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ティーカップ・ソール家の人々  作者: 森川めだか
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ブルーレタスサンド

ブルーレタスサンド


 その席には見た事もない母さんの孫、ピリオリ、ヤスミンが同席していた。

マクマード、ズーズー、チャンドラーにとっては甥、姪ということになるが初めて知った。

「マクマードもズーズーもありがとね。こんな所まで連れて来てもらって。私には人生の楽しみもなかったけど・・」

もう夜になっていた。観光も終わって、この海の上にあるようなレストランから花火が見えるはずだった。

おばあちゃん、おばあちゃんとピリオリとヤスミンは母さんの傍から離れない。母さんはこの上なく嬉しそうだった。

チャンドラーは塀に寄りかかって煙草を吸っていた。ズーズーとマクマードは近づこうか近づくまいか塀から見ている。

「変な咳をするようになったのよ」

母さんは人が変わったように雷帝の話をするようになっていた。

「あの人も毒にかかっちゃ終わりだね」

ズーズーもマクマードも黙っていた。チャンドラーは納得するように肯いて、

「母さんは父さんを愛していたんだね」

「そうなのよお」母さんは心変わりをものともせず笑った。

ズーズーもマクマードも黙って笑って聞いていた。

ピリオリとヤスミンは四人が話している間はおとなしくしていた。二人とも目配せして笑っている。

「私には人生の楽しみもなかったけど」

母さんは隣に座っているそんなピリオリの髪をクシャッとやった。

「こんないい日が来るなんてねえ」

「母さんの行いがいいからよ」ズーズーはそう言った。

「そうかねえ」母さんは目を斜めにしてズーズーを見た。

「ズーズーはさあ、・・」そう言いかけてやめた。

ズーズーは黙ってしまった。

マクマードもご機嫌を取ろうとヤスミンに笑いかけ、

「母さん似だね」と言った。

「この子たちの母親はよくできててね。私なんかするこっちゃない」

「母さんもそろそろゆっくり休みなよ」今度はチャンドラーが母さんに酌をしながら言った。

飲み慣れないはずだった酒をガブリと飲み、カッハハと渇いた笑い声を母さんは立てた。

「このお酒おいしいわね」ズーズーは横のマクマードに少し小さい声で話しかけた。

うん、と肯いてマクマードも一口飲んだ。何度飲んでも喉が渇いた。

「父さんのことで落ち込んでるかと思ったけど」チャンドラーは一つ大人だ。

「あの時は辛かったけど、私もこの子たちに助けられてね」

今度はヤスミンの頬をツンツンと指でつついた。ヤスミンは声も立てずに笑った。

「私には人生の楽しみもなかったけど」

「母さん、さっき私に何か言いかけたけど、何?」

「ズーズーに?」母さんは驚いたような顔をした。

「何も。そんなこと言ったかしらねえ・・」

「そう。それならいい」

「母さんもボけたかな」チャンドラーが笑いを取ろうとした。一人で笑っていた。遠慮がちにズーズーも微笑んで酒に口を付けた。

「私はまだボけちゃいないよ。ボけられないよ、この子たちに迷惑かけられないもんね」代わる代わるピリオリとヤスミンの顔を見た。

「恥ずかしがってるのかな?」チャンドラーが笑いを収めて二人の顔を見た。

「変なこと教えないでよ」母さんが往年の尖った言い方をした。

「私がボけたらあんたたちの世話になるんだからね」母さんはまた一口酒を飲んで料理をつまんだ。

また怒った、とマクマードは手汗の滲んだ拳を膝の上で握った。何も変わってないんだ。

「このごはん、冷めてるね」

「その方が味が分かるんだよ。こんなに海が近いんだから旨いだろ、母さん」

「まあまあだね。おいしいかい、坊やたち」

ヤスミンは肯いて、ピリオリは「おいしー」と子供っぽい言い方をした。

母さんは二人の言葉を聞かせないようにして、「おいしいって。よかったねえ」と三人の方を向いて通訳した。

よかった、とチャンドラーは酒を置いて肯いた。

「もうそろそろじゃないかな」チャンドラーがさりげなくズーズーとマクマードを呼んで塀の前に立った。

急に母さんが糸を解かれたみたいにピリオリとヤスミンに話し出し、二人も生き生きとそれに応えている。

「俺らは邪魔ものみたいだな」チャンドラーも吸いつづけで疲れているみたいだ。肩をぐいと片方上げて首もひねって海の方を向いた。

「本当に幸せな人だったよ」戦争を経験しないで母さんはその幸福な一生を終えようとしている。

マクマードはまだテーブルに着いている食事が始まった三人をその小さな瞳で見ている。

僕とは違う人生が・・。

「チャンドラー、この頃どうなの」

「うん・・、まあまあだ」

「そっか、マクマードはどうなの」

「僕はそれなりにやってるよ」

「三人ともまあまあか」ハハハと声を立ててチャンドラーは笑った。

母の笑い声の方が高かったが。

「うん・・」何とも言えず煙草を呑んで納得したようにチャンドラーは黙った。

むっくりした背中。

「ちょっと太ったんじゃない」

ズーズーがそう言った時、めんどくさそうにこっちにも母さんが顔を出した。不機嫌な顔を隠そうともせず。

雲は馬鹿にしたようにゆっくり動く。

「花火は?」

「もうすぐさ。子供たちを呼んできたら?」

母は花火は誰と見たか、が大切なんだよ、とかねがね言ってきた。

赤とピンクの花火がついと上がった。ピリオリとヤスミンが歓声を上げておばあちゃんを呼んでいる。

「母さん、私たち母さんに感謝してるわ。父さんの言い方だったら子供を育てるのは母さんの責任みたいだったから」

母さんは仏頂面を崩さずにズーズーの握手に応えた。

やっぱり向こうのテーブルで見るつもりみたいだ。

ピリオリとヤスミンと見たこの日の花火を母さんは語り継いでいくだろう。そこにマクマードもズーズーもいないだろう。

「砂のような雲だなあ」チャンドラーはもう煙草を吸っていない。

それでも潮ざいは止まない。


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