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第11話 ヘファエストス鉱店にて

昼飯時を過ぎ、休みを終えた炉がまた煙を吐き出し始める頃。

鍛冶は再び火を前に槌を振るい、書類の往来も盛んになる。

シデロリオ一の規模を誇るヘファエストス鉱店ではより顕著で、中には昼食返上で働き続ける者もいた。

事務所に引っ切り無しに人が出入りする光景は、彼らにとってはいつものこと。

ただし、今日はそれに異質な存在が加わっていた。


厳めしい顔で門を固める鎧の男たち。

書類仕事なぞしたこと無さそうな無骨な顔ぶれが、事務員に混ざって書庫へ続く廊下を出入りしている。

向けられる怪訝な視線に構うことなく働く彼らの目的は、もちろん先日の事件の手がかりだ。



「追加の資料をお持ちしました」

「そこに置いてくれ。あと右に積んであるのを返しておいてくれ」



往来する人々の中心、丸眼鏡をかけた教主が我が物顔で顔も上げずに指示を繰り返す。

その視線は手元の資料に真っすぐ注がれ、ページを捲る速さは本当に読んでいるのか疑わしくなるほどだった。

棚卸かのごとく隅から隅までひっくり返される書庫の忙しなさに、長年の眠りについていた埃すらも浮足立つようだ。

書庫にあるものだけでなく、事務室で今も使われている資料すらも、業務の隙間を縫うようにして教主への謁見を果たす。

どこか甘いような匂いが立ち込める中、がちゃがちゃと音を鳴らしながら人の波をかき分けて歩いてくる者がいた。



「魔術の心得のある者を連れてきました。即席の換気扇に使ってはいかがですか?」

「私は大丈夫だ」

「倉庫に出入りする人たちが大丈夫じゃないんですよ。この部屋に入ったが最後、全身を薄汚れでコーティングされて出てくるんですから」

「……では入り口と、あの小窓の近くに配置しておけ」

「了解」



顔に布を巻いた魔術使いをてきぱきと配置する姿は、人を使うことへの習熟を感じされる。

そうして一仕事を終えた騎士団長ハドリアルは、次の報告をするべく、凄まじい勢いで情報を消化する教主の傍らに立った。


「それ、本当に読んでいるんですか?」

「この程度なら普段の執務と大差ない。報告があるなら早く話せ」

「昨日の襲撃について、都市から獣人の痕跡が見つかりました」

「どこからだ」

()()()()()。東西南北、まるで一晩中街を駆けずり回りでもしたみたいに、あちこちから見つかりました」

「痕跡を消すのではなく、逆に増やすことで捜査を攪乱するつもりか……。だが、それなら……」

「はい、守護天使(ガーディアン)の目に留まるはず。……ですが」

「そっちの痕跡は無し、か」



守護天使(ガーディアン)、それは神の視座の代行者。

姿を目視することはできず、昼夜を問わず人の営みも、過ちも見届ける存在。

それらの記録は全て保存されており、高位の教会職員の誓宣によって初めて人の手の届く物となる。

この存在によって、いかなる隠蔽も、陰謀も、影に潜むなど許されないとされてきた。


これらの事実から導ける結論は一つ。



(神を欺く術を知っている、あるいは神を味方に引き込んでいる、いずれにせよ、教会の最深部の人間が関わっているということだ……)



