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それは清々しい朝のことだった。教会から出てきた亜麻色の髪と翡翠のような瞳をしたシスターは、()()キラキラと光る籠を見つけてしまった。


「あら、悪役令嬢のお出ましね」


-----


【レンタルできます!悪役令嬢(ラスボス級)】


あれから十五年が経った。シスターは上記の文句が書かれたチラシを教会の前に貼る。十五歳になったリュシーを世に放つためだ。


「良いわねリュシー、私たちシスターは世に奉仕しなければならない。私たちの生活のためにお布施は頂戴するけれど、世のため人のためを思って奉仕しなさい」

「はいマザー」

「良い返事よリュシー。さっそく依頼が一件あります。毎週礼拝に来られているご婦人からの依頼よ。励みなさい」


-----


「おかーさまー!抱っこしてー!」

「ほぎゃ、ほぎゃあああ!」

「待ってちょうだいな!お母さまは一人よ、順番にさせて」


幼い子供二人を抱えた母親は疲れた顔をしている。このどうしようもなく忙しい時間帯に来た派手な見た目の少女は誰なのだろうか。


「貴女は誰?」

「私は貴女の義母様から依頼されましたレンタル悪役令嬢(ラスボス級)のリュシーですわ」

「レンタル悪役令嬢?」


母親は疲れすぎて幻覚でも見ているのだろうかと考える。下の子が夜中に何回も起きて寝不足だからさもありなんと何度か瞬きして見てみたがやっぱりいる。金色の波打つ豊かな髪に赤い髪留め、陶器のような滑らかな肌と眩いほどの美貌、そして髪留めと同じ燃えるような赤い瞳を持つ少女が。着ているのは地味な修道服なのにそれすらも高価なドレスに見えてしまう。


「お義母様の知り合いなのね?申し訳ないのだけれど見てのとおり手が何本あっても足りないほど忙しいの。できれば出直していただけると…」

「手を増やしたいのね。お安い御用よ。具体的に指示してくださる?」

「えっ、いや何が…?ええと、上の子を抱っこしてあげたいし、下の子はオムツを替えてあげて乳を含ませてあげたいから手が足りないという意味なのだけれど…」

「では計4本の腕があれば事足りるかしらね。“生成”」


リュシーの短い詠唱によって母親の身体が一瞬光り、次の瞬間には()()()()になっていた。


「っ!?!?!?」


子どもを驚かせまいと必死に叫び声を飲み込んだ母親だったが自分の身体に生えている四本の腕を見て、やっぱり幻覚かなと考える。しかし母親は忙しく、利用できるものはなんでも使いたい。よろしい幻覚ならば利用させていただこう。


「さあ、こちらにいらっしゃい」


母親はさっそく二本の腕で上の子を抱きしめる。子供は母親に生えている四本の腕に一瞬戸惑った表情をしたが、母親の穏やかな笑みを見て嬉しそうに膝の上に座る。次はオムツ替えだ。と、ここでオムツが遠くにあることに気付く。一度上の子にどいてもらおうか、こんなとき腕が伸びたらいいのに…そう思った瞬間、三本目の腕が伸びてオムツを掴む。え、すんごい便利。


「もちろん自分の意志で伸び縮みできますわよ」


リュシーの言葉に母親は真顔で「すごーい」としか返せない。三本目と四本目の腕を使って無事に下の子のオムツを替えて乳を含ませる。しばらくすると上の子は満足して母親の膝から降り一人で積み木をし始めたし、下の子はとろとろと目を閉じ始めた。いつもはベッドに寝かせたとたんに泣いてしまうが四本の腕があればベッドに子供を寝かせながら同時に他の手でお腹や胸をトントンすることができ、一発で寝かしつけに成功した。奇跡である。


「本当にありがとうございます。あの、魔法ですか?凄いですね」


すやすや寝息を立てる下の子を確認してから母親はリュシーに向き合う。確かにこの世界には魔法が存在するが使える人は本当に少ないし半分おとぎ話だと思っていた。幻覚かと思ったが実際に四本の腕は使えたし、いつもよりスムーズに事が進んだ。きっと魔法使いなのだろう。


