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私に必要なのは恋の妙薬  作者: 冬馬亮
第八章 こころ揺れる
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手紙と絨毯とエティエンヌ



 ここ最近、エティエンヌの感情は乱高下を繰り返している。



 原因ははっきりしていた。一番はゼンの手紙、二番はゼンと少しだけど話せるようになったこと、三番はゼンがエティエンヌの前では眼鏡を外すことだ。


 つまり、何から何までゼンに起因している訳である。



 手紙を受け取ってから10日。


 でも、エティエンヌはそれに対する返事をまだしていない。



 考える事がたくさんあって、理解が追いつかなくて、無理に考えようとすると頭がショートしそうになる。


 けれど、頭の中を整理する時間がほしいという気持ちは、口にしなくても分かってもらえたようで、馬車停め近くで手紙を受け取った翌日から、いつも通り待機していたゼンは、前日と同じく眼鏡なしで、エティエンヌに向かってただひと言、「おはよう」とだけ言った。



 次の日も、その次の日も、その次の次の日も。



 答えが出せないでいるエティエンヌに、ゼンは手紙について口にする事なく、エティエンヌの前でひと言だけ挨拶をして、オスニエルとジュヌヴィエーヌの後をついて教室へと去っていく。



 なかった事にするのだろうか、エティエンヌがそう思ったのは5日目だった。



 それならもう考えるのを止めてもいいのではないか、と逃げを最終解答にしようとした時、ゼンは2通目の手紙をエティエンヌに渡した。




「・・・手紙っていうのが、余計に厄介なのよ」



 学園から戻って王城の自室にて、エティエンヌはこの10日間で渡された合計3通の手紙を前に、ぶつぶつと文句を言った。



 何かの間違いではないか、都合よく受け取ってるだけではないか、そんな考えは目の前の手紙を読み返せば、あっさりと覆ってしまう。

 そこには、ゼンの気持ちが散りばめられているからだ。



 でも。


 それでも。


 読み間違いではないかと思ってしまうのだ。



 それくらい、8、9、10と無垢な年齢の時に受けたショックと混乱と失望は大きかった。



 それはそうだ。


 好きだと、仲良しだと思っていた人から突然の手のひら返しをされてショックを受けない人がいるだろうか。


 実の兄よりも懐いていたから。


 いつかは『けっこん』する人だと、幼い恋心が育ち始めていたから。



 だから余計に悲しかった。辛かった。


 転生前の記憶を思い出した時に、修道院に行きたいと口にするくらいには絶望した。


 未来に衆目の中で婚約破棄されるくらいなら、最初から婚約しなければいいと思った。



 なのに。




「もう・・・何が『照れてしまった』よ。意識しすぎて舌がもつれるとか、バカじゃないの?」



 兄や弟や他の令息、そして何より自分以外の令嬢たちには問題なく流暢に話せるゼンを見て、どれだけ傷ついたことか。


 そっちがその気なら、こっちだって無視してやると思って、そうしたら気持ちが少し楽になって、それからはとにかく『マル花』対策に打ち込んでゼンの事を頭から追い出した。



 そうしてやっと、ゼンの姿を視界に入れても胸の痛みを感じなくなっていたのに。




「たったひと言で、揺らいじゃうんだものね・・・」



 はあ、と溜め息を吐きながら。



 エティエンヌは1通目の手紙の文章の上に指を滑らせた。



 ―――君を嫌ってなどいない。


 むしろ僕は―――




「馬鹿・・・そんなの言ってくれなきゃ分からないでしょ」




 エティエンヌが、ピンと指で手紙を弾く。手紙はテーブルの向こうへと、ひらひらと絨毯の上に落ちていく。



 エティエンヌは2通目の文章をなぞり、また指で弾いた。



「上手く話せるようになれば問題解決って、努力するのはそこじゃないでしょ。6年間も鏡に喋りかけてどうするのよ」



 続けて3枚目も、ひらひらと絨毯に落ちていく。



 ―――いくらでも待つ。


 それが拒否でも、許さないという言葉でも、必ず受け入れるから、だから答えが出た時は―――




「・・・」



 エティエンヌは立ち上がり、テーブルを回って、絨毯に落ちた手紙を拾っていく。


 そして、そっと胸に押し当てた。



「・・・ゼンの馬鹿。なによ、今さら」




 絨毯の上に膝をつき、手紙を胸に押し当てたまま呟いたエティエンヌの心はいっぱいいっぱいで。



 だから気づかなかった。



 少し前から、王城の上層部と一部の関係者が慌ただしい動きをしている事に。


 普段から忙しい父エルドリッジが、必ず家族で取ると約束した朝食以外では、ほとんど顔を合わせなくなった理由に。



 『マル花』と『アデ花』を書いた作者が、自己満足で裏設定を細かく決めていたとまでは知らないエティエンヌが、彼らの多忙の理由に思い至る筈もなかった。








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