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第22話 中央教会会議室

空が紫に焼けていく頃には、既に教会の門は開いている。

掃除当番は夜の間に落ちた木の葉を払い集め、食事当番は準備に湯気を上げる。



「昨日の夜、ぴかーっと何か光った気がするんだけどねえ。大丈夫なのかしら?」

「教主様が一度大きな奇跡を行使なされたので、その影響と思われます。ご婦人が心配するようなことは何もありませんよ」

「あら、教主様が?それはありがたいことですね」


「獣人とやらが潜んでいるんだって?昨日の騒ぎも、そういうことなのか?」

「現在調査中ですが、教主様が直々に参加なされた以上、必ずや安寧は取り戻されることでしょう」

「まあ……教主様が来てるなら、そうか……」



騎士らは周辺の巡回を強め、疑問を持つ市民には言葉をかける。

死者こそいなくなったものの、彼らの受けた被害も少なくはない。

だが、そんな窮状などおくびにも出さず、彼らは今日も槍のように屹立たりと振舞っていた。

血の跡は速やかに清掃され、損壊した石畳や煉瓦の壁には既に手配された職人が付く。

徹底した事態の隠蔽。噂が広まるよりも、教主の判断の方が早く都市中に広まった。



「……なるほど。思ったより、事態は芳しくないと」

「全ては私の不徳の致すところだ。シスター」

「そうやって自分を責めても、事態は好転しません」

「……」



教会の会議室。

その中央に座すのは教主ではなく、昨夜蘇生の奇跡を成功させたシスター・ティーレだった。

教主と騎士団長は下座におり、その様子はどこか肩身狭げだった。



「確かに犠牲そのものは最小限で済んだかもしれません。ですが、ここまで大規模な隠蔽が必要になるなど前代未聞です」


二人の大の大人は静かにうなづく。


「神よりこの都市を預かる者として、例え相手がリリアルの中枢から派遣されてきたとしても、苦言を呈さざるを得ないことを理解してください」

「深く心に刻もう」

「……同じく」

「加えて、連邦全体にその存在を誇示した聖女が行方不明ともなれば、それはもはや都市一つで収まる問題には済みません。……一刻も早い解決と事態の収拾を望みます」



窓から差し込む燦燦たる陽光すら場違いに感じるような冷たい空気が、シスターの開いたドアから流れ出した。

張り詰めた場が少しずつ緩んでいき、彼女の退場と共に元通りになった。

彼女が去って、しばらく無言の時間が経ち、それでようやく空気は人肌の温度に戻ったようだ。

男二人は静かに向き合い、次の方針について話し合う。



「……現状の最大の問題は、奴らの動向を掴み切れていないことだ」

「はい。獣人の潜伏場所、侵入経路はおろか、目的すら判然としません」

「加えて『勇者』の存在。両者は深く関連していると断言していいだろう」

「……何故、でしょうか」



騎士は問うた。



「なぜ、ただの子供が貴方に匹敵する力を持ち、ほとんど交流の無い獣人と組んでまで貴方を、聖女様を狙うのか」

「……」

「答えてください。教主様」



教主は答えた。



「分からない」

「……本当に?」

「……」



『お前はぁ、オレたち全員が討つべき仇なんだよ!オレ達の魂がそう言ってるゥ!!!!!』

獣人が教主に抱く恨みはこの発言から考えるに種族単位で根付いた深い物。

しかし、彼らと教主との関連は裏表なく乏しいものだった。


そもそも神光連邦の存在する土地は山脈によって囲まれ、西端のプロテア邦を除いて他の共同体と面していない。

獣人が住むのは山脈の外の土地であり、山脈の内外の交流はそのプロテア邦でのみ限定的に行われていた。

この連邦の歴史に置いて教主が山脈の外へ赴いたという記録は存在しない。それは7代目である彼も同様であった。

彼が獣人という種族に恨まれる理由は無い。



「提示できるのは仮説、そしてそれに基づく対応だけだ」

「……聞きましょう」



教主は取り出した紙にさらさらと筆を走らせる。

線は円を描き、壁を立て、道を引き、都市となった。



「奴らは守護天使の目を掻い潜って都市に出入りする道を持っているはずだ。その特定が何よりも優先される」

「既に彼らが都市を離れてしまった可能性はありませんか?その道を封鎖して」

「いくら潜伏に長け、機動力に優れるといっても所詮は生物だ。移動には相応の時間を要するはずだ」



彼の引く線は平原を拓き、もう一つの都市を築き上げた。



「一番近い都市まで直線距離でおよそ100㎞。行軍速度を30㎞と仮定して3時間20分。彼らが即座に移動しているなら、既に近隣都市に紛れ込まれていてもおかしくないな」

「……ご自身が、何を言っているのか分かっているのですか?」



兜の下から、火薬のくすぶる様な声が漏れる。

それは今日の朝から、もっと言えば、彼が惜敗後に仮眠を取って目覚めた後からずっとあった兆候だ。

その気配に触れるだけで誰もが慎重になり、自然と言葉を選ばされる。そんな焦げ付く気配。

それをまるで意にも介さず、冷たい火花を飛ばしかける存在がいた。



「『既に逃げられている可能性はある』。ただ事実を述べただけだ」

「守護天使で察知できない相手が都市を超えて逃げた時点でッ、もう我々が追い付くことなんてできないじゃないですか!!!」



手甲を纏う腕が近くにあった木製の机を割る。

火のついた感情は銀鉄ごときで押しとどめられることはなく、彼の背後に陽炎が揺らめくようにも感じさせる。

これでもきっと必死に抑えているのだろう。

荒々しい呼吸は留め金を鳴らしカチカチと不快な金音を立て、兜に潜む目は赤く煌々と燃え上がる。

だがそれを前にしてもなお、教主はまるで涼しい顔をしていた。



「話は最後まで聞け。これはあくまで最悪のケース。実際はそうはなっていないだろう」

「……」



もはや言葉すら口にする前に焼き尽くされてしまう。

だから構わず教主は続けた。



「まず、現時点で確定していることは、『奴らが20人近い集団であること』『守護天使の目を欺けること』『都市に侵入する手段を持っていること』そして、『獣人を手引きした教会の内通者がいること』、疑惑にとどまるのは『勇者と関係があること』『聖女、あるいは教主への復讐が目的であること』、この辺りだな」

