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翌日、リュシーがやってきたのは大きな商会だった。会長室に足を踏み入れると怒鳴り声が聞こえてくる。


「うるせえ!だから言ってんだろう!俺は絶対に酒も煙草もやめねえ!やめるくれえなら死んだほうがマシだ!」

「あんた、こっちの身にもなっておくれよ。あんたが倒れると迷惑するのはこっちなんだよ!あんたが死んだらこの商会はどうするのさ!」

「なんとでもならあ!俺でなくたって優秀な部下がいるだろう」


小太りな男女が怒鳴り合っている。その横で部下だろうか、呆れ顔の男が一人立っている。リュシーが「今、よろしくて?」と声をかけるとハッとした夫婦はばつが悪そうに襟を正した。


「ご依頼いただきました、レンタル悪役令嬢(ラスボス級)のリュシーですわ」

「あん?レンタル悪役令嬢?なんだそれ」

「ああ、頼んだのは私だよ。リュシーさん、夫に酒と煙草をやめるよう説得してほしいんだよ。病院の先生にも言われているのに聞かなくってさ。娘もまだ学生だし今死なれちゃあ困るんだよ。悪いね、お嬢ちゃんにこんなことを頼んでさ。こういうのは他人から言われる方が聞くのかもしれないと思ってね」

「余計な事するな!いつ死ぬかなんて俺の勝手だろうよ!」


また喧嘩を始めた夫婦にリュシーは静かな声で言った。


「おだまりなさい」


少女とはいえやけに威厳のある態度に夫婦は喧嘩をやめ目を丸くする。


「貴方は早死にしても良いから酒と煙草をやめたくない。貴女は早死にしてほしくないから止めてほしい。そういうことですわね?」

「ああ」「そうだね」

「人はいつか死ぬわ。たとえ酒と煙草をやめたって」

「そうだそうだ、嬢ちゃん言ってやれ!」「そりゃあそうだけれどさ…」

「もちろん魔法で貴方が一切酒と煙草を受け付けないようにすることもできるわ」

「げっ!嫌な魔法だなあ!やめてくれ!」「そりゃあいいね」

「でもそれでは解決したとは言えないわよね。まずは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()を見せましょう」

「は?」「ええ?」

「“幻術”」


〜〜


夫の亡骸に縋ってなく妻の姿が見える。慰めているのは部下だった。娘も泣いている。

「あんたあ!だから言ったのに!酒と煙草をやめなってさあ!うっうっ、本当に早死にしてんじゃあないよ」

「奥さん落ち着いてください。今は会長の冥福を祈りましょう。会社のことは追々決めれば良い。娘さんが継げる年になるまで我々で必ず守り抜きますから」

「うっうっ父ちゃん…ずっと反抗ばっかりしてごめんよ。でもこの際言っておくと私継ぐ気はないからね…うっうっ」


~~


パンッ。リュシーが手を叩くと虚ろだった夫婦の目が開く。ついでに幻術にかかっていた部下の目も開いた。

「どうでしたか?」


リュシーの問いかけに驚いた表情のまま顔を見合わせた夫婦は、お互いの頬に涙が流れているのを見つけた。なんなら部下が一番泣いている。


「お、お前、何泣いてるんだよ」

「あ、あんたこそ泣くなんて珍しいじゃあないか」

「あ、あれだよ。お前らが泣いて悲しんでるのを見てもらい泣きしちまったんだ。いい家族と頼れる部下を持ったなあって」

「わ、私だって本当にあんたが死んで悲しくて…泣いちまったよ」

「俺…少し酒と煙草を控えようかな。お前らのためにもさ」

「あんた…」


へへ、と照れる夫婦の会話をぶった切ってリュシーは次の幻術を発動させる。また夫婦と部下は虚ろになった。


~~


「あ…あんたあ!結局は死んじまうなんてあんまりじゃあないか!うっうっ…。こんなことなら酒も煙草も少しは許してやるんだった。毎日毎日喧嘩して…一体何のために…」

「奥さん落ち着いてください。今は会長の冥福を祈りましょう。会社のことは追々決めれば良い。娘さんが継げる年になるまで我々で必ず守り抜きますから」

「うっうっ父ちゃん…ずっと反抗ばっかりしてごめんよ。でもこの際言っておくと私、絶対継ぐ気はないからね…うっうっ」


~~


パンッ。リュシーが手を叩くと虚ろだった夫婦と部下がハッと目を開けた。


「これが酒と煙草を我慢した場合ですわ。もちろん未来に絶対はありませんけれど、今更やめたところで手遅れ感は否めませんわね」

「俺、結局死ぬのか…」

「私も結局後悔するのか…」


夫婦は顔を見合わせ涙をぬぐうと「わはは」と笑いあった。


「わはは!どうせ死ぬんだったら、やっぱり酒と煙草はやめらんねえなあ!」

「あはは!私もあんたに怒ってばっかりで後悔するのは嫌だからもう何にも言わないよ」

「おう!そうしてくれや!でもお前のためにちょっとは加減しようと思う。なあ、どうせ死ぬならさっさと部下に商会を任せてさ、家族旅行でも行かねえか?結婚してからずっと忙しくして一緒に小さな商店をここまで大きくしたんだ。これからは家族の時間っつうのを大事にしたい」

