女性にモテモテ? カツラマン!
やあ、諸君。ご機嫌いかがかな?
こちら、正義のヒーロー、カツラマンだ。
……くぅ~! 一回言ってみたかったんだ、これ。そもそも、「諸君」なんてヒーローのためにあるとしか思えない言葉だよなぁ。
こほん。
それはともかく。
もうみんな知っていると思うが、私は正義のヒーロー、カツラマンだ。地球の平和を影から支える「全日本ヒーロー協会」、通称全ヒ協から任命されて、桂町の平和を守る者だ。
私が担当するこの町は、とてもいいところだ。
都市と繋がる電車の駅からはかなり離れているのが玉に瑕だが、都会の喧騒とは無縁だし、空気もおいしくて自然も多い。
なによりも「となりに住んでいる人の顔もわからない」ような都会とは違って、町の人があったかい。別に友人でなくても、町であった人には誰もが挨拶をしたり世間話をしたりするし、夕飯の残り物をとなりの家におすそ分けしたりもする。近所のおじさんが、その辺の子供を叱るのも当たり前だ。町全体が、ひとつの家族のような雰囲気だから、この歳になっても独身で一人暮らしをしているこの私も、少しも寂しさを感じたりしない。
この町に唯一、問題があるとすれば――それは、あまりに平和すぎることだ。「桂町の平和を守る」のが私の役目だというのに、守るまでもなくこの町は最高に平和なのだから、私は自分の存在意義に苦悩してしまうのだ。
事件があったことを私に知らせる秘密兵器「カツラモバイラー」も、しん、と静まり返って鳴ろうともしない。
と、思っていた矢先。
ちゃら~らちゃらら~♪ ちゃら~らちゃらら~♪ ちゃ~らら~ちゃ~らら~♪
鳴り響くは「レッツゴー!! ライダーキック」!
あーっ! か、カツラモバイラーが鳴ってるーッ!
い、いや待てよ。もしかしたらこの間みたいに間違い電話かもしれないぞ。またぬか喜びかもしれない。落ち着け、カツラマン!
この間のようなミジメ~な気分はもうコリゴリだから、しっかり心の準備をしておかなくては。
間違い電話でも落ち込まない。間違い電話でも落ち込まない。間違い電話でも落ち込まない。
よし。
私は、出来るだけさりげないふうに、着信音を鳴らし続けるカツラモバイラーの通話ボタンを押した。
「もしもし、こちらカツラマン。事件ですか?」
「あ、もしもし? ヒーローさん?」
なんと! 今、「ヒーローさん」とおっしゃいました? 私のことをヒーローだと知っているってことは、それはつまりもしかしてえっと……
間違い電話ではない?! もしや初めての、私の出番?!
私はもはや、飛び上がらんばかりだった。けれどそんな様子はおくびにも出さず、努めて冷静に渋い声で応える。ヒーローは常にクールでなければならないのだ。
「……はい。確かに私はこの街のヒーロー、カツラマンです」
「ちょっとお願いしたいことがあるのよ。こっちに来てくれない?」
迷える子羊にそう問われて、断るヒーローがいるだろうか。
私はもちろん、大至急現場に急行した。私の秘密兵器、カツラトルネード2号――という名のママチャリ――にまたがって。
カツラモバイラーで教えられた現場(住宅街のど真ん中だ)に私がたどり着くと、そこには二人のおばちゃ……もとい、ご婦人方が待っていた。眼鏡をかけたひょろりと背の高い人、そしてかなり太……いや、体格のよい人。二人とも、私よりだいぶ年上のようだ。私が、カツラトルネード2号を駆って颯爽と現れると、おしゃべりを中断した彼女たちが厚化粧……じゃない、セレブなメイクの顔を、ぱっと輝かせた。
ヒーローの到着に瞳を輝かせるか弱き女性(一人などは、腕の太さが私の倍以上あるが……まぁ気にしないことにしよう)。うーん、たまらんね、この感覚。
「お待たせいたしました! 私が正義のヒーロー、カツラマンです! お嬢さん方、いかがされました?」
バッチリとポーズを決めて――左手は腰、右手は指をびしっ、と二本立てておでこのあたりに。私が考えて全ヒ協から正式に認証された「カツラマンのポーズ」だ――、私はご婦人方に視線を向ける。白い歯をチラッと見せて微笑みかけることも忘れない。私よりも一回り以上は年上だと思われる彼女たちに「お嬢さん」はさすがに苦しいかと思ったが、せっかくの私の初めての晴れ舞台なのだ、これくらいの演出は許されるだろう。
こういうとき、着ているものがヒーロースーツではなく紫のジャージとTシャツ、というのを恨めしく感じるが、それでもわれながら、かなりかっこよく決まったはずだ。
「暑いのにわざわざ来ていただいちゃってごめんなさいね~。あたくし、山口と申します。困ったことがあるんだけど、聞いてくださるかしら?」
満面の笑みでそう言ったのは、ひょろりと背の高い銀縁眼鏡の女性だった。雰囲気からして、二人のうちでリーダー的な存在らしい。声には聞き覚えがある。私のカツラモバイラーに連絡してきた人だ。
「もちろんですとも! 困っている人を助けるのが、私の、ヒーローの使命ですから!」
「あらまぁ、頼りになるわねぇ」「ほんと、頼もしいわぁ」
私がドン、と自分の胸を叩いてみせると、ご婦人方が歓声を上げる。
素晴らしい。素晴らしい反応だ。
私はしばし陶酔感に酔いしれる。これこそが、ヒーローの醍醐味というものだ。
「ここはあたくしの家なんですけど、あれを取っていただきたいの。酒井さんが困ってらして」
「すいませんねぇ」
山口さんが、視線を上げて指を差した。指し示しているのは傍らの家の、塀の上に突き出した一本の柿の木のようだ。その横で、体格のよい女性がすまなそうに微笑んでいる。この人が「酒井さん」らしい。
「柿の木――ですか?」
山口さんの差すところを覗き込んでみると、枝の隙間から何か赤いものが覗いている。なるほど、あれがご婦人方を困らせている要因か。
「あれは、いったいなんです?」
「それは、その――」
私が尋ねると、酒井さんは急に口ごもってうつむいてしまった。
「やーねー、そんなこと聞くもんじゃないですわ」
山口さんが困ったように言う。
なんと、あれの正体は口にするのもはばかられるようなものなのか。
もしや悪の組織からの脅迫状だったりするのだろうか。いや、あれ自体、柿の木から生まれたモンスターかもしれない!
