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コンコン、コン、コンコン、コン


過去に想いを馳せていた帝王は自室を独特なリズムでノックする音で我に返る。誰のノックか理解した帝王は笑顔でドアを開けた。


「朝食ができましたよ。今日はスペシャルメニューなの。一人で作ったのよ」

「ああ愛しのイヴ、ありがとう。今日は何かの記念日だったかな?」

「フフッ、いいえ。今日はこれから記念日になるのよ」

「ほう、それは楽しみだね」


二人きりで朝食を食べ終わった頃、にわかに外が騒がしくなる。


「帝王、王妃様!大変です!何者かがこの城に攻め入ってきました!」

「なんだと!どこの国だ!どこから入ってきた!」

「それが見たことのない七人の男で、しかも突然現れて…!」

「なんだって!?転移か?しかしこの世界でそんなことができる人間は限られている。…まさか!魔族か!?そんなわけない!魔族を動かせる魔王はかの国に封印されているはずだ!」

「とにかくお逃げください!男たちは帝王の座を明け渡せと言っています!」

「くっ、仕方がない!一度退避して体制を整える!イヴ!早くここから出よう!イヴ…?」


そこには手鏡を見ながら鮮やかな赤い口紅を塗っているイヴがいた。


「フフッ、似合うかしら」

「こんな時に何を…!」

「私、実はこういう真っ赤なルージュに憧れていたの。童顔には似合わないなんて言われるけれど、こういうツヤのあるシアータイプのものなら似合うと思って。フフッ、貴方は知らなかったでしょう?私が本当に望んでいるものを。大丈夫、貴方は殺させやしないわ。貴方の命は私が貰うの。ずっと一緒よ」

「くっ、なんだ!?力が入らない…」

「私が作った朝食、美味しかったでしょう?私の愛を込めたのよ。薬と一緒に」

「なっ!…イヴ…なぜ…」


そうしてイヴに手を伸ばし意識を手放した帝王を見下ろしながらイヴは困ったように頬に手を当てる。しかしその表情は歓喜に満ちていた。


「フフッ、これでやっと貴方は私のもの。もう離さないわ」


----


時はさかのぼり、イヴとリュシーが会った時、イヴからリュシーへのお土産とお願いは次のものだった。


「さあ私からのお土産を渡すわ。ここに私が集めた貴女の国の全ての貴族の弱みをまとめた資料があるの。そして()()()()も。これを貴女に渡すわ。ねえリュシー、私は幸せに見えるかしら。悪役令嬢として死んだ私が今世でようやく真実に愛する人と結ばれてハッピーエンドといったところよね」


イヴはいつものように頬に手を当てて困ったように笑うがその目には狂気が宿っていた。


「フフッ、アハハハハ!私の心を踏みにじっておいて何か真実の愛かしら!母が死んで突然現れた父や義母、義妹に虐げられていた時、私の希望は彼だけだった。だけど彼から届いた手紙には私の悪役令嬢としての噂を鵜呑みにして、たしなめることしか書いていなかったの。彼のことを愛していたわ。だからこそ私の心を踏みにじった彼が余計に憎かった。私の()()だった彼は帝国の犬に成り下がっていたの。私の馬車に細工がなされていたことは数日前から知っていたわ。私の母もそうやって死んだから。回避しようと思えばできた。でも思ったの。彼を一番苦しめることは何かって。そして思いついた。あの時、私を信じていれば私は死ななかったと後悔させるために死んでやろうと」


そこで一息ついたイヴは可愛らしく首を傾げた。


「でも予想外だったのは私が転生したということ。リュシーもそうだったのでしょう?」

「…ええ、白い光に包まれた何かに使命を下されて」

「私もそうだったのよ。“哀れな娘よ、お前にもチャンスをやろう。ただし十五歳まで奉仕して生きよ。十五歳になったらお前の望む相手と会わせてやろう。その後はお前次第だ”って。そうして彼と再会したわけだけれど、彼はやっぱり帝国の犬でイライラしたわ。私を閉じ込めて守っているつもりなのでしょうけれど、私の愛は違う。私は完全に彼を独占したい。私以外のことを考えられないようにしたい。彼の心を占めているのは帝国よ。そんなもの()()()()の。彼の命は私次第、そんな質素で穏やかな人生を歩みたいだけなのよ。これが私の依頼。どうか頼まれてくれるかしら」



こうしてイヴのお土産を持ち帰ったリュシーは数カ月後にヴィロを含む7人の上位魔族を従え一夜にして帝国を落とした。帝王と王妃はその場で首を取られたとされているが、その事実は定かではない。


一夜にして帝王となったリュシーはその日のうちに祖国も掌握した。リュシーの傍にはヴィロと、ヴィロが呼んだ上級魔族のトイフェルが付いている。他の五人の上級魔族は各々の得意分野を活かしてこの国掌握のために動いているはずだ。そしてリュシーの前には傀儡となった国王ウィリアムと、王妃ユーナがいる。国王ウィリアムはボーッとしており、反対にユーナは髪を振り乱して命乞いをしている。その頬はげっそりとこけていた。


