幕間 獣人とそれを嘲笑う一人の子供について
「よう大将、欲求不満かい?」
灯りの乏しい暗闇の中に、軽薄な声が響く。
その声に、どこかへと戻ろうとしていた獣人のリーダーとその付き添いは脚を止めた。
黒くぼんやりと浮かび上がるその姿を認めるなり、リーダーの方は声の主に食ってかかる。
「……テメェ、いつもいつも、っ……」
「リーダー!おい黒ガキ!リーダーは腹の傷が塞がってないんだ。あまり逆撫でするな!」
「顔を出しただけでこんな言われよう?まあいいや」
声の主は、黒いフードに身を包んだ少年だった。
いたずらっぽい笑みを絶やさぬ、底の知れない子供。
彼はバカにする態度を隠しもせず話を続ける。
「仲間がやられて腹が立つのは分かるけどさ、だからって子供に暴力はいただけないよね」
「……るッせぇ!あんなバケモンがただのガキなわけあるか!グゥ……」
「実際、あのガキには手を焼かされた。痛めつけて置かないと何をされるか分かったもんじゃない」
「ふーん……。王様の意向はどうでもいいんだぁ……?」
二人の獣人は言葉に詰まった。
黒い少年は、大袈裟に声を低くして言う。
「『可能な限り』ぃ、『無関係のものを傷つけないように』ぃ!『これが王たる余の託宣である』!!……うぇっほうぇっほ」
「テメェがあの方の言葉を語るんじゃねえ!!」
怒号と同時に投げたナイフは黒服に吸い込まれて見えなくなった。
手応えは無く、少年の態度にも変化はない。
確かに体の真芯を狙って当てたのに、まるですり抜けてしまったかのように。
「おほん……。まあとにかく、分かってるならいいんだ。君たちは、復讐に取り憑かれて何もかも見えなくなるタイプじゃなくて良かったよ」
「チッ……悪魔を殺したら次はテメェだ。覚えとけ、なぁ……」
「ほら、戻るぞリーダー。包帯を巻き直さないと……」
「必要ねぇ。ただでさえ物資が足りねえんだ、このくれぇ……」
「バカ言うな!」
暗闇の中、叱咤が反響する。
それが響き終わるのを見計らって、叫んだ付き添いの男は捲し立てる。
「暗狩は、アンタの下でなら、って集まってきたチームじゃないか!アンタがこのまま死んでくくらいなら、全員この場所に骨を埋めるぞ!」
「クソッ……バカどもが……」
「バカで結構だ。ちゃんと全員治療と回復を終えるまで脱出はしない。これは補佐判断だ。いいな?」
「……言うようになったじゃねえか、ビクツ」
リーダーを肩に担ぎ直し、補佐役のビクツは再びゆっくり歩き始めた。
その姿を、黒い少年は黙って見つめている。
「エサどもは、半日経ったら一回水と飯をやれ。赤いのはともかく、白い方にくたばられると面倒だ」
「了解。キュオ辺りに言っておくよ」
「……ぜってぇ、生き残る」
「ああ」
彼らの背中は痛々しく、悲壮な決意に満ちているようだった。