【番外編】トイフェルは見た。真実の愛 編
僕はトイフェル。こう見えても上級魔族だよ。今日は魔王…じゃなかった女帝リュシー様のお使いでリュシー様の知り合いに届け物をしにきたんだ。
都市からそう遠く離れていない雑木林の中にあるのだけれど人に見つからないように魔法がかけてある。普通の人は辿り着けないんだ。
この魔法をかけたのはリュシー様だけど僕はこの手の魔法に強いから迷わずに行けるんだ。
やってきたのはひっそりと佇むこじんまりとした一軒家。入り口に近付くとまた結界に弾かれる。ここまでする必要ある?彼らは死んだことになっているし誰も訪ねて来やしないのに。リュシー様曰く、防音も兼ねた結界で特定の人だけが通れるようにしているんだって。
結界も解いて中に入ってドアをノックする。
「は〜い!少し待ってくださる?」
イヴ様の声だ。イヴ様は帝国の王妃様だった人。リュシー様の姉上にあたるそうだ。全然似ていないし、なんならリュシー様の方が年上に見えるけれどね。割と時間が経ってからガチャガチャと色んな音がしてやっとドアが開く。
「リュシーから聞いているわ。トイフェルくんね。お待たせしてごめんなさい」
イヴ様が出てきた。僕は幼く見えるけれど人間なんかよりずっと長生きだから僕の方が年上だと思う。でも、くん付けで呼ばれるのは可愛い感じがするから好き。
「リュシー様からお届け物…だよぉ」
そう言って中へ入ろうとすると、扉にジャラジャラとパドロック(南京錠)が見えて一瞬言葉に詰まってしまった。なんなのこの家。狂気を感じる。ゾクゾクするんですけど。
リュシー様からの荷物を下ろしてイヴ様に中身を見せる。黒い台に乗った水晶のような物と、小さい鏡のようなもの。なんだろうこれ。渡せば分かると言われただけで、用途は聞いていない。
「あら〜!リュシーに頼んでいた物が出来たのね。嬉しいわ!」
僕が持ってきた物を見てイヴ様は花が綻ぶように笑う。イヴ様は薄い桃色の髪に澄んだ空のような瞳の小柄でタレ目な可愛らしい人間だ。魔族から見ても庇護欲をかきたてる人間だと思う。ま、僕も同じくらい可愛いけどね。
だけど僕は知っている。イヴ様は僕と同じにおいがする人間だということを。帝国を僕たちが攻め落とした時、イヴ様は愉悦に顔を歪ませていた。嬉しくて仕様がないとでもいう風に。自分の国が攻め落とされているのにね。特に身動きできないように拘束されたイヴ様の夫である元帝王を見たイヴ様の顔といったら。僕、イヴ様の気持ちが手に取るように分かったよ。ああ、最高!ってさ。
さっさと帰っても良かったんだけれどイヴ様に勧められてお茶を飲む。その間イヴ様はいそいそと僕が持ってきた水晶みたいな物をどこかへ持って行った。しばらくして戻ってきたらイヴ様は僕が持ってきた手鏡のような物を覗いて「映して」と言う。そうして物凄く嬉しそうに鏡を見ている。
「ねぇ、それは何をする物なの?」
僕が聞くとイヴ様は嬉しそうに「見てみます?」と手鏡を見せてくれた。
そこには何か映し出されている。暗い部屋に…椅子に座った人?目隠しをして腕は椅子の後ろに隠しているのか…いやもしかして腕を縛られている?もしかして何かの拷問?
僕がジーッと見ているとイヴ様が横から鏡を優しくトントンと叩く。すると映し出されていた物が大きくなった。
「拡大もできるのよ。本当に素敵ね!」
拡大された映像を見てみると耳にも何か付いている。遮音の何かかな?
「拷問してるのぉ?」
僕はイヴ様に尋ねる。そうだとしたら僕も混ぜてほしいなぁ。
「拷問ですって?なぁにそれ。そんなことしないわ」
僕の問いにイヴ様は目を丸くして笑った。
「彼にはもう私しか見てほしくないの。私の声だけを聞いてほしい。それこそが真実の愛よね」
恍惚の表情でイヴ様は語るけれど、僕には監禁としか思えない。鏡に映る愛しい人の映像を見ながらうっとりするイヴ様の話を聞いて、僕はやっと理解した。
イヴ様がリュシー様に頼んでいたのは閉じ込めた愛しい人を監視できる道具。そしてその愛しい人は僕という他人が訪ねてきたから閉じ込められていて、僕の声が聞こえないように、そして出られないように拘束されている。
ああ、玄関のパドロック(南京錠)も、外の結界も、この家に辿りつかないように周辺にかかっている阻害の魔法も、外からの侵入を防ぐためだけではなくて愛しい彼が逃げ出せないようにするためにあるのか。
きっと彼女だけは外の世界と行き来できて、愛しい彼は出られない仕組みになっているのだろう。
目の前のどう見ても無害そうな可愛い人間を見る。その目の奥にはとんでもない狂気が隠れているようだ。何が彼女をそうさせたのか。そういう狂気、嫌いじゃないけど。当て馬にされる前にさっさと帰ろうっと。