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数日後、マザーは紅茶を飲みながらリュシーに言った。


「リュシー、先日の奉仕活動は順調だったようね。さっそく次の依頼が来たの。誰でも良いから手を貸してほしい、ですって」


次の日、さっそく依頼主を訪ねるとそこは騎士の駐在所のようだった。多くの人が忙しそうに事務仕事をしている。しかし美しすぎるリュシーの登場に男たちは目を奪われている。


「待っていたよ!私はこの事務所の所長補佐だ。なにぶん人手が足りなくてね。こっちでこの書類を封筒に入れる作業をしてくれないか。ちょっと私は現場に出る用があるから何かあれば周りの者に聞いてくれ」


挨拶もそこそこに仕事を渡してきた男が今回の依頼主のようだ。リュシーは言われたとおり大量の封筒に書類を入れ始める。ちらりと書類に目を通せば国からの調査票だった。各地の盗難、事件、また魔物の出現に関する状況報告を求める調査票で、ここからさらに点在する駐在所へ送り状況を記入してもらい、その書類の不備をチェックしてまとめて国へ報告するのだろう。その調査票は様式が曖昧で実に記入しにくそうだった。


「なんて美しくない様式なのかしら。記入しにくい上にまとめにくい、時間を食う書類ね」


リュシーは“生成”と詠唱し自分の腕を増やすと超高速で書類を封筒に入れていく。もちろん適当に入れているのではなく正確かつ美しく紙を折り封をしていく。あっという間に仕事が片付いていく様子を皆、二度見三度見しながら感嘆の声を上げた。


「君、凄いな。一体どこから派遣された事務員だい?魔法が使える人が地方にいるなんて」

「私はこの度、ご依頼いただきましたレンタル悪役令嬢(ラスボス級)ですわ」

「ラスボス!?なんだか凄い名前だね。私はここの所長をしている者だよ。君にしてもらおうと思っていた仕事はもう終えてしまったのだね。どうしようか…」

「差し支えなければお聞きしたいのですが、この大量の調査票のせいで皆様、忙しくされていますの?」

「恥ずかしながらそうさ。十五年前に魔王が召喚されてから魔物が増えてしまってね。魔王自体は封印されたがまだ余波が残っているのか小物が湧いてくるのだよ。現国王になってから各地の状況を詳細に把握したいと調査票が送られてくるのだが…これが曲者でね。今まで事務作業なんて無縁だった者たちが多いものだから記入に手間取るわ、記入間違いも多いわ、各地の状況をまとめるのも大変だわ、そもそもどうでもいい情報まで書かなくてはいけないし…で、この有様さ。残業が続くと皆から不満が出て頭を悩ませていることろだ」

「なるほど。まあ私も責任を感じるところではありますし、その問題、私が解決してみせましょう。少々お時間をいただきます。あちらの会議室をお借りできますか」

「ん?何か手伝ってくれるのかい。まあ今は頼みたい仕事もないし、しばらく休憩してくれ」


リュシーが会議室へ入ると同時に大量の封筒と書類が宙を舞って会議室へ吸い込まれていった。そして時折パアアッと部屋から光が漏れる。そのたびに皆が会議室を二度見、三度見しながらお互いに目を合わせて首を傾げた。


ガチャ


「おお、もう出てきたのかい。まだやってもらいたい仕事はないよ」

「ええ、もう今日する仕事はありませんわ」

「えっ?」

「ですから皆様、今日の事務作業は終わりました。今後もこのような煩雑な調査票は無くなるでしょう」

「えっと詳しく…」


まずリュシーは会議室に入って数分で記入しやすく、まとめやすい簡易様式を作成し国の中央本部に“転移”した。驚く担当者とその上司を会議室に拉致し新様式でも十分に知りたい情報が得られること、また重要な案件を除いて頻度を下げることを約束させた。さらには新様式の書き方を説明をする担当者の“ホログラム”を生成し各地に“転送”した。そして実際に新様式の報告書をその場で書いてもらい貰い受け、まとめた書類を中央本部に提出したのだった。


「ということですのでしばらくは調査票に関する事務作業はありませんわ」


うおおおおお!と皆が喜んだことは言うまでもない。


-----


「ただいま戻りました…って人が少ない!」


所長補佐が事務所に戻ってきた時、夜勤の者を除き大半が帰ってしまっていた。


「それでは私はこれで失礼いたしますわ。レンタル悪役令嬢(ラスボス級)をご利用いただきありがとうございました」


残っていた所長から事の顛末を聞いた所長補佐は意味の分からない展開に驚き呟いた。


「一体彼女は何者なのだ。彼女の使った魔法の数々が事実だとしたら“ラスボス”と恐れられた悪役令嬢リュシエンヌ嬢の再来なのでは…」


----


「リュシー、お客様よ」


二件目の奉仕活動が終わった一週間後、あの育児に追われていた母親が子供と夫を連れてやってきた。


「リュシーさん、どうしても直接お礼がしたくて来たの。夫までお世話になって本当にありがとう」


顔色が良くなった母親が夫を紹介する。


「妻と子供たちが大変お世話になりました。それに仕事も。リュシーさんが来てから事務作業が驚くほど軽減されて早く帰宅できるようになったのです。こうしてしっかり休日も取れて…本当に感謝しています」

「まだぎこちないけれど家事と育児も積極的にやってくれているの。最近ようやく“家族”って感じがしてきたのよ。本当にリュシーさんのおかげ。ありがとう」


彼女の夫は駐在所勤務だったようだ。結果的に目の前の家族が幸せになったのであれば奉仕した甲斐があったというものだ。


「おねえさん、“悪役令嬢”やってよ」


子どもが無邪気に言う。リュシーはその豊かな金色の髪を靡かせ居丈高に言い放った。


「オーホホホ!これくらい朝飯前ですわ!私は悪役令嬢(ラスボス級)ですもの」


まるで本物の悪役令嬢のようなリュシーを見て、子どもは目をキラキラさせる。


「やっぱり悪役令嬢ってカッコいい!ぼく、次は勇者役じゃなくて悪役令嬢役がいいな!」


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数日後、リュシーはお礼に貰ったチケットで観劇をしに王都まで来ていた。会場に着くと美しすぎるリュシーに皆チラチラと視線を寄越す。そうして始まった劇は子どもが読んでいた『英雄と聖女ものがたり』だった。婚約者である勇者ウィリアムに一方的に好意を寄せていた悪役令嬢リュシエンヌは、異世界から来た聖女ユーナに勇者を取られると考え、聖女を虐め婚約破棄されてしまう。怒り狂った悪役令嬢は禁術を使い魔王を召喚するも勇者ウィリアムと聖女ユーナによって封印されてしまう。魔王を召喚した悪役令嬢は処刑されて世に平和が戻るという内容だった。


「フフッ、面白い劇だったわ。だけれども嘘はいけないわ」


お見送りの役者たちを一目見ようと足早に会場を後にする人たちの波に逆らってリュシーは奥へ向かう。“探索”を使い演出家らしい男を捕まえると劇の一部を変更するよう丁寧に脅す。急に拉致されて縮こまって怯えていた男はリュシーの姿を見た瞬間に目を輝かせた。


「波打つ金色の髪、強い意志を宿した赤い瞳!君こそが悪役令嬢リュシエンヌ役に相応しい!」


そうして内容を大幅に変更された劇は大人気となった。


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