「了解しました! 安全に留意しながら、至急取り除きましょう!」
そう宣言して、私は高さ2メートルほどのコンクリートの塀に手を掛けた。
「とうっ!」
掛け声をあげて、塀の上によじ登る。おなかが引っかからないかちょっと心配だったが、ふー、何とか大丈夫だった。
「さすがヒーローさん、若いわねぇ」
「いえいえ、これしきのこと」
ご婦人の声援に気をよくしながら、私は柿の木に向かって手を伸ばした。しかし、赤いもののあるところまではあと1メートルほど届かない。
「この秘密兵器、『カツラマジカルステッキ』を使いましょう!」
私は、ジャージのポケットを探って小さな棒を取り出した。
説明しよう! カツラマジカルステッキとは、縮めた状態だとボールペンほどのサイズの銀色の棒にしか見えないが、伸ばすとなんと1.5メートルほどにもなる、スグレモノなのだ!
……そう、学校の先生とかが、黒板を指差したりするのに使うやつだ。ちなみにこれは、駅前の100円ショップで買っておいたものだ。なんだかかっこよくて用もなく買ってしまったのだけど、まさか役に立つ日が来るとは!
カツラマジカルステッキをすちゃっと伸ばし(この時かっこよく音を立てるのがコツだ)、私は再び柿の木に向かった。
よし、秘密兵器のおかげで、バッチリ届くぞ!
ステッキの先が赤いものに触れる。赤いものはどうやら布のようで、柿の木の枝に引っかかっているみたいだった。
しかし、届いたはいいがなかなか厄介な感じに枝に絡まっているらしく、なかなかに外れない。
「破いたりしないでちょうだいね」
下で酒井さんが心配そうな声を上げている。
うむ、そうだ。これは何か大切なものかもしれないし、もしかしたら危険なものかもしれない。傷つけるわけにはいかないぞ。
私は気を引き締めて、身長に作業にかかる。
よし、あと少し、あの端っこさえ枝から外れれば――。
ひゅんっ。
ステッキに引っ掛けられて枝から外れた赤いものは、勢いあまって宙に舞った。
い、いかん、このままじゃ落下してしまう! いったいどこへ?
私がそう思って、思わず上空を見上げた時。
ふぁさっ。
私の視界が、暗転した。
なんと、赤いものが私の顔面に飛来したのだった。
「も、もがもがっ!」
とっさに喋ろうとするが、赤いものに顔を塞がれて息が出来ない。
て、敵の攻撃かっ?! やはり、あの赤いのは新種のモンスターだったのかっ!
「ぷ、ぷはっ!」
「やだ、ヒーローさんたら、すけべなんだから!」
私が辛うじて顔から赤いものを引きはがすと、塀の下で酒井さんが、ふくよかな顔を赤くしながら私の方をにらみつけている。
「へ? いったい何を……」
わけがわからないまま、私は今顔から引きはがした赤いものに目をやった。光沢を持ったその布は、どうやらシルクのようで。
「こ、これは! わわわ……」
その正体に思い当たった私は、思わずそれを手から離してしまった。
私の手から離れ、ふわりと落下した赤い布を、下で見ていた酒井さんがキャッチする。
「もう、恥ずかしいわぁ」
そう言って、ほんのりと顔を赤らめる。
そう、柿の木に引っかかっていた赤いものは――女性用の下着だったのだ。
「酒井さんちの洗濯物があたくしの家の木に引っかかってしまったので困ってたんですの」
山口さんがそう説明する。
せっかくヒーローの出番だと思ったのに、洗濯物だなんて……。あんまりだ。
私ががっくりと肩を落としていることにも気づかず、ご婦人方はほっとしたような表情を浮かべている。
「ほんっと、ヒーローさんって頼りになるわねぇ」
「またお願いね、ヒーローさん」
ご婦人方のお礼の言葉に、私は思わず答えていた。
「何、礼には及びません。私は困った人を助ける、この街のヒーローですから!」
私の言葉に、二人が歓声を上げる。
……ま、まぁ、これも悪くないか。
桂町は、今日も平和だった。