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私に必要なのは恋の妙薬  作者: 冬馬亮
第八章 こころ揺れる
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緊急事態



 ゼンが最初の手紙を渡してから17日目。


 遂にエティエンヌから返事を受け取った。言葉ではなく、ゼンと同じ手紙形式で。



 どんな返事でもいいと格好をつけたゼンだったが、いざ受け取ってみると中を読むのがとても怖くて、朝一番に馬車停めでもらった手紙は、授業が全部終わって屋敷に戻った後も未開封のまま机の上だ。



 こんな時、強気でゼンの背中を押してくれる頼れる親友は、残念ながら数日前から学園に来ていない。


 公務の一環と言うべきか、オスニエルは王太子として、王城で国王エルドリッジの執務を手伝っているのだ。



 理由は、もちろんヒロインクッキー。


 軽度の魅了効果があると分かり、原因究明や対策についての話し合い、過去に似たようなものが使用された例はないかの調査など、エルドリッジ指示のもと限られた人たちが走り回っている。人手が足りず、オスニエルがそこに加わった。



 だから、ついこの間までゼンと一緒に手紙のその後を気にしてくれてたオスニエルは、彼の親友が遂に返事をもらった事を知らないし、今だに封を開けてない事も知らない。


 馬鹿にされる事は必至だ。呆れる顔も想像できる。だがそれでも、ひとりだとひたすらクヨクヨ考えてしまい、手紙を開けないのだ。




「はあ・・・」



 己の不甲斐なさについ溜め息がこぼれ、気を落ち着けようと側のカップに手を伸ばし。



 カツン、と指が当たったカップは呆気なく倒れ、その中身をぶちまけた。



 ―――よりによって、手紙の上に。




「あっ! えっ、そんなっ! 大切な手紙なのにっ!」



 ゼンは慌てて立ち上がり、濃い茶色の液体でびしょびしょになった封筒をお茶たまりから取り上げ、隣室の浴室に走り込む。そして、そこに置いてあったタオルを掴み取り、ゴシゴシと拭き取った。



 ―――いとも簡単に、ビリリと音を立てる事もなく、封筒は破けた。



「あっ! ああっ! どうして!」



 ショックを受けたゼンは、ぽとりと手からタオルを落とし、そっと破れた封筒を持ち上げた。



 幸い、中の便箋までは破れておらず、そうっと広げ確認すれば、薄茶色のシミがあちこちに出来ているし、インクも少々滲んでしまったが、文面はかろうじて読めた。こうあった。



『あなたを許します。でも、信用するとはまだ言えません』



 覚悟もきちんと出来ていないまま、ただ勢いで開けた手紙の文面は、希望が残っているのかいないのか、ポンコツのゼンには分からなかった。



 頼りになるトーラオは、朝から父ホークスに連れられ王城に向かい、まだ戻らない。親友のオスニエルも数日前から会えない。



 残る相談相手候補はジュヌヴィエーヌだが、恋愛面はゼンと同じくらい疎いかもしれない。



 ゼンは目を閉じ、何回か深呼吸をしてから目を開いた。



「落ち着け。取り敢えず朝の挨拶は続けよう。理想は眼鏡をかけたままでも話せるようになる事だが、今それを試すのは危険な気がする。とにかく、ひと言でもエチと会話をするんだ。もう二度と、嫌っているなどと思わせてはいけない」



 ゼンはペチンと頬を叩き、気合を入れた。



 ―――だが。


 残念な事に、ゼンの気合いは空振りに終わる。


 翌朝の学園で、エティエンヌに会う事は出来なかったからだ。



 いや、エティエンヌだけでない。ジュヌヴィエーヌもまた学園に来ていなかった。



 その理由を知る術のないゼンは、ただ学園でヤキモキするしかなかった。









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― 新着の感想 ―
[良い点] 既存の素材で魅了効果のあるクッキーの謎とかなにそれめちゃくちゃ興味深い! チョコや酒が媚薬として効果が出ていた昔の話…とは違うんですよね? やべぇですわヒロインパワー!(だが男だ) [一言…
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