ヒロインクッキー
翌日の事である。
人払いがされた国王の執務室にて、エルドリッジとホークスの二人が包み紙を広げ、甘い香りのクッキーを覗き込んでいた。
「ふ~ん、これがヒロインクッキーなるものか・・・」
しげしげと眺めた後、ぽつりと呟いたエルドリッジに、ホークスは頷きを返した。
「トーラオによると、『アデ花』のヒロイン、ナナは、このクッキーを手作りして対象男性に渡し、好感度を上げるそうです。前作の『マル花』のヒロイン、マリアンヌも似たような事をするそうですよ」
「じゃあ、ジュジュの婚約者だったあのアホ王太子も、これと似たやつを食べてたかもしれないんだな」
「可能性は高いですね」
「・・・で、成分を調べてみるようトーラオが言って、これを渡してきたと」
「左様です。既に幾つか取り分けて、研究機関に回してあります」
エルドリッジは無言でクッキーを一つ摘み、表と裏とをしげしげと眺めた。
「・・・香りに少し特徴があるけど、見た感じは普通の素朴な焼き菓子でしかないな。どこかで嗅いだ事があるようなないような・・・材料は全部そちらで揃えたんだろ。変わったものはあったのかい?」
「料理人によると、焼き菓子には普通使わない植物エキスが幾つか材料にあったそうですが、それらも他の料理で使われる事があるらしく、材料自体に問題はなさそうです」
「・・・なら、本当にただの焼き菓子の場合もあるって事か。まあ、何かあったとしても、もうヒロイン問題は解決してるからいいんだけど。でも、どうしてトーラオは突然こんな事を言い出したのかな」
「この先何も起きないとしても、備えておくに越した事はないから、と言ってましたな。取り敢えず持ってる情報を順次こちらに寄越すつもりでいるようですよ」
「備えておくに越した事はない、か・・・そんな事を言われると、逆にこれから何か起こりそうで怖いんだけど」
暫くコロコロと手のひらの上で転がしながらクッキーを見つめていたエルドリッジは、そう言うと、わざとらしくぶるりと身を震わせる。
「ホント何も起こらないでほしいなぁ。これからは、あの子たちもやっと普通の王子王女らしく過ごせるって思ってたのに・・・って、あ! そうだ、ホークス!」
普通の王子王女らしくとは一体どんな感じなのだろうとホークスが頭の中で考えるのとほぼ同時に、エルドリッジが大声をあげた。
「お前、聞いてるか? 昨日ゼンがエチに手紙を渡したらしいぞ? しかもちょっと会話ができたって!」
「おやまあ、そんな事が?」
そんなおもしろ・・・いや、大事な話を息子から聞いていなかったホークスは、顎に手を当て軽く首を傾げた。
「学園で朝一番に、馬車から降りたところでゼンがエチに話しかけて渡したらしい。オスとジュジュが一緒にいて目撃したから、嘘じゃないぞ」
「手紙にはなんと書いてあったのです?」
「それを知りたくて、お前に聞いたんだよ。やっぱり知らないよなぁ。手紙の事自体知らなかったっぽいもんなぁ」
エルドリッジは、はあ、と溜め息を吐いた。
「なんて書いてあったんだろ、気になる・・・」
「確かに気になりますね。手紙を受け取ったエティエンヌさまのご様子はどうなんですか?」
「・・・それが、何やら眉間に皺を寄せて考え込んでて」
「眉間に皺を」
「そう。時々、勢いよく頭を左右に振ったり」
「頭を振る」
「きゃーとか小さく叫んでたという報告もある。あと、信じられないって叫んでたとか」
「・・・ふむ。それはなんとも、いい反応なのかそうでないのか、ちょっと判断に迷いますな」
「そうなんだよ!」
完全にヒロインクッキーから話が逸れた二人は、その後も暫く手紙の件であれやこれやと予想を立てていたが、結局は大人しく待つしかないという当たり前の結論に達した。
二人の予想に反し、エティエンヌはその後すぐに行動する事はなく。
結果、手紙の件よりヒロインクッキーの解析結果の方が先に明らかになった。
報告が届いたのは、ホークスがヒロインクッキーの幾つかを研究機関にまわしてから約1週間後。
解析の結果は―――
『軽微の魅了効果あり』であった。