正義のヒーロー、カツラマン!
一話完結の短編連作です。
肩の力を抜いて、かるーく、おたのしみください。
いきなりこんなことを言うと、あなたは驚くかもしれないが。
何を隠そう、私は正義のヒーローだ。
そう、正義のヒーロー。悪と戦って平和を守る、あれだよあれ。
銀色と赤のあの人や、バイクに乗ってるバッタ男の彼や、五色の全身タイツの彼らなんかとは同僚に当たる。あ、いや、同僚ってのは言いすぎか。その駆け出しというか、ずっと下っ端というか……。と、とりあえず、同業なのは確かだ。
まぁ、あの人たちはヒーロー界のヒーローであって、雲の上の存在だが、実際に大多数のヒーローの生活はあんなに華やかなもんじゃない。どの職業にだって上から下までいろんなやつがいるもんだ。
しかも彼らは特別才能があって優秀だから、「地球の平和を守る」だなんて大それたことを言っているわけだが(とはいえ実際は日本という国にとどまっている。アメリカならスーパーマンやらスパイダーマンという風に、それぞれに管轄があるからだ)、私のように平凡なヒーローにはとてもじゃないがそれほどに広い地域などカヴァーしきれない。
というわけで、われら凡ヒーローたちは互助組織である「全日本ヒーロー協会」、通称全ヒ協に加入し、それぞれに担当地域を作って平和を守る活動を続けているのだ。
前置きが長くなってしまったが、私の自己紹介を続けよう。
最初にも言ったが、私は正義のヒーローだ。私の使命は悪と戦って平和を守ること。
管轄地域は、桂町商店街。
私は、商店街を守る正義の味方、カツラマンなのだ!
まだ五月だというのにまるで真夏のように照り付ける太陽の下で、私はふぅふぅ言いながら自転車をこいでいた。
もちろん、ヒーローらしくかっこいいマントとボディスーツを着込んで……というわけではなく、擦り切れた紫色のジャージとTシャツでだ。
知名度があって警察たちからも特別扱いされているあの人たちならともかく、私のような名もないヒーローがヒーローらしい格好で街を歩いていると、悲しいことに警察の方に職務質問を受けてしまうのだ。それに私たちヒーローは悪の組織と秘密裏で戦わなくてはいけないから、あまり目立つわけにもいかない。
そういうわけで、普段は普通の人間に扮していなければならないのが辛いところだ。あの人たちに憧れてこの業界に入った若者たちが、三年もしないうちに辞めていく理由の最たるものがこの掟にあるとかないとか。
まあそれはともかく、今日のように暑い日には、その掟に助けられているという気分になる。実際問題、この暑さの中を全身タイツのヒーロースーツで戦っているあの人たちには本当に頭が下がる。私なんかは、Tシャツ一枚だって暑くて参ってしまいそうだ。
うーん、もう少し体重を減らさないとなぁ。
汗を拭き吹き自転車をこぎつつ、私はそんなことを思う。とにかく体育会系のヒーローにとって、体力の低下は致命的だ。それでなくとも、ヒーロー界は高卒や専門学校卒が多く、私のように脱サラしてヒーローに転職したなんてやつはめったにいないのだ。つまり私にはキャリアもない上に、若さという武器までないのだ。この上、体力までないとあってはこの世界でやっていけるわけもない。
私は、体力トレーニングを欠かさないという誓いを新たにしながら、平和な桂町商店街の街路を、自転車で駆け抜けていたのだった。平和だ。そう、この町は平和だった。
そりゃあまあそうだ。ヒーローになりたての私に、難しい地域は回さないだろう。まずは、難易度の低いところを割り当てて、様子を見たいという全ヒ協の考えはよくわかる。だがそれにしたって、この町は平和すぎた。前に事件が起こったのは1ヶ月以上も前、それも、駄菓子屋から小学生がうまい棒を万引きした、というものだった。
被害額、十円。というかそれって、正義の味方じゃなくておまわりさんの管轄だろ!
今日もきっと、何にもないんだろうなぁ。
私の毎日の仕事は、「パトロール」と称して町を自転車で回るだけ。おかげで、すっかり私は「昼間から何もしないでぶらぶらしてる中年のかわいそうな人」というイメージをこの商店街中の人たちに持たれてしまった。秘密裏で悪と戦うという使命上、そのイメージを真っ向から否定することも出来ず、曖昧な笑みを浮かべてその事実を受け入れるしかないという有様だ。
私は自転車に乗りながら、盛大なため息をついた。
もしやこの地域を担当させられたのは遠まわしなリストラ勧告なんだろうか。職について1年でリストラの対象になるだなんて、よっぽど協会の人に悪い印象でも与えただろうか。
思わずそんなことまで考えていると。
ちゃら~らちゃらら~♪ ちゃら~らちゃらら~♪ ちゃ~らら~ちゃ~らら~♪
私の腰で電子音で作られた『レッツゴー!!ライダーキック』が鳴り響く。私はあわてて自転車を道の脇に止め、腰のポケットを探った。そして、ポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出し、しばしそれに見入ってしまった。
五色のライトを点滅させながら、『レッツゴー!! ライダーキック』を響かせ続けている携帯電話。ただの携帯電話ではない。ヒーローの連絡専用に全ヒ協から支給された秘密兵器「カツラモバイラー」だ!
この担当地域を任され、カツラモバイラーを支給されて一年、これが鳴ったことは一度たりともなかった。ヒーローの持っている通信機器が鳴ったということは、間違いない。事件だ。ヒーローの出番なのだ。
待ちに待った瞬間に、心が震える。このままこの陶酔感に身を委ねていたかったが、あまりに待たせて携帯電話が切れてしまっては元も子もない。この先には困った人が、迷える子羊がいるのだ。
私は震えを押さえつつ、カツラモバイラーを開き、着信ボタンを押す。
「もしもし、こちらカツラマン。事件ですか?」
自分の出せる限りでいちばん渋くてかっこいい声を作り、電話に出る。
受話器から聞こえた、迷える子羊の言葉は、こうだった。
「すみませーん、出前お願いしたいんですけどー」
……間違い電話か!
桂町商店街は、今日も平和だった。