「あんた…そうだね。最後くらいあんたと笑い合いたいよ」


夫婦がお互いに見つめあっているとハンカチで涙と鼻水を拭いた部下がキッとした表情で夫婦に詰め寄る。


「会長!奥さん!その前に娘さん全然継ぐ気ありませんが!?」


その時バンッと扉が開き、夫婦によく似た娘が入ってきた。リュシーは娘がずっと廊下から聞き耳を立てていたのを知っていた。


「その通りよ!この際言っておくと私、絶対継がないから!勉強できないもの!」

「お前はいつになったらその気になってくれるんだ!分かってくれよ。俺は一人娘のお前にこの商会を残したい。好きな婿とって継げばいいだけじゃあないか。そうすりゃあ金には困らず暮らしていける」

「そうよ、悪いことは言わない。お父さんと私は昔貧乏でそりゃあ苦労したの。娘には苦労をしてほしくないんだよ」

「気持ちは嬉しいけど私にこんな大きな商会を背負う責任は持てない!そもそも勉強は大嫌いよ。学校の勉強なんて何の役にも立ちそうにないし、そんなことに時間を費やしたくない!」

「なんだと!高い学費を払ってやっているのに!」

「そうよ!あなたは恵まれているのよ?私があなたくらいの頃なんかは…」


今度は家族喧嘩が始まった。随分と血の気の多い家族らしい。


「全く面倒な人たちね。怒ることでしか愛情を示せないのかしら。“沈黙”」


ワーワー言い合っていた家族の口が開かなくなりムームー言っている。ついでに部下の口も縫い付けた。


「私のレンタル時間はまだありますわ。お手伝いいたしましょうか」


こくこくと頷くしかない家族と部下に向けてリュシーは会長椅子にどっかり座って話始める。『そこ、俺の席なんだけどな』という会長の思いは脳内に留められた。


「そこの小娘」

『小娘ってたぶんあんたより年上ですけど』

「学校の勉強が何の役にも立たないと思っているのね」

(こくこく)

「フフッ、これだから凡人は」

『うわ!嫌な感じ!』

「いいこと?学校の勉強に意味など求めてはいけません。学校の勉強は謂わば“鍵”ですわ。貴女が将来どのように生きていくかは知りませんけれど、何かしようと思った時にその鍵があれば近道できますの。どの鍵をいつ使うかは自分にも分からない。鍵がなくても成し得ることはできますが遠回りしなくてはならない。そして多くの人はその遠回りをする前に諦めてしまうものです。この意味、苦労されてきた会長夫妻なら御分りでしょう」

((こくこく))

「しかし若人にいくら苦労するからと説いても無駄ですのよ」

『えっ?娘を説得してくれるんじゃないのかよ』

「若人にとっては余計なお世話、大抵の人間は経験しないと学ばないものですから。ということで“幻術”」


今度は娘にだけ幻術をかけたため虚ろな娘を両親が心配そうに見守る。リュシーは部下に商会で取り扱っている高級紅茶を淹れさせ優雅にティータイムを楽しんだ。今回の幻術は時間が長いようで暇を持て余した会長夫婦は喋れないのが新鮮で面白いのか、お互いにジェスチャークイズをしては体をくの字に曲げて腹を抱えて笑っている。その間、部下はすっかりリュシーの執事と化していた。部下が選んだ紅茶は実に質の良い商品でマザーが喜びそうだと考え教会に送るよう指示した。


パンッ。次にリュシーが手を叩いた時、何かを悟ったような表情の娘がいた。皆の“沈黙”も解ける。娘は穏やかな目でこう言った。

「是諸法空相」

「いや何それ」


娘によると勉強をしなかったことを後悔しつつも自分で選んだ道を進み家族にも恵まれ晩年は各国の宗教について学び、結局は満足のいく人生を送ったらしい。人生を一周したので時間が長くかかったのだろう。娘の変わりように驚く両親に向かって娘は語りかける。


「若人よ」

「いやお前の親だから」

「この世のあらゆることは実体がないのよ。商会も金も何もかも本当の意味で自分の物はなにもない。もちろん生きていく上では必要だけれどもそれに固執してはいけない。何も持っていけやしないんだから」

「深い」

「まあ、そういうわけだからいずれにせよ私はこの商会を継がない。でも勉強はしたいなって思えたわ。学ぶことは生きているうちにしかできないことだもの」

「お前は本当に頑固だなあ」

「誰に似たと思っているの?父ちゃんと母ちゃんの娘だもの」


微笑み合う親子を見て涙していた部下に会長夫妻と娘がにじり寄る。


「そういうわけだから、商会のことはよろしくな」

「そんなあ…」


項垂れる部下を無視して早速旅行の計画を立てている家族にリュシーは挨拶をする。


「ではそろそろお時間ですから失礼しますわ。あ、そうだ最後に次期会長様に“頼る者を間違えてはいけない”とアドヴァイスさせていただきますわ。これから貴方はさらにこの商会を発展させていくでしょう。その時に貴方の人生を左右するような大一番に誰かを頼ることがあるかもしれません。その時は常識に惑わされず自ら確認して判断してくださいな。頼る人を間違えると身を滅ぼしますから。私のように」

「あ、あの貴女様は一体何者なのですか。このような高度な魔法が使える貴女様が教会に身を置いているだなんて…」

「フフッ、はじめに申しましたでしょう。レンタル悪役令嬢(ラスボス級)のリュシーですわ。またのご利用をお待ちしております」



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