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1話 鉄工都市へ

関所を通過し、そのまま馬車はまっすぐ街道を行く。

聖女は、初めて見る都市の景色に目を丸くして窓に貼り付けになっていた。


出発した中枢都市が全体的に白を基調とする建物でまとまっていたのに対し、こちらは良い意味で雑多な街並みが広がっている。

赤、青、緑、様々な色の煉瓦の壁が並び、街道に口を開ける店では金物や実用性重視の服が売られている。

商業区画を抜けると工業区画に入り、先ほどとはまた違った営みの息遣いが聞こえてくる。

流した汗に炎を照らしながら炉に向かう男。荷車に大量の石を積んですれ違う別の馬車。よく分からない大きな機械の前で話し合う集団もいた。


目まぐるしく変わる景色を聖女が堪能しつくしたころ、一転興味なさげに目を閉じていた男が顔を上げた。

それを見た聖女はすばやく小さく座り直し、馬車が止まるのを行儀よく待った。

 



工業区画の一端を占拠するように大きな店が門戸を開いている。

他の質実剛健と言った印象の建物と比較すると、よほど羽振りがいいのだろう、中枢都市にあるかのような豪奢な外観をしていた。

雇われの守衛が迎える中、二人が迎えの馬車から降りると、待っていた柔和な笑みの男が入り口で恭しく頭を下げた。



「遠くから御足労いただき感謝します。本来ならもっと豪勢にもてなしたいところだったのですが……」

「構わない。そちらも大変なのは承知している。一晩で”あれだけ”酷くやられたら、損失を数えるのも躊躇したくなるな」

「おっしゃる通りでございます。立ち話もなんですから、どうぞお入りください」

「その前に、もう一つだけ」



大人の大人らしいやり取りを傍から眺めていた聖女に、突如白羽の矢が立つ。

内心、小さな心臓を弾ませながらも、そのふるまいは実に優雅なものであった。



「初めまして、シャウウェル様。この度、聖女としての位を戴きました。プエラ・サンクタとお呼びください。」



汗と煤にまみれた街には不釣り合いな薄雲のような服をひらりと返し、聖女は小さく礼を返す。

姿勢は乱れず、微笑みは崩れず、その揺るぎというものを知らない立ち振る舞いは、まさに神の使者たるにふさわしい威厳を湛えている。

同時にあどけなくも整った顔、しぐさの細やかさ一つ一つから、確かに彼女は一人の少女であるということも感じさせる。



「これはこれは、光栄の極みでございます。このシャウウェル、シデロリオを代表して貴女に賛美と感謝を送りましょう」



シャウウェル。

『へファエストス鉱店』という大規模な商店を営む彼が、教会に助けを求めた張本人である。

景気の良さを感じさせる丸いシルエットの奥に感じる抜け目の無さそうな眼光が、まさに商人といった様相である。



「お噂はかねがね……。貴女様が来てくれるなら、我々鉱店もきっとすぐ以前の隆盛を取り戻すことでしょう」

「はい。私も、そうなるよう祈っております」

「では、こちらへ……」


形式的な挨拶を終えた彼は、男と聖女の二人を自ら店内へ案内する。

入り口をくぐると応対用のカウンターを挟んで資料や試供品が様々並んでいる。

それらを横目に扉を開けると、外観の豪華さに合わせたように深紅のカーペットが敷かれ、その奥で何人かの事務員がせわしなく働いていた。

彼ら彼女らにも会釈を返し、悠々と3人は奥の応接間へと向かう。




「しかし、教会に助けたのはわたくしですが、まさか教主様自らおいでなさるとは!大したもてなしもできず、本当に汗顔の思いでございます……」

「そう畏まられても困る。私はそんな大した人物ではない」

「まさか!リリアル邦の統括にして、大征伐の英雄が大したことないとしたら……もうこの世には神しか残りませんよ!」

「大げさな」



聖女を引き連れ、教会に届いた要請に応じてこの都市まで足を運んだこの男。

戴冠式の日からずっと直々に聖女の面倒を見てきた彼は、教会の中で『教導主長』という位に任ぜられている。


彼の役割は民を導くことである。

神の教えを広く説くだけではない。

生活上の知恵、技術、伝承、人々が積み立て磨いてきた知識という財宝を遍く人々に還元する役割を担っていた。

それは行政、軍事、経済にも及び、名実ともに教会、ひいては邦の最高権力者と言える。

最も、彼自身は積極的に踏み込むようなことはせず、各分野の長を立てるのを基本方針としていた。



そんな彼が、たかが一商店の要請に答えて遠路はるばるやって来たのだ。




通された応接間は、廊下で受けた印象をそのまま格上げしたような部屋だった。

金の装飾の付いた暖炉、白い棚の上には様々な勲章が並べられ、観葉植物まで派手に咲き誇っている。

率直に言えば悪趣味の域に達している内装だが、聖女は純粋にその煌びやかさに感動していた。


「おかけください。すぐに飲み物をお出ししますので」

「どうぞ、聖女様」

「はい」


聖女が装飾をたたみながら小さく座り、その隣に教主がその巨体を静かに置く。

二人が座ったのを見てシャウウェルもよいせと座り、見計らったかのように紅茶の入ったお盆を持って職員が入って来た。

商人がその香りを堪能しているのを見て、聖女も倣う。

二人が豊かな茶葉の香りを楽しむのを待って、教主は話を切り出した。



「さて、では本題に入ろう」

「ええ、お願いします」




「たった一晩で貴方が保有する倉庫一区画を壊滅させた、その少年について」

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