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幕間 獣人とそれを手引きする者について

「───と。いう感じの手紙が届いているはずさ」

「無駄に仰々しい上に、なんだ勇者って」

「巨悪たる魔王に立ち向かう者にふさわしい称号だろ」

「……そいつは()()()なのか?」

「そうだよ。問題あるかい?」

「……いや。オレ達の任務には関係ねえな。あぁ」



不機嫌そうにその鼻が鳴る。

暗く湿ったこの場所では、その微かな音もよく響く。

足音、身じろぎ、瞬きの瞬間すら感じ取れそうな静けさが一帯を満たしている。


会話をしているのは二人。

一人は、己の獰猛さを隠そうともしない獣人の男。

暗闇の中で灯よりも鋭く輝く目は会話相手の方など見ていない。

口を開くたびに端から覗く牙を見れば、誰もが自らを被食者だと錯覚するだろう。


もう一人は子供のようだった。

黒いフードで正体を隠し、不敵な声と軽薄な口元だけが彼の存在を示していた。



「報告」

「……はっ」



獣人の男がおもむろに虚空に声を投げかける。

すると、どこからともなく現れた2人の獣人のうち一人が前に出る。

否、むしろ最初からそこにいて、彼の呼びかけに応じて姿を現したのかもしれない。

彼らの表情は暗い。

場も雰囲気も重苦しい中、不快なくらいに軽い声が空間に響いた。



「あれ?キミら3人組で行動してなかった?」



刺すような殺意が口を開いた主へ瞬時に向けられる。

それはふんぞり返る男も例外ではなく、輝く目を大きく見開いて、瞳孔で人を喰らえそうなほど強くその狼藉を咎め立てる。

しかし、彼らのそんな様子を全く意に介さない様子に諦めたのか獣人の男が怒りを滲ませる声で呟いた。



「お前が言ったんだ。あの悪魔は生きたまま情報を搾り取る術を持っているだのなんだの、なぁ?」

「そうだね。彼に捕まったなら生死はともかくとして、知ってることは全部読み取られるよ」

「なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なぁ」



高く掲げられた鼻の向こうから視線が膝まづく2人に落とされる。

どちらも何も言うことなく、ただ悔しそうに鋭い牙で唇を嚙むばかり。

しばらくしてようやく、うち一人が絞り出した雫のような声で収穫を並べ始めた。




「聖女とやらの潜伏場所と警戒態勢が分かりました。ですが……」

「ヤツにバレてその様、と。今日晩にはそこには教会の兵がずらぁッと並んでるだろうな。なぁ?」

「……申し訳、ありませ───」


「───やっぱり納得いきませんよ、リーダー!」



悲痛な叫びが静寂を切りさく。

リーダーと呼ばれた男も、その傍らで様子を見ている黒い男も、その慟哭に身じろぎ一つしない。

一番動揺したのが、その叫びの隣で湿気た報告をしていた獣人だった。



「よせヴァル!作戦前に全員で誓い合っただろ!今更……」

「だって、だってよぉ!その場で殺す必要なんか無かった!!二人がかりなら運んで帰れたし、傷だって……!」

「黙れ」



暗闇の中で銀閃が走る。

先ほどまでリーダーが座っていた場所には誰もおらず、反対側の壁で弱音を吐いた獣人を組み伏せてその喉にナイフを突きつけていた。

彼が喉に僅かな痛みを感じると、それはゆっくりと熱い感覚に変わっていく。

リーダーは表情一つ変えずにナイフを握りしめ、雫が滴る速度よりもゆっくりとその刃を首へ沈めていく。



()()()()()()()()()()()()()()()。別に体に傷が無くたって、心がダメなら同じことだ」

「っ……ぐ、わ、かった……」



降伏宣言を合図に、いつの間にかリーダーは同じ場所に座りなおしていた。

首を押さえて蹲る獣人に焦った片割れが駆け寄り、懐から取り出した包帯を手早く巻いていく。




「言っても無駄なのは分かってただろ……一番心を痛めてるのはリーダーだぞ」

「でも、でもよぉ……そしたらファミラは、オレのせいで……」

「もう黙ってろ……」


「ひどいことするね。仲間じゃないの?」

「血迷った奴はぶん殴って目を覚まさせるに限る」



男はその場で立ち上がり、蹲る二人の泣き声が鎮まるのを見計らって口を開く。



「確かにファミラはお前のドジで死ぬことになった。なぁ、ヴァル?」

「……うっ、うぅ……」

「だがあいつには覚悟があった。そうだろ、キュオ?」

「……ああ。あいつは最後まで、あの野郎に視線だけでも喰らいついていた……。オレが処分するその瞬間まで、あいつは怯まなかった……!」

「だったらァ!!その覚悟を背負って見せろ!!牙に乗った憎悪の数だけ、より深く肉に食い込む!そうだろ、なぁ!!」

「そうだ……あいつの、ファミラの分まで……オレが、オレ達がやるんだ……!」

「立て!!地の底を這いずることを決めた戦士達よ!!我らが同朋を苦しめ続けてきた悪夢から解き放つため、そのナイフを握ったことを思い出せ!!」

「「オウっ───!!」」



リーダーの檄は、見事に仲間を失った喪失感を払い去る。

心なしか灯火の勢いも強くなり、暗闇立ち込める空間がまるで白昼のような熱気を孕み始めていた。

意気を取り戻した彼らが次の行動に移るのを、黒フードの男は隅で見届ける。

その様子は、何故か、どこか不満げにも見える。



「大した執念だよねぇ。何百年も前の伝説を真に受けてこんなところまでやって来るんだから。まあ悪夢にうなされるヒトが多いのも確からしいけど」



彼は懐から、古びた本を取り出す。

それは獣人という種族なら誰でも知っている創生の伝説が記されたもの。

ページのめくり方に明らかに読む気が感じられないにも関わらず、彼はすらすらと、しかし誰に向けるでもなく内容を唱え始める。



『かつて、我らが祖があり。祖は完全たりし』

『悪魔、地平より現れり、祖を蹂躙し、悪夢を振りまきし』

『祖は逃れ、牙の神に縋る。神は悪魔を遠ざけ、祖に牙護を与ふ』

『しかして祖、恨みを忘れずその牙を研ぐ。悪夢を祓い、恨みを雪ぐ日まで』


「……その悪魔が、こんな辺境を治めるジジイなわけないって、常識的に考えたら結論出そうなのにね」



彼は本を閉じ、適当に放り捨てる。

その場には誰もいない。だというのに彼の振る舞いはまるで、()()に見せびらかすような大げさなものだった。

彼の身振りと独り言は続く。

暗闇の中で踊るように、たった一人で会話を続ける。



「ならどうして、死んだあの獣人はジジイが悪魔だと確信したんだろう?」


「彼らの伝説は何百年も前のもの。一方あのジジイはどんだけ大げさに見積もっても100年も生きてない」


「矛盾、破綻、不合理、でもいいのさ。獣人には教主を憎む理由がある。この事実だけあればいい」


「待ってなよ、教主サマ」



「お前も、聖女サマも、幕引きは遠くないぜ」




いつしか暗闇の中にその姿は無く、不気味な笑い声が灯火を静かに揺らした。

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