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それからというものの気分がすぐれない日が続いた。リュシエンヌ様に報復される夢を見たり前の世界の夢を見たりした。
そんな中、私とウィリアムの婚約が調い人気絶頂の私たちはそのまま国王と王妃となった。王族となるための勉強を何もせずに王妃となるなんてこの世界の常識では考えられないことらしいが、その人気ぶりと既に懐妊していたという事実から特例でこのような形となったようだ。
自分で言うのもなんだが完全なるお飾りの王妃だった。十七歳で子を産み何か変わるかと思ったがその後も不調は続き完全に心を病んでしまった。こんなはずではなかったのに。どうしてこうなったのだろう。
そして十五年の月日が経ち、私は三十二歳となった。息子である第一王子も十五歳となったが育児は乳母たちに任せっきりだったのでなんだか不思議な感じだ。少しずつ心の傷も癒えてきてこのままこの世界に骨を埋める覚悟ができてきたが、最近ボーッとする時間が増えたウィリアムが息子と同い年の養女を迎えると言い出した。
初めてその子を見たとき心臓をギュッと掴まれたような苦しさと動悸で嫌な汗が背中を伝った。リュシエンヌ様にそっくりだ。ついにリュシエンヌ様が報復しにきた。ウィリアムは何を考えているのか。信じられない。ウィリアムに異を唱えるが相手にされない。その子の話をするときのウィリアムは遠くを見るような感じで目に光が宿っていない。何かがおかしい。幸い貴族たちは彼女を王家に迎える事に反対している。彼らと手を取り阻止しなければ。
そう思っていたのにいつの間にか味方だと思っていた貴族たちが手のひらを返したように姿を消していく。どうして、どうしてこうなったの。
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貴族、王妃、第一王子を含む反対勢力は勢いを増して国王を退かせる一歩前まできていた。しかしあと一歩というところで波が引いていくように貴族たちが手を引き始め、あれよあれよという間にリュシーの養子は認められ国民へのお披露目がなされた。お披露目会に王妃の姿はない。悪役令嬢ブームの影響でその姿にそっくりであるリュシーは民衆の心を掴み大人気となった。
王女となったリュシーのそばには相変わらずヴィロが仕えている。
「さすがリュシー様です。国王を傀儡にしてこの国を乗っ取るとは」
「フフッ、ヴィロったら、乗っ取るだなんて聞こえの悪いことを言わないでちょうだい。貴方の精神干渉が役に立ったわ。ありがとう」
リュシーはヴィロの精神干渉を利用して国王を取り込んでいた。
「私が精神干渉しているのは国王のみ。あとは貴女様の手腕ではないですか」
「イヴのお土産が思いのほか効きが良くって。後ろ暗くない貴族などいないということかしら。本人に瑕疵はなくともその家族、部下、親戚、領民、どこかに弱みがある。それを的確に突いているところがさすがは帝国の諜報員ね。イヴから貰った情報でここまで上手くいくなんて思わなかったわ」
「このままこの国の王になられるのですか」
「フフッ、せっかちね。いいえ、まだよ。今この国の長になったところでイヴのお願いは果たせそうにないわ。もっと力を付けないと」
「リュシー様、私たちであれば貴女様の力になれます。その代わりに私の願いを聞いてはくれませんか」
ヴィロはリュシーの前に膝まづく。恭しくリュシーの手を取るとその漆黒の瞳で見つめてくる。
「どうか魔王様の封印を解き放ってください。約束します。魔国は貴女様に忠誠を誓います」
「あらヴィロ、貴方も私に依頼したいことがあるのね。でも魔国が私に忠誠を誓うだなんて、貴方にそんな権限があるのかしら」
「私は魔国の幹部である七人の上級魔族の長を務めております。この世界に散らばっている同胞をもってすればイヴ様の願いも容易いこと。とはいえ魔族の種類は多岐に渡り下級魔族、所謂魔物は統制が難しいのが事実ですが」
「ふうん、なるほどね。でもお断りよ。ヴィロ、貴方には失望したわ」
ヴィロはまさか断られるとは思っていなかったのか困ったように眉を下げる。リュシーは居丈高に続ける。
「ねえ、魔王に何の価値があるというの?前世リュシエンヌだった時に魔王を召喚したのは私よ。そしてそれが私の敗因となった。期待はずれな男を復活させても意味がないじゃない。彼が最強だったのは一体何百年前のことなのかしら。彼は過去の栄光に縋る駄目な男だわ。といっても魔王に忠誠を誓った貴方には理解できないかしら。そうね、直接見てみなさい。そして誰に尽くすべきか判断しなさい」
リュシーはヴィロを伴い封印の間へ行く。鍵は勇者である国王しか持っていないが、ヴィロにさくっと精神干渉をして鍵を借りた。そこには何重にも光る鎖で閉ざされた扉がありヴィロは扉に近づくと苦しそうに眉をひそめた。
「やはり我々魔族はこの光に対抗できないようです。私はこの先には進めそうにありません」
「あら、聖女の加護はまだ発揮されているのね。確かに息苦しさがあるけれど私にとっては耐えられるほどよ。いいわ。私が魔王に会ってくる。私が見たものを投影してあげるからそこで待っていなさいな」
「“開け”」
リュシーが大きな扉から中へ入ると広い空間の真ん中に禍々しい色をした水晶が鎮座している。聖なる力で封印された魔王はこの中にいるようだ。
「この中の暮らしはどんなものかしらね。興味があるわ。“ホログラム”、“投影”」
リュシーの詠唱で目の前に水晶の中の空間が広がり魔王の姿が現れる。同時にヴィロがその様子を見られるようにした。
「誰だ?俺の邪魔をする奴は」
魔王がギロリとリュシーを睨む。その手には筆が握られていた。
「レンタル悪役令嬢(ラスボス級)のリュシーと申します。とある人からの依頼で会いにきました」