「ああああああ!リュシエンヌ様!ごめんなさい!ごめんなさいいいいい!命だけは、どうか命だけはああああ」

「フフッ、ユーナ様は私をリュシエンヌと呼ぶのですね。まあ事実ですけれど。今はリュシーとお呼びくださいな」


リュシーの言葉も聞こえないほどユーナは錯乱している。


「本当にしようがない人。“沈黙”。私の話を聞きなさい」


ユーナの口が閉ざされる。怯え切って床に丸まっているユーナはなんとかリュシーを見る。


「ひとつ、私は貴女を憎んでいませんわ、ユーナ様。貴女のせいで死んだとも思っていません。私が、リュシエンヌが愚かだっただけ」


リュシーは屈んでユーナと目線を合わせる。


「ユーナ様はただのお上りさんだもの」


リュシーはちらりとヴィロを見る。ヴィロは一つ頷くとユーナの見えないところで国王の精神干渉を解いた。我に返って状況を飲み込めず大声を出そうとするがリュシーは王妃だけではなく国王にも“沈黙”の魔法をかけている。ユーナだけが国王が正気に戻ったことに気づいていない。


「ユーナ様、一つ聞いておきたいの。貴女はウィリアムを愛している?彼と一緒に死んで来世を共にしたい?」


パンとリュシーが手を叩き、カサカサの唇が解放されたユーナは回らない頭でなんとかリュシーの問いを理解する。そして壊れた人形のようにブンブン頭を振った。


「いいえ!いいえ!確かに好きでしたけれど、それはその状況に酔っていただけです!あんな倫理観の欠如した人、好きでもなんでもありません!」

「ユーナ!」


真実の愛で結ばれたはずの王妃に拒絶されたウィリアムは悲痛な声でユーナを呼ぶ。ユーナは一瞬ハッとしてウィリアムを見たが、すぐにリュシーを見る。その目は血走っていた。


「倫理観の欠如ねえ。貴女がそれを言うの?フフッ、可笑しい人ね。では元の世界に帰りたい?」

「はい…!はい!帰りたいです!私の世界に!私の現実に!」

「ユーナ!どういうことだ!何が起きているんだ!」

「うるさい!ウィリアムは黙って!悪いけど貴方と共倒れになる気はないわ!」

「ユーナ…!」


ウィリアムが絶望した表情で膝をついた。その様子をリュシーはジッと見る。そのリュシーの横顔をヴィロが見ていた。


「…良いわ。ユーナ様の依頼、レンタル悪役令嬢(ラスボス級)の私リュシーが叶えてさしあげましょう。お布施は…そうねえ。貴女の持っている老人の園の権利をいただける?知り合いがいるの。あの人たちが安心して暮らせるよう尽力するつもりよ」


そうしてヴィロが用意した契約書にユーナがサインし、縋るようにリュシーを見る。リュシーはユーナに向き合うと最後の言葉をかけた。


「あちらの世界でお幸せに。“転移”」


ユーナの周りを光が取り囲み、目の前から消えてしまう。全ての光が消えた後、リュシーがボソッと呟く。


「無事に転移できればの話ですけれど」


リュシーは異世界がどこにあるのかなんて知らない。ただユーナの記憶の中にある場所へ転移させただけのこと。それが上手くいくかはリュシーでも分からない。

リュシーがユーナの行く末を思い薄く笑っていると、声も出さずに尚も絶望しているウィリアムにヴィロが声をかけた。


「さて、元国王様にも消えていただきましょう」

「ヴィロ、待ちなさい」


それを止めたのはリュシーだった。言いながら髪から赤い髪留めを外す。リュシエンヌだった頃、ウィリアムに貰ったものだ。


「私にやらせてちょうだい。“浮遊”、“攻撃”」


リュシーの赤い髪留めが浮遊したと思った瞬間、ウィリアムの頬すれすれを通り壁に壁にめり込んだ。


「ひいっ!!!」


リュシーはツカツカとウィリアムに歩み寄る。怯えて後ずさるウィリアムの頬にそっと手を伸ばしたリュシーはウィリアムを通り越して壁にめり込んだ髪留めを回収する。


「ああ、壊れてしまったわ…」


ウィリアムのことなど視界に入っていないリュシーは心底残念そうに言った。しかし次の瞬間にはいつもの居丈高な態度に戻り指示をする。


「もういいわ。トイフェル、連れていきなさい」

「はあい」


トイフェルは子供のような姿をした可愛らしい見た目をしており普段は穏やかなのだが、七人の上級魔族の中で最も残虐性を持つ者だと聞く。国の掌握にあたってはできるだけ余計な犠牲を出したくなかったのでトイフェルはリュシーの傍に付けていた。幸いウィリアムに抵抗する気力はなく、トイフェルに引きずられるようにして連れていかれる。もしウィリアムが無駄な抵抗をしようものならトイフェルは嬉々として制裁を加えるだろう。




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