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「良い、顔を上げよ」


その声に顔を上げると美丈夫が座っている。この男が帝王らしい。なるほど貫禄のある男だった。しかし隣にいるはずの妃がいない。


「この度は我が国との国交再開を前向きに考えていただけるとのこと。ご希望のご令嬢を連れて参りました」


宰相の言葉に帝王がリュシーを見る。


「お前が妻の申す悪役令嬢か。私としてはそちらの国との国交はこのまま断絶しても良かったのだが妻の希望とあっては仕方がない。そちらのご令嬢は妻と会っていただく。その間に我々は会談を行おう」


そうしてリュシーは目隠しをされ誘導される。リュシーは密かに透視をしながら進んだ。広い庭園を横目に廊下を歩く。厳重な門をいくつかくぐるとそこにはとても美しい屋敷が建っていた。ここに妃がいるのだろうか。最後の門からは護衛も女性のみとなっていた。


「よく来てくださいましたね」


部屋に通され目隠しを取ると、一人の女性が入ってきてリュシーの前に座る。薄い桃色の髪に澄んだ空のような瞳の小柄でタレ目な可愛らしい人だ。そしてとてもふっくらしている。女性は護衛や使用人を全て部屋の外へ出るように指示し部屋にはリュシーと女性の二人だけになった。


「レンタル悪役令嬢(ラスボス級)のリュシーと申します」


女性に促されリュシーがそう挨拶すると目の前の女性は頬を染め破顔した。


「ああ!会えて嬉しいわ、私の妹よ!私はイヴ、前世はイヴェットという名の悪役令嬢よ。フフッ大丈夫。ここは防音がなされているから私たちの声は聞こえない。ねえ、マザーはお元気?貴女はどんな悪役令嬢だったの?」


堰を切ったように話し出すイヴの話から察するに、イヴはマザーの元で育った姉であり、彼女の前世は近代三代悪女の一人とされる悲劇の悪役令嬢イヴェット嬢らしい。


「私に姉がいたなんて知りませんでしたわ。マザーが食べすぎないように伝えてと」


リュシーがマザーの言葉を伝えるとイヴはバツ悪そうに笑った。


「マザーはお見通しね。見ての通り食欲が止まらなくてふくふくと肥えているわ。前世であまり食べさせて貰えなかったものだから食べ物への執着が異常なの。自分でも分かっているのだけれどこればかりは止められないわ。前世はガリガリだったから今の私を見ても誰もイヴェットとは思わないでしょうね。私を私だと認識したのは夫くらいね」


無邪気に笑うイヴには悪役令嬢たる邪悪さのカケラもない。


「私も十五歳になるとマザーに言われて奉仕活動をしたのよ。悪役令嬢の名で。すぐに夫に見つかって嫁ぐことになったけれどね。帝国は諜報員を各国に配置しているわ。それも物凄い数の。貴女のことも諜報員を通じて知ったの。貴女は悪役令嬢(ラスボス級)だったわね。強そうで素敵だわ」


それからイヴの質問責めによってリュシーの過去と近況を話した。一息ついたイヴは一層可愛らしい笑顔で本題を切り出す。


「リュシー、私から貴女に沢山の()()()があるのよ。貴女なら上手く使ってくれると思って。その代わりと言っては何だけれど私のお願いを聞いてくれないかしら」

「それはレンタル悪役令嬢(ラスボス級)への依頼でしょうか」

「ええ、そうね。対価はこのお土産で。どうかしら」


----


リュシーは無事に帝国から帰国した。それからは忙しかった。帝国との国交再開の手柄はリュシーのものとされ多大な貢献への褒美だとして国王がリュシーを養女にすると発表した。この暴挙を聞いた貴族たちから一斉に反対の声が上がる。たかが平民を王族に加えるなど言語道断、しかもリュシーは世界の平和を脅かした悪役令嬢リュシエンヌに似すぎている。何か悪いことが起きるのではないかと反発を強めた貴族たちはリュシーの王家入りを阻止すべく派閥を超えて一致団結した。そしてリュシーと同い年である第一王子を立太子させご乱心の国王には早く退いてもらおうと急ぎ体制を整え始める。国王とはいえ家臣たちが離れてしまえばその求心力は急落し、悪役令嬢リュシエンヌと魔王を討った国の英雄はお飾りの王と成り下がった。


ところでリュシーを王族として迎えることに最も動揺を示したのは、英雄とともに悪役令嬢リュシエンヌと魔王を討った聖女、現在の王妃である。王妃は悪役令嬢リュシエンヌが処された時に既にお腹の中にいた第一王子の地位が脅かされることに恐怖したのではなく、自らが破滅に追いやったリュシエンヌが仕返しにきたようで怖かったのだ。


王妃はこの世界に転移してくるまでは平和な国に住み、おばあちゃんっ子であること以外は特段特別なこともないユーナという名前の女子高生だった。突然聖女とちやほやされ、自分よりもずっと美しい婚約者を袖にしてまで自分を必要としてくれる見目麗しい本物の王子様に夢中になった。まさかそれが引き金となりリュシエンヌが処刑されるまでになるとは思いもしなかった。否、リュシエンヌの気持ちなど考えられないほど、ヒロインのような待遇にのぼせ上がっていたのだ。リュシエンヌの処刑が決まった時、ユーナが感じたのは恐怖だけだった。これは現実だと突きつけられて足が震えた。


「ウィリアム、彼女を養子にするなんて嘘でしょう?やめてちょうだい」

「ユーナ、もう決めたことだ。帝国と国交を続けていくにはリュシーの存在が必要なのだ。息子の婚約者は既にいるし、結婚前から側妃を娶るわけにもいかない。養子にするのが一番だろう」

「いやよ、怖いの。彼女、リュシエンヌ様に似すぎているわ。リュシエンヌ様を処刑まで追い詰めたのは私たちよ?いつか報復があるわ」

「ユーナ、何を怯えておるのだ。リュシエンヌは既に死んだ。彼女の死は私たちのせいではないと何度も言ったではないか。確かにリュシーは彼女に似ているが血の繋がりもないただの平民だ」

「ウィリアム、どうして平気でいられるの?貴方、おかしいわ…」

「ユーナ、もしかして嫉妬か?私の元婚約者に似たリュシーに私を取られるのが嫌なのだろう?リュシエンヌもそうだった」

「ウィリアム、本気で言っているの?リュシエンヌ様が嫉妬に駆られてあのような事件を起こしたと?リュシエンヌ様はいつも冷めた目で私やウィリアムを見ていたわ。あれは嫉妬なんかじゃない。私には分かる」

「ユーナ、もうこの話はやめよう。もう決めたことだ」


そう言って足早にユーナの前から去っていくウィリアムを見て心が冷え込んでいくのを感じた。そしてこの世界へ来た頃のことを思い出していた。


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