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英雄と聖女ものがたりの内容が変更され大人気となった噂は王宮内にも広がった。
「国として後援し世に広めております『英雄と聖女ものがたり』の内容にアレンジを加える劇団が多くなっておりますが資金援助の件はいかがいたしましょうか」
「大筋の内容は変わっておらぬのだろう?私とユーナの功績が入っているのであれば問題ない」
「しかし…」
宰相は国王に近づき小声で続ける。
「どうやら“悪役令嬢リュシエンヌ”が大人気だそうで。巷では“悪役令嬢ファッション”や“悪役令嬢メイク”、“悪役令嬢の赤い髪留め”といった悪役令嬢グッズが大売れだそうで…」
「なんだと?一体どのようなアレンジを加えたらそうなるのだ」
「それが…」
リュシーが演出家に依頼した変更点はたった一つ、“悪役令嬢が勇者に恋をしていた”のは事実ではないから演出から消すように頼んだ(脅した)だけだった。しかし威厳のある美しいリュシーを見てインスピレーションが湧きまくった演出家は、強くて美しい悪役令嬢をメインにした脚本に変えてしまった。
内容としてはこうだ。圧倒的な強さと美しさを持つ公爵家のご令嬢リュシエンヌ(ラスボス級)は、従兄である王太子ウィリアム(平凡)の婚約者となる。リュシエンヌ(ラスボス級)は確かに傲慢で居丈高であったがその優秀さから国のトップとして君臨することを自らの運命として日々研鑽に励んだ。
そんなある日、異世界から聖女ユーナ(お上りさん)が来て王太子ウィリアム(平凡)と恋に落ちてしまう。王太子ウィリアム(平凡)と結婚しいずれは夫を操って自らが真の王として君臨しようと思っていたリュシエンヌ(ラスボス級)は予定が狂ったことに怒り禁術を使い魔王(期待外れ)を召喚するも勇者ウィリアム(笑)と聖女ユーナ(笑)によって封印されてしまう。禁術に頼ったばかりに力を枯渇させてしまったリュシエンヌ(一生の不覚)は処刑されてしまう。
もちろん()内は台本の中のみに書かれており明言はしていない。宰相が()内を端折ったあらすじを国王に伝える。
「確かにリュシエンヌには優秀で圧倒的な美しさがあった。大筋は変わっておらぬし、これくらいのアレンジであれば良いではないか。それよりも帝国との国交の再開はまだ望めぬのか。国交が途絶えてもう三十年になる。皇帝と因縁があった我が国の侯爵家は取り潰しとなったし、帝王も十五歳も若い妃を娶ったのであろう?そろそろ和解できないものか」
「その件については何度も申し入れをしておりますが…“時が来たら”とはぐらかされています。帝国へ文書を送りましたから来月あたりに返事が来るのではないでしょうか」
我が国と帝国はお互いに人の行き来も貿易も盛んであったが、三十年前に我が国の侯爵家の娘イヴェット嬢が亡くなったことにより急激に関係が悪化した。なんでも現在の帝王が我が国に亡命をしていた際にイヴェット嬢に助けられたそうだ。身分を隠した帝王とイヴェット嬢は恋仲となり婚約が調った。しかし帝王が帰国した後、女侯爵が亡くなり婿であった父が継母と娘を連れて好き勝手し出した。後の調査でイヴェット嬢は虐げられていたという。イヴェット嬢は家族に嘘の噂を流され世間では“悪役令嬢”として有名で、その噂は帝王の元まで届いた。
帝王からイヴェット嬢に苦言を呈する手紙が来てイヴェット嬢が噂を否定しようとするも、悪事がバレる事を恐れた家族によってイヴェット嬢は亡き者となってしまう。その後、全てが明るみに出て侯爵家が取り潰しになったことと、帝国でクーデターが起きて帝王が十五歳の若さで君臨したのは同時期のことだった。
これを機に我が国との交流を断絶した帝王はイヴェット嬢を想い続け結婚を拒否していたそうだが十五年前、帝王が三十歳の時に急に結婚が決まり皆を驚かせた。しかもその相手が十五歳のうら若き乙女であり、噂によると他国出身の平民であるという。素性は公表されていないが、真実の愛で結ばれたというその女性は我が国出身の者だという噂もある。帝王はそのたった一人の妃と仲睦まじいと評判で、結婚から十五年も経ったのだからイヴェット嬢のことは忘れて我が国との国交を戻してほしいと国王は思っていた。
一方その頃、教会ではリュシーがマザーとお茶をしていた。
「リュシー、お布施をたくさんいただけたのね」
「はい。演技指導料とミューズ料として利益の一部を継続的に寄付していただけるとのことです」
「あら、貴女が“悪役令嬢リュシエンヌ”役をやったのではなかったの?」
「ええ、そうなると公演毎に出演しなければなりませんから指導のみとさせていただきました」
「さぞやスパルタ指導だったのでしょうね」
「フフッ、看板女優はとても根性のある娘で躾け甲斐がありましたわ」
「まあ本物から教えてもらえるのですもの。その娘は得をしましたね」
「マザー、貴女はどこまで知っておられるのですか。貴女は一体何者なのですか」
「フフッ、私も貴女と同じ元悪役令嬢よ。私の使命は貴女たちを育てること。それが私なりの償いなの」
そう言ってマザーは遠くを見る。マザーは不思議な人だった。マザーについて知っていることは、四十五歳であること、未婚であること、紅茶が好きなこと、十五歳の時に赤子を一人授かり、子が十五歳になるまで育てたこと、そして三十歳の時にリュシーを授かったこと、それくらいだった。紅茶を一口飲んだマザーはリュシーに向き合って言う。
「そういえば、また貴女に依頼が来たのよ」