「…………そうですね。守護天使の目を欺く存在がこの世界にいるなんて……」

「そしてここにもう一つ、鍵となる情報が加わった」

「……一体、なんです?」

「聖女様とケイシアの行方が辿れない」



騎士の背から揺らめく炎が止まった。

怒りが収まったわけではない。

ただ一時、感情が吹き飛んだだけである。



「奴らが戦闘で使う姿を消す術と、守護天使の目を欺く術はおそらく別物だ。そして現在聖女様の行方が知れないということは、獣人でなくても使用できる設備や道具に依拠した技術の可能性が高い」

「……だったら、どうだというのですか」

「最悪の可能性は依然否定できないが、手引きした人物も存在することを考えると……」


───おそらく連中は、この都市に抜け道のようなものを持っている


……もちろん奴らが、一人一人死ぬ気で監視を掻い潜りながら壁や関所を超えた可能性もある。だがその場合でも集合の潜伏場所は必要になるだろう。この都市の近郊に、守護天使から身を隠す拠点があるのは間違いない」

「そこを見つけられれば……!」

「今日は奴らが紛れられるような荷馬車は往来しない。抜け道さえ見つければ、奴らの足取りを追って確保することができるはずだ」

「今すぐ騎士団で捜索にかかります」

「……それに関してはもう少しだけ待ってほしい」



勇んで立ち上がった姿が、途端その意気の行き場を無くして立ち往生してしまう。

混乱する騎士団長に、教主は淡々と、しかし確かな言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。



「あの狡猾な獣らをただ追いかけても体力を浪費するだけ……、止めの一手が見つかるまで待機してくれ」

「で、ですが……」

「当てが全くないわけではない。半日あれば何か掴めるだろう」

「……分かりました。定期巡回を強化する程度に留めておきます」

「頼む」



騎士団長は部屋を退出し、教主はただ一人静かな部屋に留まった。

こうして逡巡している間にも小さな命は刻刻とすり減っていく。

それでも彼は、ただ思考するためだけに時間という資源を費やした。



(神を欺き、獣を招き、子供を騙し、尊きを狙う……)



列挙すればするほど、その名前を深く刻むものがある。

口にすれば余りに単純な答え。

それは、



()()()所業……、だが……)



悪魔。

少年が教主に向けた怒りの名であり、獣人が教主に向けた憎悪の名。

神の在る世の中に置いてもなお、絵本の中に留まり続ける存在。

それが真にインクの模様というわけでないことを、彼は知っていた。


その存在なら、神の目を欺くことは容易である。

その存在なら、嘘を弄び憎悪を掻き立てることは戯れにすぎない。

その存在なら、最も大切とされるものを台無しにすることに躊躇は無い。


勇者の危機に駆け付けたゴシックな少女。

彼女が、悪魔だというのなら。



(鍵になるのは、勇者か……)



=========================




「クウェルぅ~……頭が痛いの~……」

「毎度毎度甘えんな。このポンコツシスター」

「だってぇ……」



診療所の所長室。

本来は診察を行う場所ではないが、体調不良を訴えるシスターは教会を出て真っすぐここへやって来た。

先ほどの厳めしい様子が嘘のように、まるで子供のように診療所の所長に手を伸ばす。

それを所長、クウェルと呼ばれた女性は心底うんざりといった表情で払いのけた。



「ティーレ……。このクソ忙しい時にやってこれるその度胸があれば教主なんて怖くないだろ」

「ちゃんと仕事手伝うから許してよぉ……本当に怖かったんだから……」

「叱る側が叱られる側に怯えてどうするんだよ……」

「じゃあクウェルは教主しゃまが悪いことしたらちゃんと怒れるの!?」

「当然。あと今噛んだね」



可愛らしく吠えるシスターを袖にして所長は溜まっている書類と向き合っている。

興味の方向を変えることを諦めたシスターは、別の机に突っ伏して独りでに愚痴をこぼし始めた。



「確かに、今の結果だけ見たら教主様は責められて然るべきだし、その役目が私に回って来るのも分かるけどさぁ……。でも教主様で解決できない事件ってもう神様直々に出てこないと解決できないじゃ~ん!」

「はいはいそうだね。信仰信仰」

「もー!クウェルってずっとそうだよね!もうちょっと信心深くなったっていいんじゃないの!?」

「あたしは神と会ったこと無いし」

「私も無いけど!?」

「会ったことも無いやつの言うことなんて、なんで信じられるのさ」

「信じて間違いだって思ったことないから?」

「……なんでこんな脳カラでシスターやってるんだか」

「はぁ……教主様ぁ~早く全部解決してぇ~……」

「全く……」



本日のシデロリオは朝から少々忙しない。

生温いそよ風が、開けていた窓から部屋に吹き込んだ。


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