合う合わないの問題ではないと気づかずに
オスニエルとしては、ただカナライアからの挨拶に応じただけのつもりだった。
実際、挨拶より少し長くはなったが、別に話している最中に距離が近すぎた訳でもないし、肩とか腕とかに触れられた訳でもない。
多少、媚び媚びの視線を送られはしたものの、それだけだった。
そうオスニエルは思っていたから、テレサに苦言めいたものを呈されて表面上は分かった風でいたが、実際には納得していなかった。
「そうか。テレサ嬢がそんな事を」
「父上の方が上手くやれる、とまで言われるとな。俺は父を尊敬しているが、さすがにへこむ」
「ああ、それは・・・分かる気がするな」
オスニエルは、王族専用の個室で昼食を取りながら、朝にあった事についてゼンに話していた。
より正確に言うならば、愚痴である。
「だが、テレサ嬢はつまらない嫌味など言う令嬢ではないだろう。言葉はキツかったかもしれないが、それだけ心配したという事では」
「・・・そうだな、そうかもしれない、いや、そうなのだろうが、たかが挨拶で、と思ってしまう自分もいてな」
ここで給仕が個室に入って来た。
空になった皿を下げ、食後のお茶を淹れる為だ。二人は一旦話を止めた。
給仕は手早くテーブルの上を片付け、香り高いお茶が二人の前に置く。そして足早に退室した。
それを見届けたゼンは、カップを手に持ちながら、思い出したように呟いた。
「・・・そう言えば、オスは昔からテレサ嬢とは反りが合わなかったな」
「ああ、そうだったな。苦手とまでは言わないが、相性がどうもな」
オスニエルは、お茶の香りを少しの間堪能してからカップに口をつけた。
「昔、エチに俺の未来の婚約者はテレサ嬢で、しかも仲が悪くて、卒業パーティで俺がテレサ嬢に婚約破棄を宣言するなんて言われた時は『そんな馬鹿な』と呆れたものだ。だが頭の片隅では、もしかしたらと思う自分もいた気がする」
「っ! 私はしないぞ! エチに、こ、婚約破棄を宣言するなんて、そんな事は絶対にしない!」
オスニエルの言葉に動揺したゼンが、勢いよくカップを置いてガチャンと大きな音を立てた。オスニエルは苦笑しつつ続ける。
「ああ分かってるさ、ゼン。お前は変わろうと頑張っている。もちろん俺もだ。だがそれでも、今日はちょっと・・・な」
テレサは最後に、カナライアへの対応にもっと気をつけるようオスニエルに言った。もっと明確に距離を置いた方がいいと。
そこが分からなかった。だって、オスニエルは既にきっちり線引きをしたつもりなのだ。
確かに、ヒロイン問題が解決した事で、オスニエルやシルヴェスタの婚約者を早く選定すべきという意見が出て、一度はその為の婚約者候補がリストアップされた。
けれど、その時になってオスニエルは、欲しいと思う人がいる事に気づいてしまった。手を伸ばしてもいいのではと思ってしまった。
だから、オスニエルは父にジュヌヴィエーヌの事を話しに行った。彼女を求めてもいいかと。そうしたら父は、ジュヌヴィエーヌが望むならと答えたのだ。
ならば、婚約者候補たちが存在する状態ではいけないと思い、元大神官が怪しい動きをしている事を理由に、婚約者の選定時期を元のオスニエルの卒業時に戻して、少し時間を置く事を提案した。
まだリストアップ段階だった事が幸いし、オスニエルの案は議会ですんなり承認された。
候補に挙がっていた令嬢たちの家には、その旨を説明する通知が送られる事になった。その作業が完了したのが、先月の終わり頃だ。
カナライアのいるシャルロ侯爵家にも、既にその通知は届いた筈だ。
だから、カナライアも知っている。もう自分は候補でもないという事実を。
そう、オスニエルはきちんと線引きをした。道を整えた。
後はジュヌヴィエーヌさえオスニエルを望んでくれるなら、そうしたら、いつでもその手を取れるように動いた筈なのだ。だから、オスニエルが最優先すべきなのはジュヌヴィエーヌの心を手に入れる事で。
なのに。
―――国王陛下の方が、ジュジュをしっかり守ってくださるでしょうから。
テレサに悪気はない。
心配しただけ。
口調がキツく感じただけだ。
「・・・」
ガシガシと乱暴に頭をかくオスニエルに、ゼンは言った。
「・・・テレサ嬢の助言を思い出して苛々するだけなら、しばらく考えないようにするのも手ではないか? 彼女もオスに言って気が済んだだろうし」
「そう、だな・・・」
その提案は、オスニエルにとって、とても合理的に思えた。
たぶん、オスニエルよりずっと恋愛にポンコツで女性心理に疎いゼンを相手に愚痴を言ったから、分からなかった。
帰りの馬車でエティエンヌに相談していたなら、また違った結論に達していたかもしれない。
男性には男性の、女性には女性の価値観や闘い、世界がある。
そして、より優良な相手を求める貴族令嬢にとっての世界は、どちらかと言うと、理屈とか手順とか合理性とかより、好きとか嫌いとか妬ましいとかの感情の方が重く大きく渦巻いているものなのだと、気づけたかもしれない。
でも、この時のオスニエルは、自分はきちんと手を回したと考えていたし、それを相手側も理解していると思っていた。
―――何より。
父と比べて足りていないなどと、しかもジュヌヴィエーヌ絡みでそうなのだと、オスニエル自身が思いたくなかった。