前者であれば、それは重大な裏切りである。

神の威光を知りながら、それに背を向けるに十分な理由。どれだけの憎悪と敵意を煮詰めているか計り知れない。

後者であれば、それは教主への罰といえる。

しかし、彼が罪を犯したという記録は存在せず、博愛そのものたる彼の者が感情を理由にすることはあり得ない。


黙り込んで考える教主に、甲冑の男はやや曇った声音で問いかける。



「……事態は想像以上に厳しいものと思われます。加えて、直近で起こった勇者の件とも無関係ではないでしょう」

「分かっている。……このタイミングで、神の絶対性が揺らぐとはな」

「……何も聞かなかったことにしておきます」

「そうするといい。お前の奇跡に曇りが出ては困る」



連邦にとって、神は絶対であり続けてきた。

魔物に怯える人々を導き、奇跡を授け、都市を建て、蔓延る罪悪の全てを咎めてきた。

しかし今回はどうだ。

管理外かつ節理外に匹敵するかもしれない力を振るう子供の出現、神の目を欺いて潜む卑しい獣。

そしてそれを今に至っても補足すらできない教会の首魁の体たらく。

これらの事実が公になれば、唯一無二であり続けてきた教会の価値に傷が付くだろう。

『誰もが最後に頼るべき絶対的な後ろ盾』から、『ただの便利な公共機関』に成り下がることになる。



「なのでこの件の詳細はお前にしか話していない。また周囲10mには消音魔術を適用済みだ」

「妙に静かだと思ったら……」



今もなお高速でページをめくり続ける教主の隣で、どこからか持ってきた椅子に甲冑が腰かける。

背筋を伸ばして微動だにしない姿は、背景も相まってさながら仕舞い込まれた過去の栄光といった様相を呈している。

倉庫の肥やしというには輝かしすぎることとひとりでに喋っていることに違和感があるのか、通りすがる人々は必ず二度見をして去っていた。



「では、僭越ながら助手役を果たさせていただきます」

「……ともかく、今回の件は奇妙なことが多すぎる」

「私に匹敵する力を持っている少年、それが暴れたにも関わらず一人の死人も出ていないこと、そして神の目を欺く獣人、そして」

「今朝、私に差し出された手紙の内容」


『神光教会 リリアル支部の教導主長 あるいは忌むべき悪魔様へ』


「貴方が恨みを買うようなことをするとは思えない、とは言い切れないのが辛いところですね」

「どういう意味だ」

「貴方の普段の動向がアグレッシブすぎるんですよ。午前中は執務をこなしていたのに、午後になったらいつのまにか辺境で魔物討伐の指導に当たっているような人ですから。貴方の動向を全て把握しているのは神くらいのものでしょう」

「……」

「一応聞きますけど、心当たりは?」

「探せばいくらでもある」

「でしょうね……。何しろ関わってきた人が多すぎる。獣人とお知り合いは?」

「いないわけではないが、皆ロープラスの住民だ。私を悪魔呼ばわりする者などいない」

「あの悪法都市ですか……。むしろ、あそこにこそ悪魔が潜んでそうなものですが」



沈黙。

whodunit(誰がこんなことを?)から探る作戦は、教主の広すぎる交友関係によって早々に頓挫した。

そもそも彼がそんな当然のことを検討していないはずもなく、名助手ハドリアルの活躍の機会はまた今度ということになった。



「もっと近いところから考える。『勇者』の動機について、お前の意見を聞かせてくれ」



見かねた教主がwhydunit(なぜこんなことを?)を問いかける。

それを推測するためには、もう一度事件の状況を振り返る必要があるだろう。

ハドリアルはその白銀の面の裏で知り得る情報をかき集め始めた。


事件が起きたのは深夜。

倉庫で作業していたシャウウェルが、尋常ならざる力を持つ子供に襲撃された。

現場の状態は悲惨なもので、倉庫は半壊、大量の在庫が売り物からスクラップに変わり、雇っていた護衛にも甚大な被害が出た。

しかし、死者は一人たりとも出ていない。

現場の痕跡から、犯人はその理外の力を滅茶苦茶に振り回したことは明らかである。

その暴威に巻き込まれたという証言もあったにも関わらず、せいぜいが骨折で済んでいるのは奇妙という他ない。



「順当に考えれば恨みによるものだと思います。彼の商売は手広いですから、貴方のようにいくらでも機会はあるでしょう」

「……まあいい。であれば、なぜ殺すに至らなかったか。あんな力を持ちながら死者を全く出さないということは、手加減に相当なリソースを割いたはずだ」

「殺して解決する問題ではなかった……?生きて何かをさせたかった、ということですね」

「例えば彼しか知り得ない技術の奪取などは、死んでいては不可能だな。彼しか命令できない事柄ということもあるかもしれない」

「……相手は、子供なんですよね。証言を信じるなら」

「そうだ。最も、声が高く背の低い成人という可能性も無くはないが」

「ならもっと短絡的に……単純に、あいつが気に入らなかったから、とか」



ハドリアルは少しの間、昔のことを思い出していた。

養女を二人引き取ってすぐの頃、その二人が大喧嘩をしていたことがあった。

髪を掴んで引っ張り合い、頬に爪を突き立て、木の床を転がりまわりながら続く取っ組み合いは、子供ながらに迫力のあるものだった。

涙も涎もまき散らし、歯を食いしばり、まるで相手が親の仇かのように罵り合う。

妻の鶴の一声で鎮静化してから聞いた話で久しぶりに腰を抜かしたことは、今でも鮮明に覚えていた。



『だって、このバカ()()があたしの隠してた砂糖かけのパン食べちゃったの!』



子供の恨みの根源は大人から見るとどうしても矮小に見えるということを身に染みて理解できた一時だ。

今はもう少し落ち着きが出たが……としんみり成長に耽り始めたところで、咳払いがその回想を吹き飛ばした。



「……つまり、何かさせたいわけではなく、かといって殺すほどでもない。痛い目に合えば十分だと」

「はい。それにそうすると、『勇者』という単語にも……」

「大した意味は無い。ただコントロールできない憤りの現れであるという意味が出てくるな」

「しかしこの仮説が正しいとなると、また別の方向で厄介になってきますね……」

「経営履歴から商売上の禍根を当たる線は空振り、過去雇用されていた人員の子供全員が容疑者に浮上してくるな」

「はい……あ、あくまで仮説ですから。うん……」



甲冑の首だけが動き、彼の周囲に堆く積まれた資料を一巡する。

埃を被った遺録をひっくり返し、端から端まで目を通した苦労が全くの徒労だなんて両断することは、彼にはできそうにもなかった。


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