13
「リュシー様」
二人だけになった広間でヴィロがリュシーを見る。
「何かしら、ヴィロ」
「今は二人ですからディアヴォロスとお呼びください」
「フフッいいわよ、ディアヴォロス。それで?要件は何かしら」
「リュシー様はあの男に未練があったのですか」
「あの男?ウィリアムのことかしら」
「そうです」
「何故それを貴方に答えなければならないの?」
「…知りたいからです」
「ふうん。では、教える見返りにこれと同じような髪飾りを見つけて頂戴」
「…何故その髪飾りにこだわるのです。あの男から貰ったものだからですか」
「ディアヴォロス、私が聞いているのは同じような髪飾りを用意できるのか、できないのか。それによって解答するかしないかが決まるわ」
「必ずやそれ以上の物を贈ります」
「フフッ、良かったわ。この髪飾りが壊れてしまって困っていたのよ。壊したのは私だけれど」
そう言ってリュシーは壊れた髪飾りをヴィロに渡す。
「さて質問に答えましょうか。まずウィリアムに未練があるのかと聞いたわね。私はリュシアンヌの時からずっとウィリアムに対してイライラしてきたわ。王族というだけで私より立場ある彼に。でもその感情故に私は間違った選択をしてしまって私は死んだ。リュシーになってからもウィリアムが前世の私を側妃として利用しようとしていたことを知って物凄く腹ただしい思いをしたの。私に何もかも劣るウィリアムが私の運命を左右できるという事実が許せなかった。でもイヴの話を聞いて思ったの。イヴは言ったわ。愛するがゆえに憎いと。それを聞いて私の中に一つの可能性が生まれた。もしかして私はウィリアムのことが好きで、それ故に感情が揺さぶられるのでは、と。それを裏付ける証拠も一つあった。この赤い髪飾りよ。ウィリアムに貰ったこれを私は前世で愛用していた。そして今世でも。もちろんウィリアムが直接選んだわけではなくて側近たちが用意して贈ったのでしょうけれど。ウィリアムはこの髪飾りを見ても何も気づかなかったようですし。
そこで実験してみたの。ウィリアムに貰った髪飾りで彼を殺そうとしたら私は何を思うのか」
リュシーは可笑しそうにフフッと笑う。
「結果は見ての通りよ。彼に対して何の感情も出てこなかった。むしろ純粋に髪飾りが壊れたことが悲しかった。この髪飾りはね、ウィリアムから贈られたから大事にしていたわけではなく、単に使い勝手が良かったから愛用していただけなの。だから単純にこれと同じような機能を持った髪飾りが欲しいのよ。これで二つ目の質問にも答えられたかしら」
----
こうして魔国、帝国、そして祖国を乗っ取ったリュシーは大帝国として近隣の国々をも掌握し、この世で最も権力のある女帝となった。女帝となってからもリュシーはたびたびマザーのいる教会へ転移してやってくる。マザーは紅茶を飲んでいた。
「リュシー、久しぶりね」
「あら?マザー、素敵なルージュですね」
マザーの唇にはボルドーワインのような色のマットなルージュがのっている。リュシーはマザーに勧められて紅茶を一口飲む。
「フフッ、ありがとう。貴女のルージュも素敵よ。あまり見かけない色だけれどローズかしら?あら、バレッタの色と合わせているのね」
「ええ、以前依頼を受けた商会で開発してもらった新作です。魔国産の植物から出る色素を使っていますの。そういえばこの紅茶はその商会の紅茶ではありませんね。とっても美味しいけれど初めて飲む味ですわ」
「ええ、これも魔国産よ。私がずっと前から好きだった味よ。ところでイヴから聞いたわ。レンタル悪役令嬢(ラスボス級)として完璧な仕事をしてくれたと」
そういうとマザーは優しい目でリュシーを見る。
「貴女は女帝となったわけだけれど奉仕活動はまだ続けるつもりかしら」
リュシーは穏やかな笑みを浮かべて答える。
「ええ、もう依頼人はいないけれど。これからは私の意志で世のため人のためを想って奉仕させていただくわ。悪役令嬢(ラスボス兼女帝)のリュシーとして」
-----
その後、女帝リュシーは魔王から奪い取った寿命で長く君臨しその能力を存分に使い民に尽くした。しかしリュシーの死後、大きくなりすぎた帝国を統治できるような者は現れずいくつかの国に分かれたという。しかし、それらの国で変わらず共通したものがある。ルージュの種類である。特に人気なものは、マザー(ボルドーワインのような色でマットな質感)、イヴ(鮮血のような鮮やかな赤色でツヤがあるシアータイプ)、そしてリュシー(魔国産の植物で作ったローズのような色のメタリックタイプ)であり、悪役令嬢シリーズとして人気を博したという。
本編は終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました。
今後は番外編を追加する予定です。