、関所による荷物と人員の出入り記録、いずれもすり抜けるというのは非常に困難だ」

「そんな……そんなことができるのに、どうしてわたくしのような一介の商人が狙われないといけないんですか!」



悲痛な叫びが、飾り立てた部屋に響き渡る。

頭を抱えて子供のようにわめく姿は見苦しいが、実際命がかかっているので無理もない。

特に彼は、間近でその「勇者」の実力を目撃していることになる。

幸運にも命が助かったとはいえ、2度も同じ幸運が起こると楽観できるような性格なら商人として大成はしていないだろう。


そう、彼は勇者の襲撃を”無傷で”生き延びていた。


教主は少し考え込むような姿勢になる。

やがて、その重苦しい口を開いた。



「彼は、その子供は何か言っていなかったか」

「何か……とは?」

「命以外の要求について。金が欲しいとか、店を畳めだとか、そういうことを」

「……そうですね」



シャウウェルの顔から表情が消える。

先ほどまで命の危機に取り乱していたとは思えないほど、冷静に、冷淡に、部屋の隅に目を向けながら、しばらく沈黙を保つ。

やがて、彼はその沈黙を自ら破る。



「なにぶん壁の壊れる音や品物がぶつかり合う音がうるさくって、でも、確かに何か言っていました」

「内容は」

「……『───働かせるのをやめろ』。細かいところはともかく、ここのあたりは辛うじて聞こえました」



慎重に。

チェックまでの道筋が見える中で打つチェスの一手のように置かれた言葉に、教主はまたも考え込む。



「ふむ、従業員の家族が労働で苦しんでいるのを見かねて……という流れに聞こえるが」

「そんな!わたくし自ら言うのもなんですが、そんな瘦せ馬に鞭打つような真似など……!」

「していないと?」

「もちろんしておりません!今、雇用されて働いているどの人に聞いてきても構いませんとも!」

「そうか」

「ええ。ところで……」

「まだ何か?」

「い、いえ。情報ではなく、お連れの聖女様が、ちょっと……話についていけてなさそうですが」



教主は思索を止め、隣に座っている聖女の様子を見る。

姿勢を変えずそこに座っているが、確かに彼女の顔には疲れが見えた。

話の中心が自分に変わったことにも気づいていないようで、場の会話が止まってからしばらくして、二人の顔を交互に不思議そうに見まわす。



「ちょうど話も聞き終わったところです。旅の疲れもあるでしょうし、この都市の教会に行きましょう」

「は、はい……」

「では、お見送りしますね」



そう言って彼はすくと立ち上がり、慌てて聖女はそれに続く。

シャウウェルが部屋の扉を開き、彼らの退出を促す。

聖女は丁寧に体を畳んで礼を返す。

教主がそれに続いて粛々と退出しようとした時、シャウウェルから小さく声をかけられた。



「どうした」

「いえ……。その……」



彼の視線は後ろめたそうに教主に向けられ、少し先で足を止めている聖女の方と何度か往復する。

その様子を少しの間見つめていた教主は、聖女に向かって声をかけた。



「聖女様、先に馬車に戻っていてください。少しだけ聞いておきたいことができましたので」

「そうなのですか?では、先に行っております」



姿勢よく赤い道を歩いていく彼女を見送り、二人は再び部屋の中へと戻る。

シャウウェルが後ろ手で扉を閉めると、その姿勢のまま動かなくなった。

額に汗を滲ませ、喉に何か詰まったような表情のまま眉をひそめ、無意識にドアノブを強く握りしめている。

体調が悪いわけでもないようで、彼が話始めるのを教主も微動だにせず待ち続けた。

しかし、いまいちふんきりが付かないようで、しびれを切らし教主の方から声をかける。



「……言いたいことがあるのならさっさと吐き出すといい。多少の疑心を咎めるほど、神は狭量ではない」

「で、では……僭越ながら、言わせて頂きます」

「……」



「彼女は、本当に『聖女』なのですか……?」



教主の冷たい視線にも負けず、商人はその心中を吐き出して見せた。

神への信仰が絶対とされるこの世界で、その神に祝福された聖女に対して疑問を持つことは、神への冒涜と言われても仕方がない。

しかもそれを、教会の最高権力者の前で指摘するなど常識では考えられない。


それだけ、シャウウェルは追い詰められていた。

それだけ教主の来訪に歓喜し、最近戴冠した聖女まで付いてくると知った時の喜びようといったらなかっただろう。

だが、実際に対面してみれば聖女を名乗る少女は本当にただの小娘にしか見えなかった。

過剰とは言えない期待を裏切られた心情を、神の威光にも負けず正面から叩きつけた彼の胆力は称賛に値するものである。



「特別な才能もない、物分かりも年相応、そんな彼女がこの場にいる理由が分からない、と」

「……はい」

「聖女は事件解決のために連れてきたわけではない。あくまでそれは私の仕事だ」

「で、では、なぜ……」



なぜ、連れてきたのか?

なぜ、あの小娘が聖女なのか?

なぜ、彼のような人物がただの少女に恭しく接しているのか?


尽きぬ疑問に、男は一つの答えを突き付けた。



「彼女は、いずれ『人類の究極の救済』となる御方だ。今はまだ、成長途中だがな」



それが納得できるものかどうかは別として。

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