「フフッ、これくらいお安い御用ですわ」


リュシーはツンとした表情で返事をする。その居丈高な態度は確かに“悪役令嬢”のようだったが母親にとっては救世主であった。


「お母さま、この絵本よんで」


積み木に飽きた上の子が絵本をもってくる。夫が買ってきてくれた最近流行りの絵本だ。


「むかーし昔、というほどでもない昔のこと。この国に悪役令嬢がおりました。悪役令嬢は魔王を召喚しこの世界を滅ぼそうとしました。人々は逃げまどいましたが…」


この絵本は実話をもとにした本だ。この世界は十五年ほど前に魔王が出現し崩壊しかけた。この国の英雄ウィリアムと聖女ユーナによって事なきを得たが、魔王出現の恐怖は今もなお人々の心に影を落としている。魔王を倒した“時の英雄”は国王、“聖女”は王妃となった。魔王を召喚した“悪役令嬢”は国王の元婚約者であったリュシエンヌ嬢といわれ、彼女をモチーフにした絵本の“悪役令嬢”は金色の髪と赤い瞳をしている。


「そうして悪役令嬢と魔王を倒した英雄と聖女は結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ」

「お母さま、悪役令嬢と魔王こわかったね」

「そうね、悪いことをしてはいけないわね」


絵本の内容を聞いていたリュシーは可笑しそうに笑う。


「フフッ、実に興味深い絵本ですわね。ねえ、私と英雄ごっこをしましょうよ。私が悪役令嬢、あなたが英雄ね」


リュシーが子どもを遊びに誘う。


「貴女はその間に眠っては?寝不足なのでしょう」


リュシーは母親に提案した。


「え…でも」

「心配なさらないで。お布施は貴女の義母様から既にいただいておりますの。今日一日、私をレンタルできますのよ」

「それなら、少しだけ眠らせてください」


実のところ母親は心身ともに限界だった。毎日毎日細切れ睡眠でなんとかやっていたが本当は眠たくて眠たくて仕方がなかった。上の子がリュシーと楽しそうに遊んでいるのを見ながらいそいそと下の子の横に転がる。すぐに夢うつつとなった。二人の遊ぶ声が聞こえてくる。


「オーホッホホホ!聖剣も聖なる力も私には効かなくってよ!(小声)」

『彼女、悪役令嬢役がとっても上手…子供が本当に喜んでいるわ…絵本と同じ金色の髪に赤い瞳で…本物の悪役令嬢みたい…』


次に母親が目を覚ました時、既に夕飯時を迎えていた。十五分ほど寝させてもらうつもりが数時間寝ていたらしい。ハッと横を見ると上の子も一緒に寝ていた。いつもは下の子もすぐ起きてしまうのだが横に母親のぬくもりがあったせいかぐっすりと眠っている。こんなに存分に寝たのはいつぶりだろうか。リュシーを探すと台所で料理を作っていた。


「あら、起きたのね。夕食を作っておいたわ。下の子は何が食べられるか分からなかったから夕食に使った材料を細かくして煮てあるから好きなものをあげてくださる?」


机に並べられた料理は我が家にあった食材を使ったようだが、まるで高級料理のような品の良さに母親は驚きを隠せない。


「貴女がこれを…?料理の腕まで凄いのね」

「マザーに仕込まれたのよ。あの人、食事にうるさいの」


実際、マザーは人使いが荒くリュシーは物心ついた頃から家事全般を仕込まれた。それもまるで王宮のように一流でないといけないと言われ限られた予算の中で王宮風にどこまで近付けるか試行錯誤の日々だった。リュシーは前世を含め家事などやったことがなかった。そのようなものは使用人にさせればよいと思っていたし、自分以外の人間は全て劣る者だという傲慢な考えの持ち主だったので、なぜ私がこんなことをしなければならないのかと思いながら必死で頑張った。十五歳になるまで何の能力も持たなかったリュシーはそうするしか生きる術がなかったのだ。今では十五歳まで育ててくれたマザーに感謝しているし愛情もある。


「今日は本当に助かったわ。ありがとう」

「御礼なら貴女の義母様に。貴女のことを心配していたそうよ。義母である私が行っては逆に気を遣わせてしまうから、と」

「ええ、お義母さんにも御礼をしなくてはね。貴女は救世主よ。本当にありがとう」

「フフっ、悪役令嬢(ラスボス級)の私が救世主だなんて。私も勉強になりましたわ」


リュシーはフッと視線を落として呟く。

()()()()()()()()世界にはこんな暮らしがあったのね。今世では必ずや世のため人のために奉仕するわ。私なりにね…」


リュシーの陰りを気にせず子供が明るい声を出す。

「おねえさん、また悪役令嬢ごっこして遊ぼうね!」

「フフッ、高くつくわよ?」


リュシーは母親のすっきりした表情を確認してレンタル悪役令嬢(ラスボス級)の一日を終えた。



二日に一回更新を目指します。

次からはできるだけ同じ時間に投稿する予定です。

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