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第13話 二度目の夜

「聖女様、肌きれーだねー!もちもちですべすべで……これちゃんと洗えてるのかな?洗う必要ある?」

「ふふ、ありがとうございます。ケーシャさんの背中も後で流させてくださいね」



教会には、人々の礼拝を受け入れる聖堂の他に、住み込みの職員が暮らす母屋が併設されている。

そして母屋の一部には集合浴場が敷設されており、今日は贅沢にもそれを二人の少女が独占していた。

立ちこめる湯気の中で快活な声がよく響き、柔らかいスポンジの中で細かく泡の音が弾ける。

子供特有の撥水性の高い肌からは石鹸の甘い香りが漂い、長い髪は水を浴びて艶っぽく、小さな体のアウトラインに沿って垂れ付く。

スポンジが傍らに置かれ、桶からお湯を流しかけると、けたたましい音と共に今日の汚れが排水溝へ吸い込まれていった。



「こうして背中をながしてもらうのは、教主様以外だと初めてかもしれませんね」

「えっ」

「……どうかされましたか?」

「聖女様、教主様とお風呂入ったことあるの……?」

「はい。聖堂に入る前の小さい頃に、あの大きな手で背中を流してもらったことがあります」



物心付いたかどうかという歳の話が、あらぬ想像を掻き立て、髪に負けないくらい頬を染める。

一方の少女は、止まった手に対してただ不思議を抱いてきょとんと待っていた。


湯舟に浸かり、体の芯まで温めた二人は連れ立って浴槽を後にする。

白くふんわりと乾かされたタオルに髪の水気を吸わせ、体表の水滴もポンポンと拭いていく。

視界が開けたケイシアがふと隣を見ると、真っ白な背中を少し紅潮させ、すらりと姿勢良く、首筋に癖毛が張り付かせた少女がいた。

一つ息を吐くだけの動作にすら艶っぽく見えるその姿には、同性ながら思わず息を吞まされるものがあった。


「……どうか、なされましたか?」

「う、ううん、なんでもない!綺麗だなって」

「ありがとうございます。ところで……」

「どうかしたの?」

「━━私だけ」



聖女が体の正面にタオルを張り付かせながら振り返る。

着替えも半端なまま、余分なものの乗っていない体はしなやかさを感じさせる。

上目遣いのまつ毛に乗った水滴が、彼女の澄んだ目をなお輝かせて見せる。



「私だけ名前で呼んでいるというのは、いかがなものでしょうか……?」

「……んん?」



予想外の問いかけに、また別の意味でケイシアの思考はショートした。

呆けている表情から真面目さを感じられなかった聖女は僅かに頬を膨らませ、抗議の意を示す。


「お友達同士は名前で呼びあうものと聞いていましたが、私ばかりケイシアさんケイシアさんと……。私たちは友達ではありませんか……?」

「む、難しいところ突いてくるなあ……。あたし、はー……」



ケイシアは葛藤する。

確かに目の前の少女とは友人同然の関係である。戴冠式で仲良くなり、この都市で再会して仲良くなっていることに異存はない。

しかし現在彼女に付き添っているのは騎士団としての職務の一環であった。

生真面目な彼女からしてみれば、公私混同してくれと頼まれているようなもの。

無下にはしたくないが、かといって馴れ馴れしすぎるのも返って失礼に感じられる。



「……えーと、親しき中にもー……」

「礼儀あり、ですか?」

「そうそれ!!聖女様は友達だけど、あんまり馴れ馴れしいのも違うかなって。なんたって聖女だし」



微妙に意味認識は誤っているが、ひとまず彼女の気持ちに折り目はついたようだ。

最も、回答がおためごかしのようなものでしかなく、聖女の不満と頬もまた膨らむ。



「それでは、私が聖女でなくなったらどう呼んでくれますか?」

「うーん、プエラだからぷーちゃんとか?でも、聖女様が聖女じゃない姿ってしっくりこないな~」

「そんなにですか……?」

「うん。聖女じゃなくなっても聖女様って呼ばれそうな風格があるよ」



そもそも聖女ってやめられるのかなー、と呑気に呟きながら少女はシャツに腕を通していく。

スカートを巻き、ベルトを身に着け、ハーネスで体を最適な形に締め上げる。

物々しい恰好、とてもこれから寝るとは思えない着替えに聖女は自身の分を忘れ、その様子をあっけにとられながら見つめていた。



「どうしたの?風邪ひくよ」

「い、いえ。その恰好は……?」

「これ? あたしの騎士装束(バトルドレス)だけど」

「そ、そうではなく……」

「あれ、聞いてないんだ。教主様は今晩教会に戻らないし、事件も解決してないから、今晩はあたしが聖女様の護衛をするの!」



裸のまま呆然とする聖女に、体が冷えないようケイシアがタオルをかける。

すぐに我を取り戻した聖女は、釈然としないまま、とりあえず自分の着替えを済ませることにした。


彼女の着替えは当然寝室衣装(ナイトドレス)。風呂に入るということはすなわち就寝の準備である彼女にとって、今の状況はとても異質に感じられた。

自分だけ呑気な恰好に感じられて恥ずかしいのか、長い裾を握りしめ肩をすくめる。

その姿は、人形のような無機質な美しさに人の血の気が通わせたような、言いようのないかわいらしさを少女に感じさせた。



「かっわいい~!いっつもそれで寝てるの!?」

「は、はい……」

「そんなもじもじしなくても、似合ってるから自信持ちなよ~」

「そ、そうではなく!その、戦いになるかもしれない、のですよね……?」

「ああそゆこと? だいじょーぶ! あたし強さはそこそこだけど脚は誰にも負けないから! 聖女様くらいなら担いでこの都市一周できるから!」

「ねっ、寝間着で外出することが恥ずかしいのでは……!」

「それもまあ。レアな体験じゃん?」

「やっぱり動きやすい恰好に着替えてきますっ……!」

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